2022年12月29日木曜日

「独身男短命説を考える 2」

  前回は、「未婚男性の3割近くが65歳までに、半数が70歳までに亡くなる」という事実を確認したが、今回はその続きである。

⑥ここで一つの疑問が浮かぶ。出生数は必ず男が女より多いが、高齢者数は必ず女が男より多い。この人数はどこで逆転するのであろうか。単純にどこで人口の男女逆転がおこるのかと調べると、2020年5月の人口推計では、50~54歳男性は433万3千人、女性は428万6千人で男が女より4万7千人多いが、55~59歳の層では男性は388万7千人、女性は389万6千人となり、女が男より9千人多く、ここで逆転が起きている。ざっくり55歳を分水嶺と考えてよいだろう。つまり55歳になるまでに(それ以後もであるが)男性は女性より常時多数の死者を出していることになる。

⑦2020年5月の人口推計では、49歳までの人口の総計は、男3367万7千人、女3229万3千人であるから男が138万4千人多い。20~49歳に絞っても、男2299万1千人、女2211万8千人で男が女より87万3千人多い。離婚、再婚ということがあるにしても、これだけ人数差があるのでは、生物学的摂理として出生数の多い男が未婚化するのは理の当然である。

⑧年齢別に死因を多い順に見てみる。(腫瘍は悪性腫瘍のこと)

  死因1  死因2  死因3  死因4  死因5

50-54男 腫瘍  心疾患  自殺 脳疾患  肝疾患

女 腫瘍  脳血管  自殺 心疾患  肝疾患

55-59男 腫瘍  心疾患  脳血管  肝疾患  自殺

女 腫瘍  脳血管 心疾患 自殺    肝疾患

60-64男 腫瘍  心疾患 脳血管 肝疾患  自殺

女 腫瘍  心疾患  脳血管  自殺   肝疾患

65-69男 腫瘍  心疾患 脳血管 不慮の事故 肝疾患

女 腫瘍  心疾患 脳血管  不慮の事故 肝疾患・自殺

70-74男 腫瘍  心疾患  脳血管   肺炎  不慮の事故

腫瘍  心疾患 脳血管  不慮の事故  肺炎

75-79男 腫瘍  心疾患 脳血管  肺炎  不慮の事故

腫瘍  心疾患 脳血管  肺炎  不慮の事故

80-84男 腫瘍  心疾患 脳血管  肺炎  誤嚥性肺炎

腫瘍  心疾患 脳血管  老衰   肺炎

85-89男 腫瘍  心疾患 肺炎   脳血管  老衰

  女 腫瘍  心疾患 老衰   脳血管  肺炎

90-94男 腫瘍  心疾患 老衰   肺炎   脳血管

老衰  心疾患 腫瘍   脳血管  肺炎

95-99男 老衰  心疾患 腫瘍   肺炎   誤嚥性肺炎

老衰  心疾患 腫瘍   脳血管  肺炎

100超男 老衰  心疾患 肺炎   腫瘍  誤嚥性肺炎

老衰  心疾患 肺炎   脳血管  腫瘍


 見たところ死因は男女で大きな違いが無いように思えるが、例えば50-54歳の死因第1位「腫瘍」こそ女の方が人数でやや上回っている(男3,421人、女3,841人)ものの、人口の男女差逆転後の65-69歳では、腫瘍による死亡者は男22,588人に対し女11,728人と、女性の人口の方が多いにもかかわらず男性の死亡者数がほぼ2倍である。これは他の死因(心疾患や脳疾患)においてはさらに顕著で男性の死亡者数が女性の3~5倍という年齢層さえある。

 以前2020年の10歳から39歳までの5歳刻みの死亡原因総数の第1位が、すべて自殺であるという衝撃の現実について触れたことがあるが、これも男女別に見れば、よく知られているように男の方が圧倒的に自殺数が多く、男は少なくとも女の2倍以上亡くなっている場合が多い。上記の表をパッと見ただけでも、男女とも50歳~64歳の年齢層においても相当な数の自殺者がいることが分かる。また65歳以上に見られる「不慮の事故」というのは何を指すのか(転倒・落下・接触等による死亡事故や交通事故、何かの巻き込まれ事故、火事や水に関係する死亡事故くらいしか思い当たらないのだが)、これがかなり多い数字になっているため、どうしても陰鬱な想像を禁じ得ない。自殺者3万人超えが問題になって久しく、「そう言えば最近聞かないな」と思っていたのだが、どうも「年間3万人どころか、10万人をゆうに超えると言われている」との話しを聞いたからである。財務省の公文書改竄さえあったのだから、厚労省が「自殺」の問題化を避けて死因の分類を変更し、データを操作するくらいはありそうである。基礎資料の信頼性を疑わなければならないとしたら、国民は情けなく、ただ憂えるしかない。

⑨最後に、一般的に女性は男性より長生きであるが、荒川氏のデータから「未婚」「離別」「死別」の場合と異なり、「有配偶」の場合のみ男性の死亡中央値が女性より上回っている(男およそ81歳、女およそ78歳)件について考えたい。一口に有配偶と言ってもいろいろなケースがある。夫婦とも健康で老年まで添い遂げられる場合もあるが、どちらかが病気になって入院したり、やむを得ず老人施設に入所して同居できない場合もあるだろう。健康寿命は平均寿命より十歳ほど下という話もよく聞く。そのうえで妻の死亡中央値が夫より3歳早い原因を求めるなら、現在後期高齢者となっている女性の未婚率が極めて低いことを考慮して、「家族のケアなど様々な心労で心身をすり減らすから」と考えても無理筋ではないように思う。この世代の女性は職業を持つケースは多くなく、専業主婦が当たり前の世代である。定年退職後の夫を持て余す年配女性数人が、定年後6か月で夫を亡くした知り合いの未亡人の話題で、口々に「まあ、なんて羨ましい」と会話する背筋も凍るような話を聞くにつけ、こういう家庭が相当数あるのだろうと思う。私自身、病院の待合で、定年後の夫の食事やお茶の世話で「私の時間なんてあって無きが如きものなの」と嘆くご婦人の話を聞いたことがある。


 以上、人口動態統計ほか冷厳なデータから考え得ることを勝手にまとめてみました。私の目には、収めた年金をほとんど受け取れずに亡くなる未婚男性が相当数いる一方、家族のケアで寿命を削っているかのような既婚女性もいるように見えます。統計の見方に誤りがあるかも知れませんが、なんともやるせない結論になりました。それ以前に若年・壮年層の自殺という非常に重い問題もあります。高度成長期におそらく明るい未来を感じられたせいで増加した人口も1966年の丙午による出生数の激減や1970年からの団塊ジュニアの就職氷河期、その後に続くバブル崩壊、成果主義の導入、経済のグローバル化に対応した非正規雇用のとめどない増加により、日本経済は全く暗澹たるものになっています。今後も少子化と人口減少が進むと考えられ、今のところそれが止まる要因は見出されません。年の瀬にこんな暗い話題になってしまい、誠に残念です。


 ・・・と書いてから、ハッと我に返りました。データを追うのに夢中になって基本中の基本を忘れていました。

「あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。」

 これはマタイ6章27節にもルカ12章25節にもある文言で、主イエスがそのように語られたことがほぼ確実な言葉です。どんなデータがあろうと統計がどうなっていようと、またどんなに健康に気を付けて過ごそうと、まさしくその通り、笑ってしまうほど寿命など思い通りにはなりません。我々の命はただ神の御手の中にあるのです。


2022年12月26日月曜日

「独身男短命説を考える 1」

 「独身者男性の平均寿命は65歳らしい」という話を聞き、調べてみることにしました。往々にして平均寿命というものは統計のマジックで「あれれ」な結果になりがちです。さっそく荒川和久という独身研究家(あらゆることに対して研究している人がいるものですね)という方の書いたウェブ情報に行き当たりました。男女別かつ未婚・離別・有配偶・死別の死亡中央値という興味深い資料が見つかりましたが、無断転載禁止となっているのでここに詳細な数値を書けないのが残念です。概要としては未婚の男性は70歳に届かず、離別の男性は70代前半、また有配偶の女性は80歳に届いていませんが、それ以外は80歳を越え、特に死別の場合は男女とも90歳に近いか90歳を越えています。ちなみに中央値というのは、資料を大きさの順に並べたとき全体の中央にくる数値で、平均値とは違います。死亡中央値とはその年までに半数が死亡するということを表し、「そういえば中学でメジアンというのを習ったな」と思い出しました。

 いずれにせよ未婚男性が著しく短命なのは明らかで、離別男性もそれに次いでかなりの短命だと分かりました。荒川氏は「有配偶女性の死亡中央値が低くなるのは、有配偶のまま死亡する女性の総数が少ないためである」と説明していますが、データから言えば「男は一人だと短命、女は一人だと長寿」ということは明言してよいのではないかと思います。

 さらに、荒川氏は「そもそも若年層はほぼ未婚者なのだから、未婚者の死亡平均値が低くなるのは当然である」ことを踏まえ、50歳以上の配偶関係別死亡年齢データ(2015~2019の5年間のもの)のグラフを掲げています。(50歳で区切っているのは、50歳までに一度も結婚しない人の割合「生涯未婚率」のデータを利用するためと思われます。)配偶関係別というのは、ざっくり「未婚」か「既婚」かに分けたという意味で、既婚には「婚姻関係継続中の場合」と「配偶者に先立たれた場合」を含むようです。これによると、未婚女性、既婚男性、既婚女性の死亡年齢の山が後ろ(即ちより高齢)の方にあるのに対して、この山が未婚男性のみかなり前(即ちより若い)方にずれているのが一目瞭然です。その点では「死亡中央値」ではなく「死亡平均値」であれば、未婚男性はほぼほぼ70歳と言ってよさそうです。これでも低いことに変わりありませんが・・・。グラフから見る限り、一番憂慮すべき特徴は、全く驚くべきことですが、未婚男性は50~64歳(65歳を迎える前)の間に3割近くが亡くなるようなのです。

 ここできちんとしたデータを元に基本的問題を整理するため、2020年の人口推計および人口動態調査に当たってみました。思いつくままに考え得ることを記します。

①2020年5月の人口は、総人口 約1億2589万5千人 (男:約6125万8千人、女:約6463万7千人) で、女が337万9千人多い。

②このうち50歳以上の人口は、約5992万9千人(男:約2758万3千人、女:約3234万6千人)で、女が476万3千人多い。これは総人口の47.6%(男45.0%、女50.0%)を占める。

③一方、2020年の死亡者数は、総死亡者137万2648人(男70万6750人、女66万5898人)で、男が4万852人多い。

④このうち50歳以上の死亡者は、約133万4695人(男:68万2702人、女:65万1993人)で、男が3万709人多い。これは総死亡者の97.2%(男96.6%、女97.9%)を占める。

※死亡者総数に占める50歳以上の割合があまりに多いので計算違いかと思ったが、理由は出生数の変遷にあると判明。出生数が260万人を超えている1947~1949年の団塊世代は言うに及ばず、戦前・戦中の1920年、1930年、1940年も出生数は200万人を超えている。(1920年~1940年のデータはこの10年刻みのものしか見当たらなかったが、この間は毎年200万人前後の出生数と推定してよいだろう。)また、1950~1952年も200万人を超える出生数であり、単純に言って、50歳以上は分厚い層をなしているのである。ちなみに2020年の出生数は84 万832人であるから、200万人というのがいかに途轍もない数字か分かる。勢い死亡者数も多く、総死亡者数の大半を占めることになる。

⑤50歳以上の死亡者数だけで見ると、その割合は50歳から5歳刻みで次のようになる。

男:1.9%→ 2.7%→ 4.1%→ 7.5 %→ 12.4%→ 15.3%→18.4%→ 19.9%と、85歳~89歳で最大になり、以降13.2%→ 4.0 %→ 0.6%と下がっていく。

女:1.1%→ 1.4%→ 1.9%→ 3.4%→ 6.0%→ 8.9%→13.9%→ 21.6%→ 23.8%と、90歳~94歳で最大になり、以降14.1%→4.0%と急激に下がっていく。

50歳以上の死亡者の中で、65歳を迎える前に亡くなるのは、男8.7%、女4.4%で、男は女のほぼ2倍になっている。これが、70歳を迎える前に亡くなる50歳以上の割合となると、男16.2%、女7.8%とさらに差が開く。これは未婚・既婚を合わせた男女それぞれの総数から算出した数値(人口10万対)である。2020年の未婚・既婚それぞれの正確な人数を得ることがまだできていないため、現時点で荒川氏のグラフの詳細な検証はできない。ただ、手元にある総務省統計局の2015年国勢調査における「年齢階級別未婚率の推移」(この場合の「階級」とは5歳刻みの年齢区分を指す)によると、2015年時点で85~90歳男性の未婚率が約2%なのに対し、50~54歳男性の未婚率は21%である。ちなみに女性はそれぞれ約4%、12%である。同様に55~59歳男性および60~64歳男性の未婚率はそれぞれ約18%および14%である。早死にする未婚男性の人数に引きずられて、65歳を迎える前に亡くなる男性が8.7%という数値になるとすれば、やはり未婚男性の四分の一くらいは65歳までに亡くなると考えるのが妥当と思われる。いや、未婚率21%というのは2015年のデータだったのを忘れていた。国立社会保障・人口問題研究所によると、2020年の「生涯未婚率」は男25・7%、女16・4%まで上昇しているというから、やはり荒川氏のグラフが示す通り、「未婚男性の3割近くが65歳までに亡くなる」というのは確かなようである。データから同様に考えると、「未婚男性の半数は70歳までに亡くなる」と言って過たないであろう。

 まだまだ考えられることが整理できないので、この件についてのさらなる考察は次回に譲る。


2022年12月23日金曜日

「雪のある暮らし」

 冬は予定通りに帰省できるかどうか、いつもハラハラします。新幹線のためではなく(福島までは相当雪が降ってもほぼ大丈夫)、食糧確保のためです。家が郊外にあり、最寄りのコンビニまで1キロ、スーパーマーケットまでは1.5キロはあるので、大雪が降ったらお手上げです。そのため2~3日前からネットスーパーの配達受付画面とにらめっこし、「ああ、まだ受付停止だ」と落ち込んだり、受付開始と同時にできるだけ急いで注文を確定してほっと安堵したりします。これが決定してから帰省の日時を決めるしかないのです。

 先日、日本海側の地方で大雪となり、何キロにもわたって車の立ち往生し、また停電が起きて庭に止めた車内で暖を取ろうとして一酸化炭素中毒で亡くなる等の事故がありました。寒さに震える生活はまさに東日本大震災で被災地が経験したことであり、どれほどお辛いだろうと他人事ではありません。雪の降る地域ではオール電化などとんでもない話で、電気がないと使えないファンヒーターでさえ補助的な暖房器具です。主役は何と言っても昔ながらのストーブ、赤々とした火を見ながら湯を沸かし、煮炊きをしているうち、部屋も暖かくなるのです。帰省して乗ったローカル線の待合室には達磨ストーブが燃えていて、また使用していないホームの反対側に置かれた車両は暖房されて、電車を待つ間に体がほぐれました。本当にありがたいサービスです。

 寒気の到来で数日間大荒れの天気が予想された前日、風は強いながら珍しく晴れた幸運を逃さず、3カ所ほど回って必要な買い物をすべて済ませました。「しばらくは一歩も家から出られなくても大丈夫」と安心しました。命綱の灯油は兄に5缶ほど備蓄してもらいました。とにかく天候の良いうちに一生懸命にならないと生きることができないのです。子供のころ住んでいた猪苗代では冬は雪の中で暮らしていましたが、懐かしい情景として兄が床屋さんのことを話してくれました。カット台の向かいに畳敷きの部屋があり、皆でこたつに入って湯気の上がるやかんから湯呑で白湯を飲みながら順番を待っていたというのです。雪国においてこれほどパラダイス的情景はないでしょう。豊かさという尺度を問い直さないといけないと思わされたことでした。


2022年12月18日日曜日

「インターネット・ガバナンス」

 インターネットが今後どのようになっていくのか、私には皆目見当が尽きません。一応その方面の本も読んでみましたが、ほとんど理解できませんでした。各国が熾烈な覇権闘争をしているのは間違いなく、どう転がってどんな影響を被るのか、よくない予感しかしません。先頃ランサムウェアの被害に遭った大阪の大病院が事前にかなり危機感を持って備えていたらしいと聞くと、「いざという時のために或る程度、紙ベースの保存も必要なのではないか」と、時代に逆行する考えを持つほどです。どこぞの国で海底ケーブル切断によるインターネット封鎖などもありましたが、そのような物理的原因以外でも何らかの理由でインターネットが突然死するなんてこと、ないのでしょうか。

 そもそも私は今でさえ、インターネットの進化にまるでついていけていないのです。近年はどの銀行もマネー・ロンダリングの温床となるような口座の洗い出しをしているようで、封書やハガキで確認が来ます。これは郵送なので信じられます。無料で大量に送れる詐欺メールに比べたら、郵便料金は馬鹿高いので詐欺に使われることが無いからです。ところがハガキを読んだところ、QRコードからスマホで何やら回答し、運転免許証などの証明書もフォト機能で撮影して送ることになっています。普段、非常用にしかスマホを使っていない人にこれはハードルが高すぎます。万一証明書の写真がどこか別のところへ行ってしまったら取り返しがつきません。データ化されたものが誤ってどう扱われるかと考えると、背筋が寒くなり、すぐ電話して、「郵送にしてください」と頼みました。「数カ月かかりますがお待ちください」とのこと、私に何の不都合もありません。

 詐欺メールは相変わらず来ています。「緊急」、「最終」、「警告」、「確認」、「照会」、「アカウント」、「お支払い方法」、「お支払金額確定」、「自動退会処理」、「更新できません」、「ログインはこちら」等の文字があったら詐欺メールです。タイトルや送り主の名前が「国税庁」、「e-tax」、「〇〇銀行」、「△△カード」、「えきねっと」、「eki-net」、・・・等は問答無用で迷惑メール設定をします。万々一ここに誤謬があっても、本当に重要な連絡は書類で郵送されてくるので何の支障もありません。友人も「えきねっと」であやうく被害に遭うところだったと言っていました。本当に卑劣な人たちです。私はパソコン画面を開いて見つけるたびに「迷惑メール」の受信拒否リストに入れていますが、いつも暗い情念が湧いてきて本当に嫌でした。

 と、過去形で書いたのは、最近はもう詐欺メールがすぐ分かるので、フィッシング詐欺メール送るような輩をを「フィッシングしてやる」という気持ちに変わったからです。どんどんメールアドレスを変えて送って来るので意味が無いのですが、目障りなので見つけ次第とにかく迷惑メールに指定。ひと月経つ頃には「今月もたくさん採れたわ」と嘲りつつフォルダを空にします。しかし最近は、詐欺メールを送り続けて終わる人生って虚しくないのだろうかと気の毒になり、またクリスマスのこの時は特に、「このような方々も救い主に出会って救われますように」と祈ってしまいます。それにしても私ほど暇人でない人のメールボックスはきっと未開封の詐欺メールで死に絶え、別な連絡手段を使っているに違いないので、詐欺師たちの労力はまもなく無意味なものになって止むでしょう。

 このようにガバナンス能力ゼロを自認している私のようなものは、インターネットにはできるだけ近寄らない、他にできる方法があればそっちを使って行うというアナログに戻ればいいのですが、多忙な中にあってそうもいかない方々、また企業や役所の仕事でインターネットの危険から逃れられない方々のご心労はいかばかりかと思います。絶対に安全ということがない以上、大きな被害に遭わぬよう他人事ながら願うばかりです。


2022年12月13日火曜日

「ラジオの時代」

  ラジオ放送を聞くようになってよかったのは、時間を有効に使えることです。ラジオのニュースは実に簡潔で必要十分のことを伝えてくれ、ラジオでの5分間はおそらくテレビの30分に匹敵する情報量です。さらにCMがないのでストレスフリー。TV音声も入るラジオもあるのでテレビを「聞く」ことはありますが、次のニュースの予告を流したかと思うとそれが出てくるのはCM開けてすぐではなくずっと後だったり、CMが終わったかと思うと前の番組の終わりの部分を再生してから始まったり、番組の後半になるに従ってCMが増え優にシャワーを浴びてくるくらいの時間はあったり・・・引き伸ばしと言うには度を越していてもう破綻しているとしか思えません。特にCM時だけ音量を上げるのはやめてほしい第一のことです。

 古いものも含め東京だけで家にはラジオが6台になりました。ほとんど収集癖と言ってよく、ずっと以前にあまりに安価なので駄目元で買ったラジオも実に良い品で長持ちしています。なぜラジオが増えるかと言うと、チャンネルを操作せずに電源ONだけで聞ける局(AM、FMの特定の局など)を増やすためです。

①日立のポケットラジオ

性能はよいがいつのものか分からないほど古く、ダイアルを手で動かしながら自分でチューナーを合わせるタイプのラジオです。毎回チューニングするわけにもいかず、これはさすがに一つの局に固定して使うしかありません。一番よく聞くNHKラジオ第一放送に合わせてあります。昔のものなので複雑な機能を持つボタンがなく、電源ボタンは上方に飛び出た突起を押し込むだけでONになるため、周囲が暗くても確実に作動できる点が特に気に入っています。

②外国製小型ラジオ-1

十年くらい前に購入したTVも入るラジオで重宝しましたが、つい最近TVは主張できなくなりました。FMは大丈夫なのでこれも局を固定してあります。立てて置けるのが意外と大きなメリットです。

③外国製小型ラジオ-2

手のひらサイズなのに何故かコードで電源につなぐタイプのAM、FM、TVラジオです。テレビは+ボタンを押して一局ずつ変える仕様です。とりあえずチャンネル1に固定しています。

④パナソニックのポケットラジオ

TVチャンネルを一発で出せるボタンを備えたラジオです。もちろんAM・FMも聞けます。たぶん通勤中の方々に愛用されていることと思いますが、イヤホンジャックが側面についていることがデメリットかも知れません。誤作動しないようにとの配慮からか電源ボタンが押しにくいのが不器用な私には少し残念。立てて置けないので小さな菓子箱をくり抜いてスタンドにしています。

※小型ラジオというものは電池使用が基本で、これは節電の大きなメリットです。電池は太陽光パネルにつないで昼間充電しておけばよいからです。私の感触ですが、日本のメーカーのすごいところは乾電池の数が少ないところです。外国製のものは単四電池4本なのに、日本製は2本で済みます。

⑤ソニーの卓上サイズ録音機能付きラジオ

古いものですが、その場で、あるいは予約して録音できるラジオです。これは番組の中で短く流れるコラム的放送やテーマのある音楽放送を録音するのに役立ちます。毎日の放送時間が決まっている番組で、聞き逃しそうなものは予め録音予約しておきます。普段、単三電池4本で使っていますが、電池は相当長く保ちます。

⑥ソニーのポケットラジオ

日立とパナソニックのポケットラジオに対し、老舗のソニーはどんなものかと興味が湧きました。ソニーのラジオは私などにはラジオの値段とは思えぬほど図抜けて高価なので、中古を探して注文。やはり通勤のサラリーマンに特化したものだと分かりました。とにかく小さくどんな胸ポケットにも入るサイズ、かなり古いはずなのにノイズ・キャンセレーション機能でクリアな音声、チャンネル登録でボタン一発選局でき、上部に巻取り式イヤホンがある、何といっても単四電池1本でOKという驚きのエコ仕様・・・「さすがの技術力」と感心しました。最近のはワンセグTV音声も入るようですが、サラリーマンならどれほど高価でも欲しい一品かも知れません。

 「ながら仕事」に圧倒的に有利なのは、「見る」より「聞く」方です。ラジオは家事仕事のお供に最適、AMにするかFMにするか、傍らの台に置いて聞くかポケットに入れて移動しながら聞くか、イヤホンして集中して聞きたいか等、選り取り見取りでサッと取り出し、電源を入れるだけ。さて、朝はFMでクラシックでも聞きましょうか。


2022年12月7日水曜日

「私の主治医」

  自らのたるんだ生活を戒めるために、時折健康本を読むことにしています。「塩分はもう少し控えようかな」とか「やっぱり運動をサボっちゃいけないな」とか「就寝時刻をずらした方がいいのか」等、活を入れられ、「おいしいものは脂肪と糖でできている」に甘えきった脳が目覚めます。本を変えても読む前から書かれていることは大体わかります。「適切な食事、運動、睡眠」、この遂行あるのみなのです。ただ、雑多な本の中にはごくわずかに新たな情報が記されており、参考になる場合があります。

 今年は薬害でひどい目に合ったので、自らの健康維持の特殊項目として、化学物質の排除も加わりました。住居に関しては何しろ古いのでシックハウスの心配はないものの、衣類あるいは端的に皮膚から入る可能性のあるものとして、洗濯、食器洗いの洗剤を全部無添加せっけんに変え、またお風呂場で体を洗うだけでなく、思い切ってシャンプーも無添加せっけんで代用してみましたが、今のところ髪がごわごわになるなどの不都合は起きていません。もちろん、髪がつるつる、サラサラというわけにはいきませんが、化学物質を体内に取り込んでいないと思うだけで、気持ちが上向くようです。このまま少し様子を見てみます。

 食事に関しては、コロナ関係の自粛要請がなくなって外食の機会が増えていましたが、やはり外食や調理された惣菜などは味が濃いと感じ、控えた方がよいと自分で分かりました。毎日自分で調理すれば少なくとも無用な食品添加物は避けられますし、調味料を少量にして極力薄味で食べられます。毎回一から鰹節や昆布でだしを取る気力は無いのですが、これまで使っていた白だしを控えて、ミルで挽いた煮干しを使ってみることにしました。これなら時間のある時に自分で作っておくことができます。

 寒くなってうれしいのは野菜・きのこ類を鍋で多めに食べられることで、これも体にいいこと間違いなしです。また魚、肉、卵など満遍なく食べることでしょうか。スパイス類も侮れず、認知症予防に良いというカレー(玉ねぎと人参のみじん切りを煮込んだだけ)は常備菜、また、暑さが去ってからはブリオッシュをよく焼きますが、半分くらいは血管に良いというシナモンパンにします。生地は強力粉、牛乳、バター、卵、イーストだけですから体に悪いわけがありません。生地に塩や砂糖は入れず、食べる時にクリームチーズやジャム、メープルシロップを添えれば立派なティータイム、豊かな気持ちになれます。

 他には発酵食品として、納豆、味噌、ぬか漬け(かぶが美味しい季節になりました)、ヨーグルトといったごく普通の食品を食べており、今のところ腸活についてはまだまだ未開拓です。ちょっと驚いたのは、ヨーグルトの健康への効用は、日本ではまだ医学的に証明されていないとか。そもそも乳製品は日本人の体質に合わないといった議論もあるようですが、私の健康維持にはすこぶる良いと感じています。

 それから私にとって忘れてならないのは鉄卵の白湯です。毎朝、卵型の南部鉄を入れたやかんで湯を沸かし、7分ほどおいて500mlの保温ポットに移しておきます。これを飲むようになって採決時の貧血気味の値が改善したのと同時に、体のだるさがだいぶ緩和された気がします。相変わらず当日の朝にならないと体調が分からないのですが、気分よく起きられた日にだいたい一日元気に活動できるのは、この鉄卵のおかげという気がします。

 運動に関しては「無理はしないが怠けもしない」というラインを守っており、夏の暑さに比べたら東京の冬はほとんど理想的な運動環境です。ただし気温の低い早朝のウォーキングはやめ、陽が出て少し緩んでから買い物がてら出かけることが多いです。厚着で出かけると汗だくだくになるので、ほんのり汗ばむ程度の服装を予想するのが難しいです。数年前の膝関節変形症もほぼ克服した(痛みを感じない)ことといい、今年の骨粗鬆症薬害といい、これがあと十年遅く起きていたら体力的に乗り越えられたかどうか自信がありません。早い時期に自分の弱点を知ることができ、今後強化していけるのはありがたいことと言うべきかも知りません。

 睡眠に関する医学的な見解は分かれており、高齢者は夜10時に就寝―朝6時に起床が理想的であるとか、老齢になると睡眠時間が短くなるので6時間の睡眠時間でもよいとか、眠れなくても睡眠薬に頼らず、悩まずに過ごした方がいいとか、様々です。起床時刻の早い私はとても夜10時まで起きていられず8時前(7時ということもあります)には就寝しますが、夜中に必ず目覚めます。その後どうしても眠れない時は眠くなるまで音声による読書をしています。そのうちいつの間にか眠っており、朝になる・・・という日が一般的ですが、たまに朝まで熟睡という恵みの夜もあります。とにかく悩まなくていいらしいと知って、「もう睡眠のことで気を揉まなくていいや」と思うと気が楽です。

 誰にでも他の人には分からない自分なりの最適な健康法があるでしょう。異変を感じた時の対処法は最も重要で、「医者に行くかどうか」も含めての判断になります。今年、薬害から私が学んだことは、治療が自分の体質に合ったものかどうか細心の注意を払って受ける(あるいは拒否する)必要があるということでした。「私以上に私の体について知っている人はいない。「最終的な私の主治医は私なのだ」という強い自覚を持たなければと思っています。


2022年12月1日木曜日

「赦されないこと」

 赦す対象として、「負い目=負債」のある人、と、「罪」のある人の違いがありますが、今はこれに触れずに話を進めると、マタイにおいてもルカにおいても、「赦してください」がまずあって、その後に理由として、マタイは「私たちも赦しました」、ルカは「私たちも赦します」が続いています。英語の接続詞asは後文を受けて「~するように、~したように」と訳されるので、プロテスタント教会の「主の祈り」の式文はこれに近い気がします。

 一方、英語の接続詞forはこの例のように前にカンマをつけて用い、「というのは~だから」と、まさしくこのルカのように訳されます。「わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人を赦します」と唱和する聖公会やカトリック教会の祈りはこれに近いでしょう。

 いずれにしても、「人を赦すこと」と「自分が神に赦されること」は一対のこととして考えられていることが分かります。しかし、生身の人間にとって「人を赦すこと」ほど難しいことはありません。特に命が奪い去られるなどもう取り返しのつかない罪についてはそうです。過失ではなく意図的に子供や障害者の命を一方的に奪った殺人の罪を、誰が赦せるでしょうか。そんなことは元来人間にはできないことなのです。一方で、神に赦してほしいと願う罪を誰もが心に持っているものです。そして頭の中でその軽重を計ったりするかもしれませんが、「赦すことを通して赦されること」の困難を痛切に感じるでしょう。人はいつも自分を「赦された者として、そしてまだ赦していない者として」、ということは随分と自分を虫のいい位置に置いたまま長い年月を過ごすのではないかと思います。私の場合今となっては、自分に対して為された赦せない罪は、有難いことに、ありませんが、他者に対して為した赦してほしい罪はどっさりあります。

 ここで検討してみたい他宗教として思い浮かぶのは浄土系仏教における赦しです。私の理解の範囲では、浄土系仏教とは「赦されないこと」を「阿弥陀仏の慈悲によって赦されること」に変え、その条件を極力ゼロに近づける(無条件化する)という革命的なものだったということに尽きます。法然は、仏教で赦されない重罪とされる五逆の罪「父を殺す、母を殺す、阿羅漢(聖者)を殺す、仏の身体を傷つけて血を流す、教団の和合を壊し分裂させる」も赦されることとし、その方法は仏を心中に念じてその名を「南無阿弥陀仏」と声に出して唱えることでした。さらにその称名において信心が必須化と言えば、当初は付すべき条件として至誠心・深心・回向発願心の三心を考えていた法然は、最終的に三心は念仏によって具足すると言い、また親鸞は三心は如来が衆生に与えるものと解しているので、二人とも事実上唱名念仏による救済を無条件化しています。

 これをさらに進め、「信不信を選ばず」と言い切ったのが一遍です。一遍は「三心というは名号なり。称名するほかに三心は無きものなり」として、信心はもはや救いの必須条件ではなく、信心があろうとなかろうと、念仏により一切衆生が阿弥陀仏によって往生すると説きました。ここで目指されているのは念仏と一つになりきることであって、ここにこの行為をする主体はありません。これは確かに他力信仰としか呼び得ないものですが、行為の主体を軸にした自力・他力の別も、また三心という信心も捨てるとなると、唱名している自分の意識を消さざるを得ないことになるでしょう。自分の行為によって救われるということは自力本願に他ならずあってはならないからです。もはや自分は阿弥陀仏に呼び掛ける主体ではなく、ただ「南無阿弥陀仏」との唱名の中に渾然一体となり、無限者への帰依を実現するのです。一遍の活動が、「捨ててこそ」の空也上人、また踊り念仏に連なるものになったのはこのあたりの事情によるのだと思います。仏教では「人を赦すこと」と「自分が赦されること」はどのような関連が想定されているのかわかりませんが、これまでの論からするとこれを区別しているとは考え難く、恐らく全てが「南無阿弥陀仏」の名号に解消されるのでしょう。

 しかし、キリスト教において主体は欠くべからざるものですから、神との関わりは「呼びかけと応答」という形になります。旧約の時代から、信仰心の無い祭儀や犠牲の献げ物を神は喜ばないことが何度も示されていますから、「信じる」心が如何にして与えられるかが大きな問題です。そして、神から人に降されて間を取り持つのが聖霊なのです。とりわけ、主イエスがこの世の活動を終えられ、十字架の死によって人の罪を贖い、復活して召天された後は、聖霊以外この働きをするものはないのですから、なお一層重要性が増したと言ってよいでしょう。

 前半で考えた罪の赦しについて、ヨハネ二は別の、独特な記述があります。

ヨハネによる福音書20章22~23節

「そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。』」

 これは主イエスが復活して召天するまでのごく短い間に、弟子たちに現れた時に述べた言葉です。キリストの体なる教会を成していく弟子たちに語ったのは何よりも「聖霊を受けなさい」だったのであり、その時にこそ赦す力が与えられることが示されています。バプテスマのヨハネは、イエスを見て「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」(ヨハネによる福音書1章29節)と言いましたが、使命を終えて神の御許に帰られ、それ以後罪の赦しは弟子たちに委ねられました。その力は聖霊によってのみ与えられ、望むらくは弟子たちが世界中に遣わされ主イエスの十字架の死による救いを信じることによって、この世の罪が赦されることを神様は願っておられるのでしょう。今は「赦すこと」がいかに不可能と見えても、聖霊を完全に否定しない限り未来永劫「赦せない」とは言い切れないことになります。だからこそ、未来に対して開かれている「聖霊」の働きへの冒瀆は赦されないのだろうと、今現在はそのように考えています。


2022年11月25日金曜日

「日本の推理小説」

  推理小説の読み始めは、私の場合、何と言っても小学校時代の「少年少女世界推理文学全集」(あかね書房)です。今思うとあのチョイスはすばらしく、とにかく幅が広い。推理小説の大家クリスティやクイーン、ヴァン・ダインはもちろん、他の出版社がシリーズものを擁するホームズやルパンも入っていたし、ポオの怪奇小説、ハメットやチャンドラーのハードボイルド系、文学者というべきチェスタトンやモーム、スティーブンソン、さらにロシアのアシモフやベリアーエフ等のSF系までカバーしていました。サスペンスの手法に優れ、いかにもアメリカらしい都会の孤独な人々が蠢く社会を描いたアイリッシュ(またの名をウールリッチ)なども、日本という別世界に住む子供にとって惹かれるものがありました。初めて推理小説の世界を探求する子供には、この全集はまさに道しるべとも言うべきうってつけの本でした。中学時にはその延長で、クリスティやホームズなど、自分の好みにあったものを文庫本でまとめて読んでいました。

 これに対して、日本の推理小説にはほとんど興味を引かれませんでした。小学校時代こそ少年探偵団の江戸川乱歩シリーズを読みふけりましたが、その後は社会派と言われる松本清張にしても、また角川が映画とタイアップして売り出す手法を編み出した森村誠一、横溝正史にしても、戦中・戦後の忌まわしい記憶や村社会の陰鬱な掟などにどうしてもなじめませんでした。この時代は東西冷戦下のスパイものが目を引きましたし、映像ならやはりコロンボシリーズの方が断然面白かったのです。

 そういうわけで、私が次に日本の推理小説を読むようになった時には、ざっと二十年の年月が流れていました。まず宮部みゆきにハマり、その後は評判に応じて、東野圭吾、湊かなえ、海堂尊、中山七里など面白く読みました。私の場合は人文科学系の書籍を一方で読みながらも、それだけでは飽きてしまうので並行してどうしても推理小説に手が伸びます。そして推理小説はまさに社会の歪みを描き出し、「現在」という時空を知る格好の材料ですから、様々な現実に触れて考えさせられることが多いのです。或る時期以降どっと書かれるようになったお仕事小説の中にも犯罪が絡んでくることが多いので(人のいるところ必ず犯罪あり)、推理小説と言う区分は曖昧になっているかもしれません。

 現代社会を舞台とする小説を手掛ける方々の中にも、私が一度も読んだことのない推理作家はごまんといることでしょう。ところが、そうではなくて三十年以上前の推理作家なのに、これまで見落としていた本格推理作家、島田荘司を最近発見しました。書かれた時期が古いのは当然ですが、小説の舞台がさらに古い戦前・戦中・戦後から現在までと広範囲なのに驚きつつ、時代考証の確かさに感じ入りました。暗い時代の残滓が事件につながるという点で、本来私の好きな類の話ではないのですが、自分が歳を重ねたせいか「ああ、そういう時代だったのだ」と、埋もれた歴史やまさしく自分が生きてきた時代への思いが嫌悪感より先に立ちます。

 私が数冊読んだ限りでは、この作家は主に二種類のタイプの話を書き分けていて、一つは①風変わりで常人離れした探偵を主人公とするもの、もう一つは②昔ながらの地味で丹念な捜査をする老刑事を主人公とするもの、③その他です。

①には秘書的な相手役がいることから分かるように、明らかにシャーロック・ホームズを意識しており、自分の関心を引く事件を見つけては世界を股にかけて軽妙洒脱な推理を展開します。文学としても面白く、既読の範囲で言えば、グロはあってもエロのないところが女性癌が多いと言われる理由でしょう。

②は扱う時代の古さや言葉遣いから、江戸川乱歩へのオマージュだと言って間違いないでしょう。起こる事件はバラバラ殺人などスプラッタ系が多いものの、それは本格ミステリに特有の筋立てで、おどろおどろしさとは別物です。例えばクリスティにおいて、マザーグースの歌に従って次々と殺人事件が起きても、単に推理ゲーム解読の重要な要素であって、むごたらしいとは感じないような枠組みなのです。

  真っ先に思ったのは、「こりゃ、少年探偵団的な子供向け江戸川乱歩の大人版だわ」ということです。無論、怪人などは登場せず、犯人はみな生身の人間ですが、著者が美術畑の人らしく空間の把握がずぬけています。そのため読者は大掛かりな記述を見せられているような気分になります。途中で「まさか・・・」と思いついたトリックが当たりだった時も、「それはどう考えても無理筋でしょ」と、転げながら笑ったほどです。しかし冷静になって、そのトリックは本当に無理かと言うと、物理・化学的、歴史・社会的、人間科学的といったいくつもの複雑な連立方程式の紛れもない「解」となっていることに気づきます。

  この一分の隙もなく練られた推理小説群の中には、列車内での殺人事件、交通機関が重要な鍵となる犯罪、いわゆる時刻表トリックなどもあり、このような推理小説は正確無比な運行をする日本の列車ダイヤのもとでしか生まれ得ないものであると同時に、シャーロック・ホームズものが貴重な民俗誌となっているのと同様、戦後の日本を知る興味深い読み物だと言ってよいでしょう。

③その他は、市井で起きるありそでなさそな事件です。乾いた筆致の短編が多く、ちょっとアイリッシュが入ってる気がする。世界のミステリはほぼ全て翻訳が出ているのは日本の強みで、筆者はあらゆるタイプの探偵小説を自家薬籠中の物にしている感があります。また、ロンドン留学中の夏目漱石がシャーロック・ホームズと出会うファンタジー推理話など自由自在の想像力で楽しませてくれます。これも奥深い日本文学の伝統の上に生み出された作品、いや、感服しました。この作家をどうして今まで知らなかったのかと狐につままれた気分で、これこそ最大のミステリかも知れません。


2022年11月18日金曜日

「余裕ゼロの社会へ」

  いつも突然思い立つ性分ですが、少しずつ今年の大掃除に着手しようと、先日はガスレンジ回りのお掃除を終えました。3口ガスコンロカバーの最後の1枚を使い切ったので、来年のために買い置きしようと、大手の二大スーパーに出かけました。ところが前回買ったはずなのにどちらの店にもない。たぶんホームセンターにはあるのでしょうが、近くにないため仕方なく通販で注文することに・・・。これがなかなか見つからず、あってもむやみに高額だったり、送料が同じくらいかかるなど選択に難航しましたが、ようやく折り合える価格の3枚入りの商品を見つけて注文しました。レヴューを見ると、「うちのは20年前のガスレンジなので」とか「近くのスーパーにないので助かります」などのコメントが・・・。私と同じような境遇の人たちはやはり困ってたんだなということが分かりました。スーパーの売り場にはおのずと限界があり、買い手の需要も多様化しているので、3口ガスコンロカバーという、常時売れるわけではない商品を置く余裕がなくなったのでしょう。このケースではIHクッキングヒーター(火災の心配は低いが電磁波の影響があるともいう)の家が増えたためかもしれません。そのため、この何の変哲もないはずの商品が馬鹿げた大きさの段ボールに入って配送されるという事態になりました。

 配送に関しても最近は思うところがあります。配送業のプロではなく、明らかに素人と思われる(大抵は非常に若い)人によって配達されることが増えています。人手が足りないのと、素人がアルバイト感覚で配達に参入(使ったことはないがウーバーイーツなど)することが一般化したためでしょう。これがひどい。プロの方はインターフォンで挨拶し、集合扉を開けると個別住戸の前まで持って来てくれ、こちらもドアを開けて御礼を言って受け取るという、安定したパターンを辿りますが、アマチュアの場合は、こちらがインターフォンに答える間もなく呼び出しが切れてしまい(わざとかも知れない、上まで運ぶ手間が省けるから)、下の宅配ボックスまで取りに行かなければならなかったり、インターフォンに応答してロビーの扉を開けて待っていても家の玄関に現れず、さすがにおかしいと階下に見に行こうとして、同じ階の別の住戸の玄関先に置かれているのを発見したこともあります。全く訓練を受けていないのです。

 先日、通院が早く終わった後に珍しくカフェに入ったところ、驚いたことにウェイターが一人しかいませんでした。しかもどう見ても十代としか思えない若い人でした。おしぼりと水が出てくるまでに5分、メニューをもらうまでにさらに5分、注文をして待っていましたが1時間近くたっても饗応が無い。呼んで「オーダー入ってますか」と聞きましたがうんともすんともなく、確認しに行ったまま戻って来ない。名前は控えますが、この店はどこにでもあるチェーン店などではなく、れっきとしたコーヒー店で、落ち着いた雰囲気の店です。あまりに不可解な状況でどうしたものかと困惑しました。そのうちどうやらシフトが変わったらしく、先ほどのウェイターはいなくなり、少し年長(といっても二十代前半くらい)のウェイトレスがフロアを行き来するようになりました。すぐに呼んでこれまでの事情を話し、調理に入っているなら頂くが、入っていないならキャンセルする旨を伝えたところ、やはりオーダーは入っていませんでした。ウェイトレスさんは平誤りでしたので、それ以上は言わずそのまま店を出ました。

 店を出てまず「爆発せずによく頑張った」と自分を褒めましたよ。不愉快には違いありませんが、カフェの雰囲気を楽しめたことを良しとし、それからあの少年について考えました。店に出られるレベルでなかったのは確かです。オーダーを入れ忘れたのならそう言ってくれればよいだけだったのです。失敗は誰にでもあることですし、そうやって学んでいくのですから。これまでに失敗して叱られ、大変な経験をしたため恐くて言えなかったのかもしれません。残念なことです。あのようなカフェでもちゃんとした接客教育ができていないということをまざまざと知らされ、人で不足を身近に感じました。とにかく、あらゆる面で社会に余裕がなくなっています。そしてそのことにより悪いサイクルが形成され、日ごとに加速しているようです。悪循環が解消される見込みはないことを思うと、このような社会の余裕の無さに人間がどこまで耐えうるか心配です。気が重いことです。


2022年11月11日金曜日

「昭和な」讃美歌

 祖父の卒寿の時だったか、集まった叔父、叔母が何やら楽しそうに歌う讃美歌に軽い衝撃を受けた覚えがあります。聞いたことも、もちろん歌ったこともない讃美歌で、まるで戦後すぐの荒廃した風景に響き渡るマーチ調の歌でした。後にそれは『聖歌』の中の1曲と分かるのですが、おそらく福音派系と思われる『聖歌』を私が知らなかったのも当然です。日本基督教団ではもっぱら『讃美歌』(『讃美歌Ⅱ』を含む、後には21世紀にふさわしい新しい『讃美歌21』が出版される)を用いていたからです。「十字架にかかりたる/救い主を見よや/こはなが犯したる 罪のため/ただ信ぜよ ただ信ぜよ/信ずる者はたれも 皆救われん」と歌う『聖歌』424番を聞いて、申し訳ないながら思わずぷっと笑わずにいられませんでした。洗練された歌詞と曲調の『讃美歌』に比べ、何と俗っぽい讃美歌だろうと好きになれませんでした。

 『讃美歌21』には『讃美歌』から詞を口語文に手直ししたりして収録されたものもありますが、新しいタイプの讃美歌が取り入れられて出来上がったのですから、当然再録に漏れたものもあります。私の好きな讃美歌の多くが『讃美歌21』に採録されていないことを知った時、自分が間違いなく昭和の人間だということを悟りました。いや、『讃美歌21』にも惹かれる歌はたくさんあります(385番「花彩る春を」、580番「新しい天と地を見たとき」など)。また、子供たちにも歌いやすく、一緒に歌うのに適したものも多数あるのでとてもよいと思っています。でも、恐らく私以上の年齢の人には『讃美歌』の時折混じる文語的表現の美しさを恋しく思う人は多いに違いありません。

 好きな讃美歌が年齢とともにこれほど変わるのかと、最近は思うようになりました。美しい曲と詞を兼ね備えた讃美歌は一生変わらず歌いたいものですが、そもそも『讃美歌』はまさしくオールタイム・ベストと言ってよい選りすぐりの讃美歌集です。その中で、ひょんなことから美しさという基準をも無化してしまうような懐かしい、そして不思議な讃美歌497番に出会いました。

「あめなる日月(ひつき)はまきさられ、つちなる物みなくずるとも、常世(とこよ)にわたりてすべたもう/主イエスぞ永久(ときわ)にかわりなき。」

「あめつち跡なくくずるとも、主イエスぞ永久(ときわ)にかわりなき。」

「かわりなき、かわりなき、主イエスぞ永久(ときわ)にかわりなき。」

 「あめなる日月」とは天のカレンダーといったところでしょうか、神のご計画が記された巻物が読み広げられては別側に巻き取られて終了していくようなイメージなのですが、これを一言で「まきさられ」と表現しているところがすごすぎると思います。

 次の「つちなる物みなくずるとも」は、まさしく今現在の世界であり、説明は必要ないでしょう。次に来る、最初から最後まで変わらず世界を統べる神についての言及は、私に「草は枯れ、花はしぼむが/わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。」(イザヤ書40:8)を想起させます。

 ここまでで一段落と思ったら、再びダメ押しのように「あめつち跡なくくずるとも」と、世界の崩壊、滅亡の詞が続くので、悲惨さを通り越して思わずのけぞって大笑いしてしまいます。戦争直後の焼け野原を経験された世代は、もしかするとまさしく今、既視感を持って日本の、そして世界の現状を見ているかもしれません。

 さらに続く、「かわりなき、かわりなき」のところを、私は「変わりなし、変わりなし」と歌っていたのですが、ふと気づけば、これは「主イエス『ぞ』永久にかわりな『き』」という、あの古典の授業で習った係り結びではありませんか! 「ぞ・なむ・や・か・こそ・は・も」(係助詞)が出てきたら,「文末」の「活用形」が変わると確かに習いました。「ぞ」の場合は「連体形」か…なるほどと、生まれつき文語文の使い手ではない私は頷きました。「ぞ」の無い2節と3節の詞は確かに「主イエスぞ永久にかわりなし」となっています。普段使っていない話し言葉、書き言葉が自然に分かるということはありません。うん、古典文法、必要でした。

 この讃美歌は曲が軽やかな8分の6拍子でなければ、全く違った歌になっていたのかもしれません。しかし、8分音符3つを1拍とする2拍子系のリズムで歌いながら、絶望感に打ちひしがれて沈み込むことはそもそも無理です。この讃美歌は、崩れゆく世界の現実を突き抜けたような明るい曲調なのです。ひたすら「かわりなき」を繰り返し連ねるこの讃美歌を口ずさむと、ぐんぐん力がわいてきます。そのため、このどこから見ても「昭和な」讃美歌は、にわかにマイ・リバイバルとなりました。この単純な曲と詞の讃美歌を好ましく思う私は、まさしくあの時の叔父・叔母と同じではないかと、少し愕然としました。「永久にかわりなき主イエスを、ただ信ぜよ」という言葉を今は真理と実感する歳になったということでしょう。そうです、信ずる者は誰も皆救われるのです。メロディを味わいながら、「この感じはどこかで・・・」と思った途端ひらめいたのは、沈みゆくタイタニックで演奏された曲、『讃美歌』320番(主よみもとに近づかん)でした。この讃美歌も8分の6拍子、映画では途轍もなく荘厳な雰囲気を醸し出していましたが、悲壮な感じがしないのは、3連符を用いるワルツのようでありながら実は2拍子系のこのリズムのせいでしょう。しかしこれも、静謐のうちに破滅へと沈んでいくゾッとするような凄まじい情景なのです。ああ、このブンチャッチャ、ブンチャッチャのリズムが今日も頭を離れない。


2022年11月4日金曜日

「環境リスク学」

  動物園に行って以来、特に水に関する環境汚染について考えています。身の回りにはプラスチック製品があふれていますし、私のような自炊派でも食材の包装だけでも大変な量のプラごみが出ます。ペットボトルも全く使わないわけにはいきません。。プラごみは紙ごみや生ごみと一緒にプラスチックバッグに詰めて燃えるごみとして出し、ペットボトルは専用の回収場所に分別していますが、例えばレジ袋が風に舞って、あるいはペットボトルが河川に落ちて、池や海に流れ着き、やがて小さく細かくなるとそこに住む生物に多大な被害を与えます。たとえそのようなことに注意を払っていても、家庭で洗濯するだけで衣類からマイクロプラスチックが流れ出て下水にはいるということまでは避けられません。歳とともになお一層、肌触りのいい天然素材(主に木綿)を好んで身につけるようになりましたが、それでも化繊ゼロという生活は無理です。漁具による海の生物への痛ましい被害はよく報道されますが、とりわけ海に関係する生活をしていなくても、海洋汚染について手の白い人はいないはずです。

 現代社会において、人間は生きているだけで自然にとって有害な存在なのですから、あとはどれだけ環境汚染を少なくできるかという選択肢しかありません。何年か前に台所用洗剤をパーム油由来のものにしましたが、これはこれで産地となる熱帯地方の自然破壊になるのですから、いつも後ろめたさを感じていました。意識の高い人は既にやっていることでしょうが、私も徐々に無添加せっけんに変えることにしました。できることはわずかですが、今回動物園で個々の動物とお近づきになった(?)ことで、習慣を変えるきっかけとなりました。

 私は最近「環境リスク学」という言葉に出会いました。これはざっくり言うと、自動車や農薬など大変便利だが環境に何らかの悪影響を否定できないものがあるとすると、どのくらいのリスクがあるかを数値化すれば、自動車なり農薬なりを禁止するかどうかの議論のプラットフォームになります。発がん性があるにしても、「1億人中1人でも発症のリスクがあるなら禁止」とすることは、当事者あるいは社会における利便性や経済的損失を考えれば合理的な判断とは言えないことになるでしょう。経済的な観点だけでなく、地域の違う住人間や、人間と別種の生物間のリスク環境の比較考量においても、この考え方は威力を発揮します。

 もう20年近くも前の本ですが、その名も『環境リスク学 不安の海の羅針盤』(日本評論社2004年、中西準子著)を初めて読み、率直に感銘を覚えました。筆者は東大工学部都市工学科の助手として下水処理問題から始めて、先入観にとらわれずにおかしいと思ったことを調査し、その事実だけを元に次々と環境リスクを数値化していきます。都市工学というのは住民環境と密接にかかわる領域ですので、研究結果如何によっては官僚からの圧力や市民運動からの突き上げをもろに被る学問です。筆者は不屈の姿勢で事実を曲げなかったため、官僚と組んで学生を囲い込んだ教授から虐げられ村八分にされますが、一部始終を公表したところ工学部の学生、院生、職員がストに入り理不尽な処分は撤回されます。この話に象徴されるように、ファクトにこだわりそこに立つことを止めない姿は、その後も同じ方向性の学生、研究者、教授陣、志のある官僚の心を打ち、彼女を支える人はいつも傍に存在しました。

  1990年頃さかんに取り沙汰されたダイオキシン問題では、湖の底の泥層を分析することにより、ダイオキシン汚染の主たる原因がごみ焼却所ではなく、それより二、三十年ほどまえの農薬にあることを突き止め公表したため、市民団体やその農薬の製造企業から激しく非難されたこともありました。公表は机上で作り上げた理論ではなく、農家の納屋からもらい受けた当時の農薬という厳然たる証拠の分析に拠っていたため、「訴訟にする」とまで言っていた企業が逆に謝罪する結果になりました。それほどファクトは強いものでした。

 この方は、『公務員という仕事』(ちくまプリマー新書2020年)を書かれた元厚生労働省の村木厚子さんを彷彿とさせる、不動の信念を持つ研究者です。この方が高潔な人格の持ち主であることは論を待ちませんが、私が圧倒されたのは「まともな正義が通っていた時代が確かにあったのだ」という思いです。かろうじて二十年前まではまだそれがあった。今ならどんな証拠を持ち出しても、「フェイクだ」と言って押し通す輩がほとんどではないでしょうか。そして世間にはどんなに立派で真摯な研究結果を聞いても、胡散臭い目で見てしまうという、「何も信じられない」無気力感が横溢しています。なにしろ、既に故人となりましたが、総理大臣がオリンピック招致に当たって、「汚染水は福島第一原発の0.3平方キロメートルの港湾内に完全にブロックされている」と言い、「(福島第一原発の)状況はコントロールされている」と、アンダー・コントロール宣言をしてしまう国になったのですから、国民が何を言い出してもコントロールできないのは当然でしょう。言葉が意味を持たなくなった、この取り返しのつかない状況を作り出した罪は本当に重いと思います。私が「ここまで腐ったらもう日本は駄目だな」と思い知ったのは、公文書に関わる一連の事件です。公文書を改竄、廃棄するという行為は公務員、官僚が自らの存在を葬ったも同然の所業で、決してしてはならないことでした。2019年に東大の入試において文Ⅱ(経済学系)合格者の最高点、平均点とも、文Ⅰ(法学系)の合格者のそれを上回ったと聞きましたが、国会答弁をする官僚の情けない姿を見れば、国家のために働くなど馬鹿らしくみな金儲けに流れても仕方ないでしょう。環境リスクから話が逸れてしまいましたが、中西準子さんがいかに傑出した人でも、その周りに「正しいことをしたい、正しい側にいたい」という人がそれなりの数いなければ、歴史の闇に埋もれるしかなかったはずです。三十年前にはまだ一人一人が保身より大切なことを実行できていたのです。

  規範のない社会は何一つ積み上げることができず、実効性のない非現実的な対応がしばらく続いたかと思うと、ほどなく変更されます。教員免許更新制がそのいい例です。学校がブラックな職場となって慢性の教員不足が予想される中、更新研修など受けるわけのない退職教員がどんどん免許を失効していくとなれば、彼らを非常勤講師として確保することができません。ちょっと考えればわかりそうなものなのに、馬鹿馬鹿しいドタバタ劇でした。十年先も見通せない教育行政に国民は翻弄されているのです。環境リスク学を知って、文科省が必要な省庁かどうかのリスク比較もしてほしいものだと思わずにいられません。文科省が存在することのリスクに比べて、文科省がなくなって困ることをあまり思いつかないのは私だけでしょうか。


2022年10月31日月曜日

「普通の生活が戻ってきた」

  よい季節になりました。暑い間はパンを焼くのをやめていましたが、先日は久しぶりにシナモンロールパンを焼きました。電気使用量を抑えるため、焼きの部分をオーブンではなくフライパンで行いました。とてもよく出来上がって時計を見るとまだ9時。思い立ってカメラをリュックに放り込み、動物園に行くことにしました。おっと焼き立てパンとコーヒーの保温ポットも携行しなくちゃ。

 コロナ禍の間、なんだか無性に動物園に行きたくなったのですが、予約が必要となると、行けるような体調かどうかは当日にならないと分からないので、腰が引けていました。ようやくその機が到来したのです。秋晴れの絶好の日、体調もすこぶるよく、池之端から散歩がてら上野恩賜公園を歩き、正門から入場。知らずに行ったのですが、パンダが来て50周年とのことで、記念の催しが開催されているようでした。「50分待ち」に並ぶことなく、パンダはあっさり諦め、水の中でご機嫌のホッキョクグマを堪能。他に東園ではサル山、トラ、ゴリラは外せません。望遠機能のカメラの威力はすばらしく、おかげでまるで手の届くところにいるかのように良く見えて、思わず「この子たち、毎日何考えているんだろう」と不思議な気持ちが湧いてきます。また、これまであまり関心のなかった鳥類の観察が実に面白く、いろいろな鳥たちが羽を広げたり閉じたりする様子を楽しめました。ゾウが外に出ていなかったことだけが心残りでした。最強でありながら優しいゾウは動物の鏡です。

 西園に移動し、ここでもパンダの森はパス。でも、アフリカの森には見どころが満載で、キリン、サイ、カバはジャングル大帝の世界です。強さという点で相当ランクは上、サイは見るからに獰猛だし、カバは水中もOKだから怒らせたら大変なことになりそうです。最後にレッサーパンダを見て満足して退園しました。

  あ、そう言えばハシビロコウを見逃しました。きっと気配を消してたんだな・・・。動物園に行くといつもつくづく感じ入るのは、造化の妙としか言えない生物の多様性で、「創造主がなさることは完全で、誠に遺漏がない」と素直に思えるのです。1時半ころ弁天門から退園する時には、これから入園しようとする人の列が長く続いていました。皆こういう日を待ちかねていたのでしょう。バス通りに抜け、都バスに揺られるうち、「コロナは終わったんだな」と実感しました。


2022年10月24日月曜日

「精神界と精神科医」

  ここ三、四十年の間、常に日本では精神界のことに関心がもたれてきました。この人間精神への飽くなき探求はほぼアメリカ由来のものであり、恐らくは早くも1960年のヒッチコックの『サイコ』、また1975年の『カッコーの巣の上で』(ジャック・ニコルソン主演)というアメリカ映画によって度肝を抜かれたことによります。その後も追い打ちを掛けるように続々と作られた、1980年、キューブリック監督の『シャイニング』(またしてもジャック・ニコルソン主演)における次第に狂っていく人物像や1981年、ダニエル・キイスのノンフィクション 『24人のビリー・ミリガン』で描かれた解離性同一性障害の人物像、また1991年『羊たちの沈黙』におけるアンソニー・ホプキンスの演じたサイコパス等に戦慄し続けた結果、日本における精神世界への好奇心がますます急速に高まることになったと言ってよいでしょう。

 私もこれまでそれなりの関心をもって映画や本に接してきましたが、上記のような耳目を驚かす精神障害はごく稀な事例であって、それは精神科医でも一生に一度出会うかどうかという症例ではないかと思うようになりました。そう考えると、昔から診断のある統合失調症などは別として、日本でここ二十年くらいに突如雨後の筍のように急増した種々の精神疾患に対しては直感的に疑惑の目を向けざるを得ません。

 これまでに朧げながら分かってきたことは、

①日本の精神医学会はほぼアメリカ精神医学会をなぞっていること、

②しかしそれが日本では十年(もっとかも知れない)ほども遅れて反映されるらしいこと、

③診断は概ねアメリカ精神医学会の『DSM鑑別診断ハンドブック』により行っているのだが、これが既に第5版ということからも分かるように、頻繁に改定されてきたこと、

④基準に該当する症状がいくつあるかによって診断する方法では、確固たる診断をつけるのは困難であること、

⑤検査という形でかろうじて客観的に障害が測れるのは子供の知的障害と学習障害であるが、置かれた家庭環境を考慮しなければ知能検査を行ってもあまり意味がないこと

⑥日本の医療制度では薬剤の処方以外の治療では診療報酬を上げにくく、自由診療では経営的に成り立たないことが多いこと、

⑦さらに日本では医師の専門領域に関わらず、医師免許があればどんな診療科でも名乗れるため、値段の張る医療機器を必要としない精神科の看板を掲げる医療機関が相当数見受けられること、

などです。

 もちろん研鑽を積んで患者のために誠心誠意尽力する精神科医はいますし、また、或る種の発達障害を幼児のうちに発見し向き合うことによって、間違いなくその子のその後の人生を豊かなものにしている医師もいます。こういう治療や対処は絶対に必要なもので、その仕事は日々のたゆまぬ研究へのキャッチアップと献身に基礎づけられています。その上で敢えて言うなら、その他の数多ある障害(例えば、うつ病、強迫性障害、双極性障害[躁うつ病]、パーソナリティー障害、パニック障害・不安障害etc.)についてどう考えたらいいか戸惑っています。うつ病がメランコリーと呼ばれていた時代からわずか60年ほどでその人数が1000倍となったと聞く時、特に日本で「うつは心の風邪と言われ始めた時期と」SSRI系の抗うつ剤が爆発的に売れ出したこととは無関係ではないと思う時、また「子供」という言葉が「子ども」に変えられていった時期と精神医療の領域で子供をめぐる事情がかまびすしくなったこともこの流れに無関係ではないと思う時、非常な疑念と困惑を覚えます。実際、子供のADHD(注意欠如・多動性障害)の診断は精神科医でも過半は過剰診断と認めざるを得ないようで、それくらい診断をつけるのは難しいのです。

 同様に、以前は広汎性発達障害と言っていた名称が自閉症スペクトラムと呼ばれるようになったことからも分かるように、精神界の疾患や障害は黒白の判定をつけられるものというより、その症状を示す傾向の強さの度合いと考えられる流れになっています。明治期以降の文豪の中にも精神医療に関わる症状のある人が何人も思い浮かびますし、また誰でも胸に手を当てれば、自分にも何らかの障害があるのではないかと思うはずです。問題は社会生活が支障のない範囲で送れるかどうかでしょう。

 以前、子供がうつ病になられた方が「あんなもんは医者にだって治せないんだよ」と言うのを聞いたことがあります。その通りでしょう。ましてや或る精神障害の潜在的罹患者が人口の3割あるいは5割を超えるなどという場合は、もはやそれを「精神障害」と呼んで済ませられるのかと不信の念が募ります。持って生まれた気質だけでは説明がつかず、周囲の環境、大きく言えば社会状況を変えない限り、もうどうにもならないところまで来ていると言えるのではないでしょうか。多くの人があまりに息苦しい生活の中で病んでおり、中には心身の不具合に精神科の病名が付いたことで救われる人もいるという倒錯した事態も起きています。しかし、このような「癒しとしての病」に頼ることは一時的にはよくても、長い目で見れば決して幸せにつながらないことは明らかです。

 ふと思い立ってウィキペディアで「精神障害」の項を見てみました。そしてまず大笑いし、それから少し背筋が寒くなりました。そこには驚くべき記述がありました。フェイクではないと信じるならば、こうあります。

1994年、世界精神医学会のノーマン・サルトリウス会長は「精神科医が精神病者を治療できると考えられた時代は終わりました。今後、精神病者は病気と共に生きる術を学ばねばならないでしょう」と述べている。・・・・

1995年、アメリカ国立精神衛生研究所のレックス・コウドリー代行所長は「私たちは(精神障害の)原因を知りません。私たちは未だにこれらの病気を『治療する』手段を持っていません」と述べている。・・・

2009年、アメリカ国立精神衛生研究所のトーマス・インセル所長は、30年前に精神科でレジデントとして学んだ多くのものが、科学的研究によって完全に間違っていると証明され、捨て去られているため、「おそらく、30年後の私たちの後任は、今日私たちが信じている多くのものを痛ましい認識だと顧みることになるでしょう」と述べている。・・・

 こんな精神医療界の頂点にいる方々がこのような真摯な認識に立って正直な告白をされていることに敬意を表したい。こんなことならもっと早く見ればよかった。恐ろしいのはこれが30年前の言葉であり、最後の13年前の予言めいた発言によると、今現在の認識においても「当てになるものは何一つない」と言っているに等しいことに愕然とします。

 ただ、精神の安定を保つためには幼少期の親との愛情関係が成長のあらゆる段階で決定的に重要であること、人間の身体が対処可能な範囲を超えてしまった社会をなんとかしない限り、心身を病む人は増え続けるだろうということは素人でも分かります。先ほど精神に関わる障害の判定は社会生活に支障があるかどうかだと述べましたが、それはまともな社会であってこそです。現在の社会の中で精神に関わる症状を発症する人が急増しているとしたら、病んでいるのはどちらなのか。昔見た映画『ニュー・シネマ・パラダイス』の中に、パラダイス座を愛する町の人々とは別に、街の広場を「俺の広場だ」と認識している気の触れた男が出てきます。主筋とは全く関係ないシーンなのですが、その男に向ける町の人たちの眼差しが優しかったことを、なぜだか印象深く今も覚えています。ああいう社会はもう永久に失われてしまったのでしょうか。とても寂しいです。


2022年10月17日月曜日

「患者の立場」

  患者と医者の関係で一番幸せなひと時は、例えば骨折などで最終確認に行き、「治ってます。もう来なくていいです」と言われる時でしょう。逆に自分の病状がうまく伝わらない、体調の捉え方が違うという場合は、その治療をめぐって患者は苦慮することになります。

 先日の診察で、骨粗鬆症薬服用後の顛末を医者に話しましたが、やはり医者は他の可能性(コロナ罹患)等を口にし、薬害を認めることはありませんでした。医者の立場として、その時の患者の状態を医学的に検査しなければ診断できないのはわかりますが、もうその時は過ぎています。やはりあの時救急車を呼んで大学病院に行くべきだったかとも考えましたが、あの時の状態を思うとそれは体の負担を増したはずで、私は医学の発展のために生きているわけではありません。数十年自分の体で生きてきて、あれが薬害であることは私には自明のことです。

 「あの薬はごく一般的に使用されています」との言葉で分かるように、医者は一般的な患者を念頭に治療しているのです。しかし、特異体質患者も少ないながら必ず一定数います。私は「子供の頃から化学物質に滅法弱かった」こと、「服用後の夕方から症状が始まった」こと、「骨が内側から破壊されるような痛みだった」ことを話しましたが、他の可能性を医学的につぶして確かめない限り、医者にとって患者の体感など当てにならないもののようです。

 ただ、「どのくらいで良くなりましたか」と聞かれ、「3週間です」と答えた時はさすがに医者もびっくりしていました。これがコロナであるはずがありません。体感的に毎日5%くらいずつ骨の痛みが引いていく感じでしたが、タオルが絞れるようになったのはやっと3週間目、こうしてみると計算が合います。「カルシウムは食事で摂るよう、より一層頑張ります」と申し出たところ、どうもそういう問題ではないらしい。医者が「ちゃんと調べてみないと使える薬が限られてしまう」と言うのを聞き、「この人はまだ薬を使う気なのか」と恐ろしくなりました。取り敢えずビタミンDに戻してもらい、この日は這う這うの体で退散。唯一よかったのは全般的な検査の値がこのところ改善して落ち着いていることでした。なんだか医者とのやり取りに疲れて帰宅、ぐったりです。

 医者の治療のいいところは受け入れ、自分が納得できないものは拒否、そして日頃から食事、運動、睡眠の管理をしっかりすること、これに尽きます。実際、以前医者が鼻で笑った鉄卵の白湯はよい結果を示しており、小魚や牛乳も強化しているのできっとよい結果につながるでしょう。受診科がどこの病院にでもあるわけではない私のような患者は、病院を簡単に変えることができません。医者に新たな治療を加えられぬよう、全力で日常生活を送るというのも変な話ですが、結局自分の命は自分で守るしかありません。


2022年10月10日月曜日

「お墓のこと」

  先日、故郷の教会で、家のお墓を「墓じまい」して、教会の共同のお墓に骨を移したいとお考えの方がいると聞きました。教会のお墓は歩いて20分ほどの丘の中腹にあり、敷地内に「神の家族」と書かれた共同墓地があり、そのほかに信徒の家の個別墓石のお墓がいくつかあります。子供が遠方に在住の場合、毎年墓参りにくるのは大変ですから、墓じまいをしたいとの申し出があったのでしょう。

 私の家のお墓もここにあり、最近はなかなか丘を上って墓参りができない状態でしたので、「うちもそうしたい」と思いました。帰って兄に話すと、意外にも兄は何度も墓参りしているとのこと。(急に低姿勢になる私・・・)私が月に一度の帰省とはいえ、なかなか予定が合わないのでこれまで各自別々に墓参りをしてきたのです。兄もゆくゆくは墓じまいして父母らのお骨を「神の家族」に移さなければと思っており、二人で話し合いを持ちました。

 家のお墓は母が亡くなった二十年前に父が造ったものですが、その後私の連れ合いが分骨され、また父自身も2014年に召されました。結局、十年間は父のお骨をそっとしておき、その後だんだんに考えていこうということになりました。一番よかったのは11月の召天者記念礼拝を前に、兄とお墓の掃除に行って来られたことです。花を供え、お祈りをして帰ってきました。兄と墓参りに行けたのは十数年ぶりのことですから、この日は本当に感謝でした。


2022年10月3日月曜日

「秋日和の障子張り」

  今回の帰省は秋晴れに恵まれ、これ以上ない清々しい毎日を送れました。俄然やる気が出て、ずっと気になっていた和室の障子張りに着手。ここ十年は貼り替えておらず、南面全部障子のため4枚あり、小さな天井窓も含めると8枚となり、手順を想像しただけで疲れてなかなか手が出せずにいたのです。

 前回の茶の間の障子の張替えが頭にあり、2日間見込んでとにかく1枚ずつやるのが鉄則です。作業は前日夕方に「見本となるサイズの型紙を作る」というところから始まりました。上にスライドさせる雪見部分は通常の大きさより長さが短く、それぞれ3枚ずつで1枚の障子が完成します。天井窓の方はそもそも高さが違うので全く別の型紙が必要です。しかしいったん型紙ができると、それに合わせて巻物状になった障子紙を切っていくのは簡単です。必要分のそれぞれのパーツサイズを切るところまで前日作業で終えました。

 翌日は障子を1枚ずつ取り外し、そのまま廊下に移動して張り替え。のりの量が大事なのは身に染みており、結局これは指の感覚で確かめるのが一番確実でした。あとは下段から上段に淡々と貼っていくだけ。1枚終わったら嵌め戻して、次、また次…と思った以上に順調に進みました。無心の境地で作業し、家内制手工業の奥義を体得したと感慨もひとしおでした。やり終えた時の気分のよさといったらなかった。いや、実にいい精神療法になりました。次が十年後となると、せっかく作った型紙をまた使う機会はあるのでしょうか。


2022年9月26日月曜日

「往復書簡」

  発端は1~2年に一度ほど連絡のある学生時代の同級生からのメールでした。「更新手続きをしなければ失効」となっていた教員免許が更新のための研修無しで突如復活したという話です。そう言えば聞いたような気がする・・・。運転免許も返納して自分には免許や資格は一切なくなったと、一抹の寂しさを感じていたので、今後使うことのない免許ですがちょっとうれしく思いました。もっともそれは教員の負担軽減のためではなく、」教員=ブラックな職場」となってしまったため、なり手がいなくなった現状に泡を食ってその場しのぎの対応をしただけにすぎないでしょう。つい十数年前の話なのに、「あのドタバタ騒ぎは何だったんだ」と笑うしかなく、所詮人の言葉は「風に吹き飛ばされるもみ殻のよう」と言わざるを得ません。

 普段は2、3回のやりとりで終わるメールが今回は終わらない。そもそも学生時代からの知り合いというのは遠慮が要らず気安いので、来るメールに返信しているうち何か卓球のようになってきました。相手が打ち込んでくる球をこちらもガンガン打ち返す。近況から健康、仕事、教育、社会全般の多岐にわたる話になり、知り得る限り、考えの及ぶ限りで返信していると頭の体操になります。

 社会の閉塞感に関してのやりとりで、直接的な言葉ではなく言外になんとなく伝わってきたこととして、2つ考えたことがあります。これまで私は「日本の女性は本当に大変」と思っていてそれはその通りなのですが、学校を出た後、仕事、結婚、家事、出産・子育て、介護などそれぞれの時点で選択肢があるということを、あまりメリットとして考えたことが無かったということに気づきました。女性は葛藤しながらも、働かない選択も含めて働き方を決定でき、その意味では女の人生は多様です。しかし、男は学校を出たら40年以上働くという選択肢しか、今の日本にはないようで、仕事に就いて「やってみたら何とか続けられた」というのではなく、「~しなければならない」となると、これはこれで息苦しくキツイだろうなという視点が私には欠けていたなと思いました。この高度成長期に築かれた強固な規範意識はすでに崩れつつありますが、今後大きく変わっていかざるを得ないでしょう。

 もう一つ気づいたのは、SNS流行りの時代に私がそういったことに関心がもてない理由の一つは、自分には承認欲求がまるで無いからだということです。承認されるべき人には十分承認されており(多くがもう天国にいます)、何より神様に知られているので、それ以上の承認はないのです。そういうことだったのだなあと納得しました。

 今は読書三昧できる至福の時、人生最後に与えられた神様からの恩寵を感じています。同世代からのメールをきっかけに、考える視点やヒントを与えられ、様々な課題を意識しながら、毎日少しずつ学んでいきたいと改めて思いました。

 


2022年9月21日水曜日

「現代日本の介護事情」

  ずっと以前、ドイツを旅していた時、コンディトライ(ケーキ屋)で老年の紳士や婦人が一人(または少人数)で、優雅にお茶している光景をよく見ました。養老院のような施設も昔から街中にあり、お年寄りでも歩いてお気に入りのお店で過ごせるのは、とてもいいなと思っていました。人の寿命が以前より大幅に伸び、家族が老親の介護をすることが現実的に難しくなり、老人施設で集住して介護するという体制への転換が不可避となりました。一足先に介護保険を導入したドイツの制度を日本は参考にしたはずですが、2000年の導入以来、日本の介護政策は揺れに揺れてきたように見えます。

 以前はべらぼうに高額な有料老人ホームか低額の特別養護老人ホームしかなく、前者に入れる人は限られていますから、団塊の世代の高齢化に伴い特養が不足するのは明らかでした。しかし政府は支出の増大を抑えるため、金食い虫の特養を増設することを止め、老人福祉施設事業を市場に投げ出す方針に転換しました。これを金儲けの好機と見た企業が次々に参入し、様々な痕跡を残して消えたところが数多くありました。介護事業が企業の経済論理に合わなかったのです。一人一人状況や体調の違う利用者に対応するのは非常に困難であり、利用者、介護者双方に百人百様の課題があります。良心的な介護者ほど去っていく現場があるという実情もあり、利益を出せずに撤退する事業者が絶えません。一方、利用者の介護支援限度額全てを囲い込んで、利用施設で使わせることにより利益を上げる事業者もいて、財政支出を削減するという国の目論見は外れました。今はケアマネージャーに圧力をかけて、ケアプランの縮小に動いているようです。

 もともと集団生活は無理だなと諦めている私にはあまり関係が無いのですが、今の介護の現状にはため息しか出ません。90歳を過ぎても、一人でかくしゃくとした自立生活を自宅で送っていたドイツの義母の姿は理想の老後でした。日本でも「歩けなくなっても腕で匍匐前進し、トイレに行けるうちは在宅で過ごす」と言っているツワモノもいるようです。いや本当に、このくらいの負けん気がないととても自立した老後は送れないと思います。「女は35歳から老後を考える」と言われます。さすがに私はそれほど早くはなかったものの、この問題は相当考えてきました。とにかくギリギリまで在宅で過ごしたい。これに尽きます。さ、今日も公園に行ってウォーキング、実践あるのみです。


2022年9月14日水曜日

「広告のない生活」

  テレビを聞かない生活になって気分良く過ごしています。以前は朝の情報番組を聞くことがありましたが、CMが多すぎてこれもやめました。簡潔なニュースと天気予報ならラジオがよろしい。天気だけならネットですぐさまチェックできます。インターネットは調べ物以外使いませんが、疑いながら短時間使うには良いメディアだと思います。テレビの場合、流される情報の大部分が不要であり、知らずにいて困るものはありません。テレビのない生活はなんと清々しく、晴れ晴れとした心持ちをもたらしてくれることでしょうか。

 広告業界はテレビからネットへとその重心を移しつつありますが、ネットも短時間しか利用しないとなれば、広告に触れる機会はぐっと減ります。外出時に目にするものは高が知れており、第一よほどその気で見ようとしない限り、私には見えません。残るは玄関のメールボックスです。私のメールボックスには「広告は入れないでください」旨の表示があるので、設備関係のちらしがたまに入る以外はほぼ皆無ですが、最近厚手で立派な二つ折りダイレクトメールが頻繁に入ることに気づきました。どれも新築マンションの分譲など不動産に関わるもので、よほど売れないのだなと思います。というより、日本の空き家が一千万戸とも言われる中でどうして建て続けているのかがわからない。今後持ち主が辿れず朽ちていく空き家の崩壊をどうするつもりなのでしょうか。今は持ち主がわかっている住居でも、手入れされずに年月を重ねているものもあり、その後のことには何の手も打たれていないのです。これまでに当然なされるべきだった法改正を今するしかないはずですが、長年の利権がそれを妨げています。最近の頻繁な不動産広告からそこはかとない前兆を感じ、このところの都心不動産ミニバブルがいよいよ弾けるのかと想像しています。そこに住んで暮らしている人には全く関係のないことですが、投資や投機的目的で不動産を買っている人は大変でしょう。持ち主が海外在住で集合住宅の管理や修繕に関心が無いといったケースは、さらに問題が深刻かもしれません。

 多くの人がそうだと思いますが、日本では日々の暮らしで「もう欲しいものが無い」という充足した状態にあります。広告業界はこれを何とかするために、古いものを捨てさせ、周囲を気にさせ、本来無い欲望を掻き立てようとしますが、広告のない生活では自分で「こんなものがあったらいいな」という形でしか欲しいものを思いつきません。そして大抵のものやサービスはネット上で見つけることができます。これなら検討する時間も十分あり、「やっぱりやめとこう」となっても、「試しにやってみるか」になっても後悔は少ないでしょう。最近見つけたのは衣服のコピーオーダーサービスと、ロボット犬。前者は気に入った服のそっくりさんを作ってくれるサービスで、お気に入りばかり着てしまう自分は頭の片隅にこのサービスをメモしました。後者はアイボよりカジュアルなAIロボットで認知症対策などにも用いられているようです。前回寝込んだ時、「生き物飼ってなくてよかった」とベッドで思いましたが、ついりくを思い出してしまいます。「認知症になるまではこれに手を出しちゃダメ」と自分を戒め、生き物は命があるから貴いのだと自分に言い聞かせました。AIはディープ・ラーニングでどれほど進化していこうと、生き物ではないでしょう。父が「りくにはりくの考えがあるんだから」といつも言っていましたが、その通りです。私が寝込んでいるような時は何度も様子を見に来て、静かにそばに伏せていましたっけ。お利口さんの子でした。命ははかないから貴いのです。


2022年9月8日木曜日

「危機の到来にささやかな抵抗を」

 このところ、社会、産業、経済、金融、医療、政治、教育、国際、環境など広範囲にかかわる本を乱読しています。ダチョウは危険が近づくと土に頭を突っ込むと言われていますが、現在自分が置かれている状況の肌感覚と重ねて、ダチョウの気持ちが分かる気がします。以前は自分が生きている間にそこまで破滅的なことは起きないだろうと高を括っていたのですが、今はそう思えなくなりました。強欲資本主義が跋扈している世界の荒廃は著しく、奴隷状態に置かれる人々の経済はとっくに破綻しています。「地球の寿命は資本主義の寿命ほど長くはなさそうだ」という学者もあり、そうなっても不思議はないと納得します。

 どの地域の、あるいはどの分野で崩壊が始まろうと、瞬く間に世界に波及する災厄になるでしょうが、それとは別に日本は固有の巨大な困難をいくつも抱えています。私は市井の心ある方々がそれぞれの場でその破れを繕うために懸命に尽力されていることを知らされ、その働きを多とするものです。しかし、全体を見渡して国が整えなければならない案件の多くが長年にわたって破綻状態であるのに、それがほぼ全て「よくぞここまでその場しのぎの姑息な対応で問題を先送りしてきたものだ」という現状であることに暗澹たる思いです。ここまで来るとどんなに優れた人材が取り組んでも問題解決は無理だろうと思わされます。それに、現在の政治家は強欲資本主義者に雇われてその意図通りに政(まつりごと)を行い、私腹を肥やしているに過ぎないのですから、悪い方向に変更されることはあってもよい方向への改革とならないのは明らかです。

 それでは一般庶民にできることはないのかと言うと、ほぼ無いのですが、「あんたらの思い通りには動かない」と決心することはできます。具体的には、①「本当のこと、まっとうなことを言っているのは誰か」を見抜くこと、②騙しの言葉を吐く人に対し、「こういうことを述べることによって、この人は何をしようとしているのか」を見抜くこと、③流行に乗らないこと、④できる限りデジタルから遠ざかること、⑤メディアやSNSを信じないこと、あるいはそこで語られていないことを見抜くこと、⑥外部からの働きかけに対しては何事も遅め遅めに対応すること、⑦学びをやめないこと、などでしょう。時速60キロで走れるダチョウは危険に際し頭を土に突っ込んでいるのではありません。体を伏せて首を土に擦り付けて状況を把握しているのです。富裕層と違い時速60キロで海外に逃げることができない庶民でも、そのくらいのことはできるはずです。


2022年8月31日水曜日

「何度目かの『ヨブ記』」

 『ヨブ記』はいつ読んでも何か腑に落ちない話です。始めと終わりの枠組みが絵にかいたような寓話形式であり、その間の展開が一進一退の動きの少ない議論から、唐突に理屈を超越した結びへと向かい、めでたしめでたしのうちに終わります。読者は煙に巻かれたような片付かない気持ちになるのではないでしょうか。

 ウツの地に住む正しい人ヨブは、家族や財産にも恵まれ、祝福された生を送っていましたが、神に対するサタンの邪悪なかけひきの材料にされて、家族も財産も奪い去られます。それでもヨブは「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」と、あっぱれな信仰を口にします。ここまでが第1章で非常に速いテンポで話が展開します。

 サタンの第2のかけひきはさらに過酷で、ヨブはひどい皮膚病になり、本人だと見分けがつかないほどの身体状態を呈します。「どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう」と言う妻に対し、ヨブは「お前まで愚かなことを言うのか。わたしたちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか」と、またしても厚い信仰心で答えます。ここに親しい友人テマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルの三人が来て、ヨブのあまりの苦痛の姿に話しかけることもできず、三人は七日七晩共に地面に座って苦しみを分かち合います。ここまでが第2章です。人を襲う災難が容易に神の罰と見なされた時代、理不尽な痛めつけに遭いながら、神に対して呪いの言葉を吐くことをしないヨブの信仰が光ります。

 ところが、第3章になって友人の語りかけを聞くに及んで、ヨブは突如として、「わたしの生まれた日は消えうせよ」と激しい呪いの言葉を吐き始めます。生まれてこなければよかったと言うのです。三人の友人とヨブとの対話では、初めは抑制の利いていた言葉が次第にヒートアップし、激しい言葉の応酬となり、これが延々と続きます。「人の言葉はこういうものにならざるを得ないのだな」と身につまされる場面です。友人たちの主張の根拠は「これほどの苦難に襲われるからには、ヨブに何らかの落ち度(罪)があるはずだ」というものですが、ヨブはこれを受け入れることができません。因果応報思想は古代だけでなく今に至るまで強固に人の心に根差しています。ヨブは自分の不義を決めつけられることを耐えがたく思っていますが、それ以上に神が自分に対して沈黙していることが耐えられないのです。神を詰問するようなヨブの口調の凄まじさは蛮勇と言ってよいものですが、その狂気に近い真剣な勢いにはたじろがざるを得ません。自分の正義を明確に主張できるヨブは傲慢ではないかと思われそうですが、『ヨブ記』の話の前提として、「ウツの地にヨブという人がいた。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた」という枠組みがあることを見落としてはならないでしょう。

 第32章にラム族のバラクエルの子エリフが登場しますが、相変わらず話は平行線です。ところが第38章で唐突に神が登場するに及んで、一挙に全てが収束に向かいます。ここには何の説明もなく、神の声を聞いただけでヨブは平伏して引き下がるのです。

 第38章 「主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。 これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて神の経綸を暗くするとは。・・・」

 第42章 「ヨブは主に答えて言った。あなたは全能であり御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。『これは何者か。知識もないのに神の経綸を隠そうとするとは。』 そのとおりです。わたしには理解できず、わたしの知識を超えた驚くべき御業をあげつらっておりました。『聞け、わたしが話す。お前に尋ねる、わたしに答えてみよ。』 あなたのことを、耳にしてはおりました。しかし今、この目であなたを仰ぎ見ます。それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し自分を退け、悔い改めます。」

 第38章以下に示されているのは、「神は全能者であり、創造主である」ということです。なぜ正しい人が苦難に遭うのかの答えは示されないのに、ヨブは納得したのです。このあたりは不思議な気がしていたのですが、最近はなんだか私にもわかる気がするのです。自分も或る程度の年月を生きてきたことが関わっているのでしょう。これまで自分が受けた苦難の意味も理由もわかりませんが、その時々の人生の難所に神が共におられたことは今になって確かなこととして悟ることができます。病もあり視覚の不調もある私が、「なぜ自分はこれほどまでに恵まれているのか」と感じるとは不思議なことです。今わかるのは、三人の友人らと議論している間、因果応報思想を抜きがたく抱えていたのは他ならぬヨブ自身だったのではないかということです。第1章の冒頭でヨブは「なぜ私はこれほどまでに恵みをいただいているのですか」と神に問うべきだったと思うのです。その答えはおそらく、神がモーセを祝福したのと同様、「わたしは恵もうとする者を恵み、憐れもうとする者を憐れむ(出エジプト記33章19節)」だったことでしょう。すなわち、こういうことは神の専権事項であり、理由を問わず受け取るだけなのです。


2022年8月25日木曜日

「薬害事件の教訓」

 魔の事件から二週間、体の痛みは25%ほどに和らぎ、体温も平熱の範囲になったものの、私にしては高めなのでまだ体のそこここに炎症があるようです。一週間目あたりは日によって肋骨の一部、足首、背骨の首の付け根、歯(というよりその下の顎の骨)などの痛みのほか、両手の親指の付け根に強い痛みがありました。いまだ両手の回復は遅く、50%ほどしか機能を発揮できない状態です。

  友人が骨粗鬆症の薬害をいろいろ調べてメールしてくれたところ、発熱ほか体の各部位の骨の痛みが副反応としてあげられていました。「まさにこれだ」と悟りました。思えば子供の頃から、「風邪薬が効きすぎる」などの症状があったのですから、私は化学物質に極度に弱い体質なのでしょう。この事例を盾に、今後新たな薬の処方は断固拒否しようと決めました。不定愁訴外来でもなければ、医者は何らかの医療行為をしなければ診療報酬を受け取れないのですから、どうしても過剰診療や薬の過剰処方になってしまうのではないでしょうか。

 だいぶ回復して一番うれしかったのは、お気に入りの公園まで行ってウォーキングできたことです。自然がどれほど人間を癒してくれるものかを実感します。それから真っ先にしたのはペットボトル(瓶)オープナーを手に入れることです。今は手でなんとか開けられるようになりましたが、今後に備えて形状の違うものを2つ揃えました。これを用いても握力ゼロで蓋が開くかどうかは疑問ですが、気休めにはなります。次におこなったのは美容院に行くことでした。十年以上前に入院した時一番困ったのは髪の手入れです。老いは髪、歯、肌に如実に表れますが、髪は染めてあるだけでだいぶ老齢を緩和してくれます。というより、染めていないと十歳は老けて見えるので、「そろそろ美容院に行かなくちゃ」と思っている時に倒れると、目も当てられないことになるのです。別に人から若く見られたいのではなく、自分がむごい現実にがっくり気落ちしてしまい、病の回復も遅れることになりかねないのです。

 老いというのは誰にとっても未体験ゾーンです。いつも食料は多めに買って保存してあるので、寝込んでいても焦りはありませんでした。早め早めに備えるのはとても大事です。今回のペットボトルオープナーのように、そんなものが必要になるとは想像できなかった事態は今後も起こるでしょう。寝込んで2日目には、「何か口にしておかないと」とゼリーを見つけたものの、蓋のフィルムを剥がそうとして剥がせず、上からナイフを突き立てて穴をあけて中身をえぐり出して食べました。3日目に食事がとれるようになり、それに伴い通常のお薬を飲もうとしましたが、両手の痛さに薬をシートから押し出すことができない、シートを裂いて中身を取り出すことができない、といった状態だったのも驚きの発見でした。こんな何でもないことにもそれなりの力が必要だったとは。あの頃に比べたらできることが増えましたが、まだタオルをきっちり絞ることはできません。この件に限らずこれから起こる様々なことを思うと、日々の健康管理はもちろん、早め・多めの備えと道具の活用あたりが生活を成り立たせる鍵になるのでしょう。


2022年8月17日水曜日

「薬害?」

 素人の直感は馬鹿にできないものです。1か月に一度でよいという骨粗鬆症の薬を飲んだ夕方から、体中が痛くなり、夕食を早めにとって横になりました。夜が更けるにつれ痛みは増し、恐らく炎症を起こしているせいで発熱、「痛い、痛い」と呻きながら朝になるのを待ちました。翌朝体温は38.7℃まで上がっており、昨夜朦朧としながら壁や棚を伝い歩きしてトイレや水飲みに行ったとおぼしき痕跡が床に散らばっていました。手はパンパンに晴れ上がり、痛くて握力はゼロ、歯ブラシを持つこともできない状態でした。体中の痛みを敢えて言語化するなら、「体内で骨が破壊されている」ような痛みといったらよいでしょうか。「救急車呼ばないとまずいかも」と考えながら、電話をするなどという離れ業ができるはずもなく、またコロナ禍の救急搬送の困難も思い浮かんで、ともかく一日ウンウン唸りながら過ごしました。

 その翌日は体温が37.4℃まで下がったため、少し体が楽になり、体の痛みも前日を100とするなら95くらいになっていました。山を越えた感があり、少しずつ潮が引くように痛みが減っていくような体感がありました。それまで水分はほぼデカフェの麦茶でしたが、夕方どうしても飲みたかった桃ジュウスのペットボトルの開封を試み、何度目かのトライで開けることができました。これは前日までは創造することもできない困難なミッションでした。桃は私にとっての療養食、これさえ摂れれば元気になるというジンクスの品です。

 4日目になると熱は37.1℃に下がり、だいぶ楽になってきました。丸二日ご飯を食べておらず、「今日こそは何か食べなければ」と卵雑炊を作って美味しくいただきました。食料は常に多めに買って保存してあるので、こういう時はありがたさが身に沁みます。体にエネルギーが入ると元気が出て、思い切って洗髪と短時間の入浴に挑戦し、成功。ようやく人間に戻れた気がしました。この日は倒れてから初めてパソコンでメールチェックもできました。

 5日目は体温が36℃台の平熱近くになり、下のロビーまで郵便物を取りに行けるほどになりました。ずっと寝ていたので腰が痛くなり、立っている方が楽に感じる日でした。日曜だったのでオンライン礼拝に参加でき、これは3日前には想像すらできなかったことだと、体の回復を神様に感謝しました。

 6日目にはこれまでで最大のミッション、「一番近いスーパーに買い物に行く」を達成できました。重いのを運ぶのは難しいだろうと自転車で行ったのですが、痛くてブレーキがしっかり握れないことに気づき、ゆっくりの移動になりました。この日おこなったもう一つ大事なことは調剤薬局に電話して、事の顛末を報告したことです。病院で病原菌やウイルスをもらったせいかもしれず、薬の副反応ではないかもしれないと断ったうえで、自分の感触としては「何らかの化学物質によるもの」としか思えないこと、「骨粗鬆症の薬が自分には合わなかったのではないか」と告げました。実のところ、この処方薬は普通に使われているようで、ひどい副反応はあまり報告されていないようです。これまでも私は、自分が特異体質なのではないかと思うことがありましたので、誰も責めるつもりはありませんが、起こったことは起こったことです。つらい体験を通して、これを同様の状況にある他の方の便宜に供するため、パソコンに向かえるようになった今、備忘として記すのです。実際、手はまだ相当痛くて、何気ない日常の動作や作業(重めの保存容器を持つ、ペットボトルを開ける、タオルを絞る)も気合を入れないとできないほど難しいです。ただ、ひところの悪夢のような症状を思うと、キーボードを叩けるなどというのは本当に夢のようです。


2022年8月10日水曜日

「真夏の通院」

 連日の猛暑の中、外せない予定で最も体にこたえるのは通院です。前回は暑さで参っていたため2か月先の診察にしてほしかったのですが、今の担当医は毎回の検査結果からこまめに処方箋を変更するので、大事を取って1か月後の通院となったのです。朝一のバスに乗ると開門までに外で30分待つことになり、真夏の今は私より先に並んでいるのはさすがに数名だけでした。朝とはいえ、じりじりと陽が照り付けるような場所で立って並んでいられるくらいの人は病人じゃないのかもしれません。

 その日はいつもの血液検査以外に、初めてアイソトープ室で骨密度の測定をしてからの診察でした。この1か月は全身のだるさ以外は比較的何事もなかったことを告げ、検査結果を聞きました。変更した薬がよかったのか、生活習慣の心掛けがよかったのか、この日の血液検査の結果は改善していました。内心小躍りしそうになりましたが、診察が終了しそうだったので、「骨密度の結果は今日は出ないのですか」とお聞きしたところ、「骨密度の検査を受けたのですか」との御返答。あれっ、もともと医師からの勧めにより受けたもので、なかなか予約が取れなくて、やっととれた予約を前回確認したという検査だったのに・・・。私にとって現在の担当医は同病院で三人目なのですが、どうも私は教室でいつも忘れられてしまう印象の薄い生徒のような存在らしい。結果は普通の範囲ではありましたが、やはり投薬期間が長くなると骨が弱くなってくるようです。これまでもビタミンDの投与を受けていましたが、今回は骨粗鬆症の薬が処方されることになりました。この薬は月に一度の服用という、「そんなに強力なのか」と思わせるなんだか怪しげな感じですが、毎日飲む薬が1つ減ったのはうれしい。

 医者は他に減らせる薬があるか思案していましたが、もうしばらく同じ処方で行くことになりました。次回はなんとか2か月先の診察にしてもらい診察室を後にしましたが、今回の検査結果が良かったことに気をよくした私は、次回の減薬に向けて頑張ろうと思いました。薬局に寄って薬をもらってから領収書に目を通すと、病院と薬局にかかる医療費はかなり膨らんでいました。私は難病認定を受けているので、収入に応じた上限額までの支払いで済みますが、これがなければ3割負担でも毎月数万円かかります。いつも申し訳ないと思いつつ、日本の医療制度のありがたさを痛感しています。通院の日は疲れて家事をしたくないので、帰りは途中で遅めの昼食をとりながら、次回の通院はよい気候になっていることを願いました。


2022年8月3日水曜日

「コスパ・マインドに侵される職場」

  先日、友人から「用事はないけど、安否確認ね」との電話がありました。結局長電話になったのですが、猛暑にへばっていたところ、心配をおかけしたようです。また、別の友人がうだる暑さの中、1キロの梅と同量の氷砂糖をもって梅ジュースを漬けに来てくれました。昨年もらった手作り梅ジュースの3キロの瓶がうちにあったからです。申し訳なし。昨年の猛暑を乗り越えられたのは梅ジュースと福島の桃ジュースのおかげです。ずいぶんと友達に心配をかけてるんだな~とあらためて思いました。彼女からも話を聞き、また最近の本を読んで、いま学校はますます大変なことになっていることがわかりました。

①業務の煩雑化、膨大化がとめどなく進んでいること

一つはIT化関連、もう一つは進路指導関連で、特に後者はどこまでも面倒見の良い指導をすることがかえって生徒の弱体化を促していることを危惧します。

②多忙になり過ぎたため、必然的に仕事の押し付け合いや不手際が増加していること

当然の成り行きです。どうしても必要な仕事を厳選して、早急に仕事量を減らすべきです。

③職場のストレスが増大し、心ある人が鬱病発症の限界に近付いていること

仕事はできる人のところに際限なく集まるものです。特に誠実な人、全体の中での自分の位置づけを自覚している人の仕事量が増大し、限界を超えて心を病むことが多く見られます。心身と相談して適宜休むことが絶対に必要です。

④職業倫理の根本をビジネス・マインドに置いている人がいること

①~③までは私もよく知っている状況で、それがさらに進んだ状態として学校を覆っていると理解できます。④に関しては、あらゆることがコスト・パフォーマンスで計られるようになって出現した事象であり、さすがに十年前にはなかったように思います。学校がブラックな職場として知られるようになって教員志望者が減り、以前はあった教員採用試験の年齢制限もどうやらなくなっているようです。それ自体に問題はないのですが、中にはコスパ・マインドに染まりきって教職に就く人もおり、これがモンスター化する場合があるということです。教科指導ができない、不在になる時の代替人の手当てをしない、ごく普通の指示を「恫喝された」と言って仕事をしない、管理職の言葉をわざと曲解して「パワハラ」として教育委員会に訴えるなどが典型的な所業です。

 上記④に関して、介護保険がなかった頃、ギリギリまで有休をとって親の介護に当たっていたような事例を思い出しますが、当時の事情や最低限やることの水準を考えると、④は全く別の話です。現場の尻拭いをするのは同僚ですが、毎回相手が全く悪びれず当然の権利行使のように振舞うのでは気持ちが萎えてきます。これが続くと、きちんとやっている人が馬鹿らしくなるという非常にまずい雰囲気が横溢してくるのです。

 恐らくこの手法は、その人なりの金融工学で「どうすれば楽に稼げるか」を追求した結果、行きついた答えなのではないかと思います。破廉恥罪でもなければ辞めさせられることのない教員という立場は、その人にとって「最強の金融商品」なのでしょう。これまで様々なハラスメントをあぶり出し、認定してきた過程は社会に不可欠なものでしたが、今はその行き過ぎ(当事者がハラスメントと感じたら、それはハラスメントであるという認定)が問題ではないでしょうか。事実に基づいた適切な判断が必要です。教職と言う仕事は金融とは全くベクトルの違う職業ですから、このようなモンスター教員は一刻も早く辞めるべきだと思います。このような人が一人いるだけで職場は甚大な被害を被り、何より希望をもって教職に就いた若い人に途轍もない悪影響をもたらすからです。ほとんどの教員は「教える」ことの畏れと矜持をもって、日々ギリギリの生活の中で職務を全うしようとあがいていることは疑いの余地がありません。


2022年7月25日月曜日

「加減が難しい・・・今どきの働き方」

  人の働き方はこの50年で驚くほど変わりました。働き過ぎで「社畜」という言葉まで生んだ時代、特に男性には学校を出たら40年働く選択肢しかありませんでした。今では就活において「やりがい」よりも「縛られない自由」を重視して、就職先を選ぶ学生も多いと聞きます。どれほどの残業がありそうな職場か、事前にチェックするのは当たり前のように行われて、SNSで情報が共有され、場合によっては「ブラック」のレッテル貼りがおこなわれるとのこと、大変な時代になったなあと思います。

 新卒の学生を会社の気風に染めて鍛え上げる凄まじさは、聞き及ぶだけでも恐いものがありましたし、セクハラ、パワハラ、サービス残業(しばしば過労死を引き起こした)等が横行していた時代には心底ぞっとします。しかし今、それらの多くが法的に規制され、全く融通がきかない職場になって、逆に「ゆるブラック」と名付けられる企業も出てきました。労働時間がきちんと守られて、上司は優しく接してくれる、ノルマもきつくない・・・「ゆるくていいのだけれど、ここにいて自分は成長できるのだろうか」と感じる新入社員が、特に大企業で増えているというのです。この何とも言えない不満、あるいはそこはかとない不安はとてもわかる気がします。働き始めて最初の2~3年はどうしても自分に負荷をかけて仕事を学ばなければならない時期です。その時期に働くことの土台を教えてもらえないとしたら、職場にとっても本人にとっても大きな損失となるのは明らかでしょう。

  校内暴力で荒れていた頃、私が最初に赴任した教育困難校では12~14時間働くのは普通のことでした。そうしないと学校が学校として保てないからです。今なら間違いなくブラックな職場でしょうが、あれほど助け合って和気あいあいと団結した職場はありませんでした。労働時間を考えるとその状況がよかったとはとても言えませんが、或る種特殊な得難い体験でした。

 先日、通販の配達で初めてトラブルを経験しました。「本日中に配達します」というメールが来たので待っていたのですが、夜8時になっても来ない。念のため配達状況をチェックすると何と「配達完了」になっている。配送サービスセンターに電話し、「インターフォンを押した形跡がない、メールボックスに不在配達票が無い」ことを告げました。しばらくして、近所の配送センターより電話があり、「今、担当者を確認に向かわせています。ボックス内にあるのが確認できましたら、お持ちしてもよいでしょうか」とのこと。わざわざ来るのは大変だろうと思い、「宅配ボックスのナンバーとキーの解除番号さえ教えていただければ、こっちでやりますよ」と言ったのですが、「もうまもなく着きますので」とのこと、確かに荷物を持った担当者がやって来ました。「言い訳ですが・・・」と断りながら、メガネを壊してしまい数字を読み違えてインターフォンを押してしまったこと、不在だったので宅配ボックスに残したことを話してくれました。ありがちなことだと、目の悪い私は身につまされました。「大変なお仕事ですよね。遅い時間までありがとうございます」と申し上げて一件落着です。この配送所では配達ミスをした時の対処法がきちんと決められており、従業員はそれに則って失敗を克服し、成長していくのでしょう。電話をしてきた年配の女性は、とても丁寧に謝ってくださり、担当者が再訪問しやすいように配慮が見られました。きっとうまくいっている職場なのでしょう。「よい職場とは?」、「よい働き方とは?」という根本的な問題が今ほど問われている時はないと思います。


2022年7月18日月曜日

「SDGsは壮大なまやかし?」

 久々に早朝公園に行くことができました。行ってみてびっくりしたのはピクニックスペースに家庭用テントが4張りあったことです。時間的にいって前夜から泊まり込んでいたものと見られ、家で寝るより5℃くらいは涼しかっただろうと想像して、ちょっとうらやましい感じでした。おそらく何らかの届けが必要で、藪蚊もいるでしょうし、傍から見るほど快適ではないかもしれませんが、連休中の近場の楽しみとしてはありかも知れません。

 日本では猛暑や大雨による水害等の報道がありましたが、ヨーロッパも猛暑とのことでスペインで山火事が起きたり、イギリスで40℃越え予報の非常事態宣言が出されたとのニュースがありました。この時期のイギリスが本来最も気持ちよく過ごせる気候であることを思えば、この暑さは日本以上に堪えるのではないでしょうか。

 最近「人新世」という言葉を初めて聞きました。どうも地質学において「現代」を指す非公式な分類のようで、人間が地球の地質や生態系に与えた影響について語る時に用いられる用語です。

 その前の1万年以上続いた時代を「完新世」と呼ぶらしいのですが、その後人類の時代に降り積もった物質として、新たに多数の新化合物、人工肥料の成分、放射性物質、プラスチック、果ては品種改良して大いに食べた鶏の骨に至るまで、前代とは違う地層が分厚く堆積しているのでありましょう。数年前に人間の体自体の変容を指摘して世界に衝撃を与えた『サピエンス異変』と同様かそれ以上に、地球は回復できないダメージを負っているのです。科学者の研究によれば、人間が地球にかけ続けた負荷はすでにプラネタリー・バウンダリーを超えているとのことですから、もはや不可逆的な変化が起こっていると言ってよい状況にあるのではないでしょうか。

 この期に及んでSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)というものが2015年に出されましたが、遅すぎたし、まだ「開発」にこだわっているところが暢気すぎると思います。そしてそれ以上に、このたび初めて17の目標を読んで驚いたのですが、環境も人も社会も何もかもごちゃまぜのまま、絶対に15年間では達成できない事項を平然と掲げていることに呆れました。17の目標とは以下の通りです。

1.貧困をなくそう (英: No Poverty)

「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる」

2.飢餓をゼロに (英: Zero Hunger)

「飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する」

3.すべての人に健康と福祉を (英: Good Health and Well-Being)

「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」

4.質の高い教育をみんなに (英: Quality Education)

「すべての人々へ包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」

5.ジェンダー平等を実現しよう (英: Gender Equality)

「ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児の能力強化を行う」

6.安全な水とトイレを世界中に (英: Clean Water and Sanitation)

「すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」

7.エネルギーをみんなに、そしてクリーンに (英: Affordable and Clean Energy)

「すべての人々の、安価かつ信頼できる持続可能な近代的エネルギーへのアクセスを確保する」

8.働きがいも経済成長も (英: Decent Work and Economic Growth)

「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用を促進する」

9.産業と技術革新の基盤をつくろう (英: Industry, Innovation and Infrastructure)

「強靱なインフラ構築、包摂的かつ持続可能な産業化の促進及び技術革新の推進を図る」

10.人や国の不平等をなくそう (英: Reduced Inequalities)

「各国内及び各国間の不平等を是正する」

11.住み続けられるまちづくりを (英: Sustainable Cities and Communities)

「包摂的で安全かつ強靱で持続可能な都市及び人間居住を実現する」

12.つくる責任 つかう責任 (英: Responsible Consumption and Production)

「持続可能な生産消費形態を確保する」

13.気候変動に具体的な対策を (英: Climate Action)

「気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる」

14.海の豊かさを守ろう (英: Life Below Water)

「持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」

15.陸の豊かさも守ろう (英: Life on Land)

「陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を阻止する」

16.平和と公正をすべての人に (英: Peace, Justice and Strong Institutions)

「持続可能な開発のための平和で包摂的な社会を促進し、すべての人々に司法へのアクセスを提供し、あらゆるレベルにおいて効果的で説明責任のある包摂的な制度を構築する」

17.パートナーシップで目標を達成しよう (英: Partnerships for the Goals)

「持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する」

 これを2030年までに達成すべきとしているのですから、ここはグレタさんでなくても怒るべきところでしょう。少なくとも私はひとこと、「壮大なまやかし」だと気持ちが萎えました。この目標は「こんなことなら言わない方がまし」という類の不誠実なものだと思います。誰も反対できないような現実離れした正論を吐くだけで、問題が解決するわけがありません。こういうことを言い出す人を私は懐疑的なまなざしで見ることにしています。そのかわり自分でできる小さなこと、例えば「家庭からフードロスを出さない」、「洗い物はこまめに手洗いして洗濯回数を減らす(水と電気の節約」、「物を大事に使う」などを地道に実行するしかないなと思います。

 いま到着を待っている家電があります。「切」のボタンを押しても羽根が回り続ける扇風機を買い替えることにしたのです。タイマーでゼロのところにつまみを合わせると一応切れるのですが、危険な気がするし、なにしろ購入して30年の年季ものですから、これは許されるでしょう。悩んだ末、日本の中小企業が作っているちょっと面白そうな製品にしました。たかが扇風機といえど、今はサーキュレーターが付いていたり、リモコンが標準装備だったりするのかと、浦島太郎の気分です。


2022年7月11日月曜日

「悪夢の暗殺事件」

 三日前の元総理銃撃事件には日本中の誰もが言葉もなく、呆然自失だったことでしょう。それはおそらく「日本でこんなことが起きていいはずがない」という恥の感覚に貫かれていたと思います。戦前の政府要人暗殺事件が脳裏をよぎった人も多かったのではないでしょうか。せめて命だけは取り留めてほしかったと思います。あってはならない事件でした。

 たまたま帰省先でテレビの映像をみたのですが、規制がかかって流せない映像があるとはいえ、事件前後の数十秒ほどの映像には唖然とするほかありませんでした。総理在任中からすれば一挙に警備体制が手薄になるのは避けられないとしても、このような計画が簡単に成し遂げられてしまったことが信じられません。とてもあり得ない光景でした。ミステリ中毒人間にとっては、あの現場で起きたこと(あるいは起きなかったこと)を一秒ごとに言葉にすれば、オリエント急行並みに「これってみんなグルなの?」と思わざるを得ない断片の集積でした。犯人の冷静さ、警備の無為無策さに凍りつくほかありません。ここまで危機感のない状態で今までやり過ごされてきたとは思えませんが、一般人でも外出時は常に用心し備えている時代、どうしちゃったんだろうと不可解な気持ちでいっぱいです。

 犯人については報道されている以上のことは知りませんが、事実として2002年8月~2005年8月までの3年間海上自衛隊に勤務したという以外は、今年2020年~2022年5月まで派遣労働をしていたとのことです。現在41歳の人ですので、この人は就職氷河期の影響をもろに被ったのだろうと分かります。また、犯行に及んだ理由として、「安倍元首相が或る宗教団体とつながりがあると思い込んでいた」と報道されました。安易な推測は控えなければなりませんが、経済的に厳しい状況が何年も続く間に根拠薄弱な逆恨みが高じて、このような事件を起こしたと言えるかもしれません。マグマのような社会への憎悪が形を変えて元総理を標的にしたという見方も全くの妄想とは言い切れないでしょう。

 事件のあと友人と少し話したのですが、「不幸な人が多すぎるんじゃないか」という陰鬱な言葉で話が終わりました。派遣労働というと私はどうしても『巨人の星』の星一徹を思い出してしまうのですが、高度成長期には東京なら山谷、大阪なら釜ヶ崎というドヤ街があり、これは教科書にも載っていた気がします。ここの労働者は雇用調整弁として機能していたわけですが、今ではこれが非正規雇用として派遣社員などの形で全国津々浦々に拡大されました。労働者の4割は非正規雇用であり、今後はそれが過半数になることもあり得るでしょう。「希望が見えない」という現実は人をいかようにも買えるのかもしれません。今回の犯人の背後関係は知りませんが、もしこれが本当に単独犯であるとするなら、犯人と同様に絶望にかられた少なくない数の人が全国どこにでもいることを否定できず、その仮説は真に社会を戦慄させるものです。

  日本ではここ30年間普通の人をあまりにも虐げてきたのではないでしょうか。人間を軽んじるこのような時代に移行するまでの、まさに激動期に学校で生徒に接していた者の感触では、生徒はそれこそ千差万別で、口八丁手八丁の者がいるかと思えば、控えめでおとなしく目立たない者もいますし、何も教えずとも苦も無く前進していける者もいれば、教師が根気強く手を掛ければ立派に一人前になれる者もいます。後者は自己表現が下手で要領が悪く、臨機応変に何かに対応することは苦手ですが、こつこつと地味な仕事をやり遂げるなどの点で、人の信用を得られるタイプの人です。どちらかと言うとこのようなタイプの人は、この30年間の生き馬の目を抜くようなデジタル革命の間に社会に居場所を失くしつつあるのではないかと思います。そして恐らくそれ以前の日本の伝統的社会では後者のような人も大事に扱い、彼らはあまり注目されないまま社会の土台を形成していたように思います。彼らは日本の労働市場で実は長く「隠れた至宝」だったのですが、今では時代遅れなものとして見る影もなく打ち捨てられました。

  今回の事件で一つだけ「あれっ?」と思ったのは、事件直後にコメントした政治家のほとんどが「選挙中に民主主義の根幹を揺るがすような卑劣な事件は断じて許せない」という趣旨のことを述べていたことです。「何かずれてないか?」と思ったのは、一般人の感覚では「民主主義はとうに壊れている」という暗黙の前提があったからです。だからこそ、「民主主義が終わったあとの日本はどうなるのかを見せつけられて、私は心底震撼したのです。


2022年7月7日木曜日

「経済を学ぶ」

  猛暑の中、経済の本を読んで素人なりに勝手にあれこれ思案しています。疑問だらけではあるものの集中できて面白く、しばし外の暑さを忘れます。経済といってももちろん投資関連の話ではなく、「経済学」と呼ばれている類の話です。「経済学」と呼ばれる学問は、或る時期、或る国または地域の、独特の個別状況に対応するものとして生み出されたものであり、どうも「学」というよりは「術」とか「技法」とか呼んだ方がよいものだと感じます。或る状況が整った時に必ず起こる経済事象の法則というものは確かに存在しますが、ノーベル賞を受けた理論でも今は通用しないという理論が他の学問より多い気がするのは、それが歴史上ただ一度の条件下で起きた経済現象を説明するものだったからなのでしょう。これまでの大まかな経済の流れや各国の経済史を興味深く学んでいますが、未来を決めるファクターが無限といってよい複雑系である以上、そこから今後の未来的観測を描くのは無理ではないでしょうか。ほんの些細な要因が刻々と作用して全体の姿を大きく変えることは常にあり得るので、どこまで行っても「勝ちに不思議の勝ちあり、負けにも不思議の負けあり」ということが避けられない気がします。

 日本の経済、特に金融界で扱われている事業はほぼアメリカ直輸入のコピーですが、こういうことに庶民を巻き込むのはいかがなものかと強く思います。金融の強欲資本主義がサブプライムローンという詐欺的手法で奪ったものが庶民の家と暮らしだったことを忘れてはならず、新自由主義者たちは人の道に反する悪徳商品で儲けることに全く罪悪感がない人たちだということを心に銘記すべきです。幸い庶民レベルでは、そこまでひどい詐欺的商品が日本で大きな被害を出すことはなかったようですが、不安を煽られて金融経済に巻き込まれていく人が増えるだろうと思うと、やりきれない思いです。

 新型感染症の流行以降世界の経済は大きく変わりましたが、最近の入国緩和で来日した米国人が「日本ではホテルの従業員さえ変わっていない」ことに驚いていたという話を聞きました。また、過去50年間くらいに限れば株価の変動による利益より預金の利子による利益の方が大きかったという研究結果を知ってからは、日本の経済はアメリカとは在り方が全く違うのだろうと考えるようになりました。経済をどのくらいのスパンで考えるかにもよりますが、今後マイナス金利が続こうと私のような怠惰な年寄りは「もうこのままでいい」と静観の境地です。金融の世界は「誰かの得は誰かの損」になる世界、一般人が今更ゼロサムゲームに参加しても、投資で飯を食っているプロの餌食になるだけでしょう。日本人は「バスに乗り遅れるな」的掛け声に非常に弱いですが、昨今の投資への煽りはカモを呼び集めている気がして仕方ありません。賭場におけるヒリヒリするような感覚が好きな人、一か八かの賭けに出るところまで切羽詰まっている人、あるいは二十年先まで真剣に考えて策を練っている人でなければ、「みんなやってるし」程度の気軽な気持ちで乗せられてよいのか、他人事ながら危惧しています。なぜなら実感として、今まで政府や金融界が推し進めてきたことで庶民にとってよかったことなど何もなかったからです。私にとって関心があるのは、端的に一般庶民の暮らし、身の回りの衣食住だけですが、これを形成する要因としてのみ政府の経済政策にも関心を持っている、というか持たざるを得ないのです。とにかく「もう騙されない!」という詐欺師相手のキャッチコピー的心持ちで、自国の政府を見ています。情けないことです。

 最近気になるワードは、「鉱物資源としての金」、「国債」、「税金」ですが、これらは経済を知る手がかりになるという直感があります。先が見えない不安定な時期に皆が求める「鉱物資源としての金」の相場は(私は全く関わっていませんが)、現在どう見ても投機的動きの結果のバブル状態でしょう。将来の不安に備え長期にわたって保有する分にはよいのですが、どうしても思い出してしまうのは17世紀の英国の金匠のことです。「金」の保有といっても、実際に延べ棒などの形で手元に置いている人は少数であり、そのため証書という形で預けてある「金」を元手に金匠が貸金業を始めたのが銀行の始まりと言われています。現在「鉱物資源としての金」を手元に置いている人が少数だとすると、万一全員が同時に、自分が預けている「金」を金貨や金塊などの形で引き出して手元に置きたいと望んだ場合、本当にそれだけの「金」が地球上にあるのかなという単純な疑問があります。歴史を振り返ると、最初は「金」と兌換されるできる証書だった紙幣がやがて不換紙幣とならざるを得なかったのですから、この異様な金相場高騰期の第二次ゴールドスミス・ノートの結末はどうなるのか、興味津々です。

 私が「金」に手を出していないのは、端的に「食べられない」(金塊では八百屋で野菜と交換できない)からですが、もう一つ大事な理由として、「金塊では納税ができない」ことが挙げられます。6月は納税ラッシュで国税、都税、社会保障費等の納入が目白押しでした。日本に住む人は「円」での納税を義務付けられており、今まで注目していなかったのですが、これは非常に重要なことだと気づきました。さほど長期的な視野で考える必要がなく、現時点で当面普通に生活できる見通しがあるなら、とりあえず納税に使えない形の資産を持つ必要がないのです。思い出すのは小学生の頃祖父母の家で、同じく遊びに来ていたいとこが夏休みの自由研究をしていたことで、なんと紙に金槌でつぶした1円玉と10円玉がセロテープで貼ってありました。50円玉や100円玉が無かったのはもったいなかったのでしょう。私は目が点になり心の中で「こ、こ、これは犯罪・・・」と思い、教えてあげるべきか悩んだのを覚えています。ただの鉱物がお金となることを実証した自由研究でしたが、なぜそれが犯罪になるのか当時の私には分かってはいませんでしたから、理由を聞かれても説明に窮したことでしょう。

 「国債」のことはまだ腑に落ちない点があります。多くの国民が多額のお金を(もちろん円建てで)銀行に預金として貸し付けているので、日本の国債は1000兆円を超えても心配いらないと説明されていますが、このまま野放図に増えても本当に大丈夫なのか・・・。また日本が破綻しない理由として、日本には貿易を通じてこれまでに積み上げた外貨黒字があることも極めて重要です。ギリシャ経済を破綻させたのち、次に日本の多額の国債に目を付けたヘッジファンドが、4兆ドルともいわれる激烈な為替投機を仕掛け、結局損して退散した"事件"は、相手からすれば「不思議な負け」だったことでしょう。ギリシャと違い、この時彼らは国債のカラ売りで儲けることができなかったのです。でもこの次も日本国債が安泰だと確言できる人はいるのでしょうか。日本に限らず、紙幣を刷って結局は政府債務を増やすやり方が行き詰まるとすれば、金本位制への復帰もあり得ない話ではなく、そうなれば兌換通貨が米ドルであろうと人民元であろうと、日本や日本国民がどうにかできるレベルの話ではなくなります。各国の中央銀行は大量の「金」を保有していますが、実際その量を査察する世界機関はないのですから、それは自己申告ということになるでしょう。いずれにしても日銀は他国に比べてごく少量しか「金」の保有が無いようですから、どうなることか。そう言えば、アメリカがドルと「金」の兌換をやめたニクソン・ショックの時も、事前にそのことを知らされていなかったのは日本だけでした。この手の未来予測的妄想は不確定な要素が多すぎて考えても無駄。いずれにせよ政府は国民生活を守らなければならない義務がありますから、その時こそ日本は「資本主義の看板を掲げた世界で最も平等な国」になるのではないでしょうか。

 これまで読んだ経済関係の本の中で印象深かったのは、水野和夫の『資本主義の終焉と歴史の危機』で、この本により近世ヨーロッパ以降の経済を非常によく俯瞰できました。そして、20世紀以降の金融資本主義について私の思考が混迷を深めていたところ、「求めよ、さらば与えられん」とはこのことか、つい先日、田内学『お金の向こうに人がいる』に出合いました。実のところここには経済について私が知りたかったこと全てが、小学生でもわかる言葉で書かれていて仰天しました。世の中には何と聡明な人がいることか。そして特にこと経済の話となると。頭の良さが健全な人格と結びついていることは結構まれであることを考慮すると、この方には「よくぞこの本を書いてくださった」と、お礼を言いたい気持ちです。常にお金の話に煽られている現代だからこそ、金儲け以外におけるまっとうな経済生活の指針を求めている人は多いはずです。お金に支配された虚しい生活は誰だって嫌なのです。聖書には、ローマ帝国への納税の是非を問われたイエスが、カエサルの肖像が刻まれた硬貨を指して、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と述べた話があります。ローマの貨幣は汚れたものとされていたため、ユダヤ人は神殿への納税にはユダヤの貨幣に両替する必要があり、これこそユダヤ人支配層の利権の温床だったのです。為替差益も手数料も取り放題という悪徳はいつどこでも生まれ、それは現代と何ら変わりません。まっとうな労働をしてまっとうな製品やサービスを売ることより、このような金融モデルが何か高度なことであるかのように考えられているのはおかしいと皆気づき始めています。お金ではなく、働く人という視点で経済の流れを考える・・・ここを突き詰めて全体像を把握し、誰もが不思議に思っていた疑問を解決する快刀乱麻の筆さばきには脱帽です。これまで当たり前にしてきた経済活動が、視点を変えるだけで全く別の様相を呈し、未来を有意義な方向へと変えることができるのだと強く思わされました。この本がもう少し早く、すなわち日本の中流層が壊滅的破壊を被る前に、世に出ていたらと思わずにいられません。不安に駆られて個々人がパイの奪い合いに明け暮れた平成の30年がつくづく痛い。でも手遅れではない、そう思えることはそれ自身明るい兆しです。「人様のためになることを考えて、自分ができる範囲でできることをする」という働き方でよかったのです。なんだか安心したな。


2022年7月2日土曜日

「何かが壊れたような・・・猛暑です」

  6月末からあり得ないほどの暑さになりました。段々熱がこもっていくのか、昨日は東京も37℃。救急車のサイレンを聞きながら「無理もないわな。この状況で働いている方は本当に偉い!」と心から思うのです。とても朝しか外出できず、7時の開店直後にスーパーに行くと、すでにレジにはペットボトル1本、おにぎり2個などを手にした出勤前の勤め人の列が・・・。二、三日分の食材でかごを一杯にした私は思わず、「お急ぎですか。先にどうぞ」と後ろの方に順番を譲りました。その若い方は「ありがとうございます。もう電車の時間で・・・」と駆けて行かれました。お仕事をしている人はとにかくエライ。こういう方々が日本を支えているのです。

 昨年小部屋にもエアコンを取り付けておいたのは正解でした。今は供給不足と聞いています。この猛暑でエアコン無しは、冗談抜きで死に直結すると思います。電力不足問題もあるので、ひと時に付けるエアコンは一台だけと決め、29℃に設定。でも他から入ってくると「寒い」と感じるほどの外の暑さっていったい…という感じです。全国では40℃越えの地点が多発しており、大地が、海洋が、大気が、すなわち地球全体が叫んでいるがごとき様相を呈しています。ウォーキングに行く早朝4時でも汗ばむ気温ですが、大きな森林を擁する公園に近づくと、100m前からでも冷気が伝わってきます。森林の力はすごい、人間には作れない自然のエアコンです。

 帰宅して朝のうちにすることはラジオ体操と料理です。というより、火を使う調理は暑すぎて朝しかする気になれない。あとは調理せずに食べられ、食中毒の危険が無いもの、買い置きができるもの(チーズや納豆)で補っています。食べられるうちは大丈夫と思い、好きなもの、食欲が出るものだけ食べていますが、常備菜の一例は冷やしたみそ汁、冷やした高野豆腐、玉ねぎと人参だけのカレー、きゅうり、かぶ、大根などのぬか漬け、なすの煮浸しなどです。麺類も朝のうちゆでておくと、あとがとても楽です。日中ショッピングモールや図書館に行く方も多いと思いますが、私の場合、そのわずかな移動でも不安があり、また感染症も心配なので、ひたすら家で読書、時々水浴びをして過ごしています。三食昼寝付きのいい身分です。

 太陽光パネルと蓄電池は今まで家の窓辺の内側に置いていましたが、夏場は陽が高くなり庇から差し込まなくなるので、一度がんがんに陽の当たるベランダに出してみました。すると一日で九分目まで充電され、太陽の威力を見せつけられました。陽が出ないと駄目ですが、これを利用しない手はないでしょう。全世帯が可能な限りの面積を太陽光蓄電に用いたら電力不足も解消されるのではないでしょうか。電力問題は「解決されては困る人々」がいることが一番の問題ですね。


2022年6月28日火曜日

「もう一度国民経済」

  前回書いたことは猛暑日が来る前の半ば空論でした。今は少しでも懸念材料があれば外出せず、ひたすら家で涼みながら静かに聴書しています。初の電力需給逼迫警報が出たのはわずか3か月前であれは寒さによるものでした。今度は猛暑のためです。個人的にエネルギーの節約は大賛成ですが、暑さに対しては寒さ以上に電機以外の代替エネルギーが思いつきません。どうすればいいのでしょう。ちなみに原発は選択肢にありません。

 モノの値段が何でも値上がりしています。感染症、ウクライナ戦争に加えて円安が露わになってきた時、すぐさま愛飲しているコーヒー粉を少し買いだめしたのですが、これはあっという間に今は1.5倍の値段になっています。少しもうれしくありません。こういうのをスタグフレーションというのでしょうか。単品の商品を幾らか賈いだめしても焼け石に水なのは明らかで、今後輸入品はもちろん、出来上がるまでに外国産の要因が絡んでこないものはほぼないのですから、あらゆる物の値上がりが続くのでしょう。中央銀行でマイナス金利を続けるのはほぼ日本だけになりつつあります。日銀としては金利を上げたくてもできないのでしょうが、日本だけがゼロ金利ということになれば、国際金融資本が不穏な動きを見せるのも当然で、今後膨大に膨らんだ国債の償還で国の予算が圧迫されるのは確実でしょう。日本だけで国際金融市場の猛攻に耐えられるわけがないからです。

 最近若い方の置かれた現状、またその未来を思うと忸怩たるものがあります。ここ20年日本の平均労働賃金は横ばいですが、これは日本だけのことで、新興国はもちろん他の先進国でも労働賃金は順調に伸びているのです。日本の労働生産性が上がっていないのが最大の原因です。私が就職して海外旅行を始めたのは既にジャルパック解禁から二十年以上たっており、バックパッカーが大挙してヨーロッパに来ていた頃でした。今より円安だった年もありながら、また民間就職でない者にはバブルも関係なく給与は低いままでしたが、それでもがんがん渡欧していたのは「日本に勢いがあったから」としか言いようがありません。日本が欧米に怒涛の輸出攻勢をかけていた時期で、「自分が持っている物は全部日本製」だと時計や電卓、家電を見せてくれた人もいました。地球の歩き方を手にした貧乏な若者が恐ろしいほどの数でのし歩いていたのは現地の方にとっては脅威だったことでしょう。現在は海外旅行の危険も増したので、海外に出ていく方はかなり気合の入った方々ではないかと思いますが、大いに世界から学んで成長していただきたいです。

 現在日本では万事がにっちもさっちもいかない状態ですが、これが20~30年続いていることを考慮すれば、この原因の多くは国民性に依拠していると思えてなりません。加えて、1960年頃からの高度成長期に作り上げられた制度と気質から脱することができない国民病がそれを後押ししているのだと思います。弊害となっているように見える国民性とは、①「安定第一で変化を好まない不安遺伝子」を持ち、②「集団としての協調的博打による決定」を行う慣習があり(これは『古事記』以来のもので、国生みで予想外の子が生まれた時に神々が話し合ってしたことは占いでした)、③「依存的心性=甘え」を共有しています。③はこれこそ日本的心性の特徴のように考えられてきたもので、相手がこのことを理解して対応してくれる場合は、「忖度」などの形で快適な馴れ合いとなり、逆に論理的合理性でぐいぐい迫ってくる相手の厳しさには堪え得ず、神経症的症状を引き起こす引き金となるものです。これら三つの国民性は、一つの失敗が致命的となりかねない現代社会においてますます強化され、全体として日本はすっかり身がすくんだ状態になっています。

 また、高度成長期にあまりにうまく機能したが故に、名残として強く内面化されてもたらされた制度とは、①「年功序列・終身雇用」、②「専業主婦」であり、それ以降の激動期に結果として現出した③「少子化」があります。これらは日本の活性化のためには時代にそぐわないものとして改廃や変更が必至なのですが、極端なメリトクラシーを採用している企業を別にすれば、まだ日本の中心的な場で延命が図られています。高度成長期を担った世代に育てられた子供の世代が、その快適さをできれば手放したくないと思うのは当然ですから、子の世代が就業のステージから消えるまで、この現象は残るのではないでしょうか。国際基準で日本経済を見ればこれほど追い込まれているのに、旧態依然として専業主婦願望を抱く女子大生は多く、また配偶者の就業を望まない男性もいまだ主流派なのです。現在の状態が変わらなければ日本の生産性が上がることは当面見込めないことになります。国内の生産性が伸びないため日本でも投資による利益の獲得が呼びかけられていますが、そのノウハウを持つ富裕層以外は、投資における恐ろしい失敗談を耳にしているため、リスクを取って挑戦し多くを失うよりは座して財産の目減りを待つ人が多いのかもしれません。何より投資というのは未来に対して行うものなので、高齢者の気を引きにくく、「そんな先まで考えられない」という人が無関心であるばかりでなく、子孫のための資産運用を考えている人にも最近の相続税増税は障害になっているはずです。

 一方、もはや日本は貿易立国ではないという点を踏まえれば、そこを目標にする必要もなくなり、別な方向に生産性を上げることで活路を見出すことができるのではないでしょうか。これから人口減少が起こるにしても、日本には当面1億人以上の市場が整っているのです。グローバル市場を目指す方には外貨獲得のためにも頑張ってほしいし、世界で活躍する同胞の姿はうれしいものですが、そういうことが苦手な方は無理に苦手なことをしなくても、国内でまっとうな商売をして生き残っていただきたいという思いです。世界において分業というシステムはもうリスクが大きすぎることが明確になりつつあると思います。日本に存在しないのでどうしても海外から買わないといけないものもあるでしょうが、代替物を探すか、テクノロジーの活用による国内生産を目指せないものでしょうか。値上がりしているバナナは日本でも栽培されつつあるようですし、コーヒーだってこれだけ暑く亜熱帯化した日本で作れないとも限りません。日本におけるコーヒー需要は衰え知らずですからうまくいけば引く手数多でしょう。サービス業ではまだまだいろいろな可能性があり、情報、交通、健康、医療・介護、家計及び資産管理、終活補助等の在宅サービスには伸びしろがありそうです。こういうところにこそ「忖度」の真骨頂を発揮し、丁寧できめ細かく、多くの人が気軽に使える安価なサービスの構築を期待します。これらのサービスに関わる企業に求める第一のことは、「信頼できる従業員(AIを含む)とシステムをどれだけ揃え、大事に雇用・メンテナンスできているか」という尺度が明確になることです。このようなサービスにおいては「信頼」が最大の価値だからです。電力、コーヒー、バナナ、在宅サービス・・・って、気がつけば自分に必要なものだけ書いていました。いや、本当に一番必要なのは教育の抜本的改革だということはいつも書いている通りです。


2022年6月22日水曜日

「夏支度」

  まだ梅雨明け前で気温は30℃そこそこだというのに、次第に体がキツくなっています。夏の健康対策としては暑くなる前にウォーキングなどの運動を済ませることが必須ですが、外出した翌日は早朝起きるのがつらいと感じたら、無理せず二日に一回でもいいことにしています。買い物も日が高くなってからではとても無理なので、9時頃までに終えるのが目標です。気分の良い早朝24時間営業のスーパーに行ったり、「7時から」、「8時から」というそれぞれの店舗の開店直後に買い物を済ませたりしています。近くにお店のバリエーションが多いのは本当に助かります。

 身体に直接関わるものとしては、とにかく「締め付けない生活」です。これまで以上にゆったりした衣服を心掛け、見映えなどは度外視です。5月頃のセールで恐る恐る幅の広いダボッとした木綿のズボンを1着買って試してみたところ、脚の間に空間があるのでスカート並みに涼しいことが分かり、さらに何着か買い足しました。また昨年盛夏に買ってあまり使わなかった卓上(というか携帯用)扇風機は、まだこのくらいの暑さなら馬鹿にできない快適な涼風をもたらしてくれます。このハンディ扇風機は太陽光で充電して使えるのでエコでもあります。

 もう一つ爽やかさを求めるとしたら、やはり「匂い」に関わるものでしょう。私は冷凍食品というものをほとんど購入しないので、普段冷凍庫にあるのは、アイスノンや保冷剤を別にすれば、今後値上がり確実なコーヒー粉、紅茶やお茶の茶葉、多めに買ったバター(個人的に数年前のバター不足騒動がまだ尾を引いている)や納豆、海苔などの海藻類など、恐らく冷凍する必要のないものです。帰省する時はヌカ床を冷凍しておきます。それでもまだ空間的に冷凍庫の余裕があるので、夏場はここに生ゴミを捨てるスペースを設けています。臭いが出ず、捨てる時も凍ったままビニールの口を締め、他のごみと一緒に出せるので清潔感が保てます。もう一つ、匂いに関する工夫としてはアロマオイルを活用しています。私が好きなのはヒノキ油、ハッカ油、ユーカリ油などで、水に何滴か落としてスプレーしたり、スポンジに垂らしてあちこちに置いたりしていますが、これは気分がすっきりして思った以上に効果があります。しかしこんな暢気なことを言っていられるのも、まだこれしきの暑さだからです。今年は7月、8月とどれほど暑くなるのか今から恐れています。


2022年6月16日木曜日

「バーナード・マドフに見る詐欺の構造」

  小さなものから大きなものまで世の中は詐欺に満ち満ちています。新しい法律や制度が施行されると、その隙間を突いて確信犯的に金儲けをしようとする人がいるのは最近いやというほど耳にしますが、普通に暮らしていた人が何か傍からは分からない理由で、駆り立てられるように詐欺的行為にはまっていくこともあるようです。最初は面白がって弄んでいたマモンもいつしか逆回転が起こるようにして、どこかで必ず終わる時が来ます。

 バーナード・マドフについて知る機会があり、大いに驚かされました。この方もはじめは名うての相場師としてウォール街でのし上がり、一時はナズダック(NASDAQ:全米証券業協会が運営する株式市場、主にハイテク企業やIT関連の企業など新興企業向けの株式市場)を作ったとも言われる人で、ただの詐欺師ではありません。マドフは、本物の富裕層は日ごとの株価変動から利益を得るより、長期的スパンで安定した利益を求めていることに目を付け、極めて閉鎖的な投資の会を設け、投資顧問として資産管理事業を始めました。マドフはユダヤ系であったため多くのユダヤ資本がマドフの会に接近してきますが、いろいろとうるさいことを言ったり、少しでも事業への疑問を呈したりする者を徹底的に排除するという仕方で会を運営していました。実際マドフは20年以上にわたって年に12~15%という利益を提供しており、スポーツ界、映画界、企業のセレブがこぞってマドフの会に入りたがり、彼らはそこから利益を享受していたのです。『夜』で有名なノーベル賞作家エリ・ヴィーゼルのユダヤ財団もそうです。長期的に安定した利益を上げるとの話が閉じたサークルの中で口づてに広まり、有名人、慈善団体、学校のみならず、投資ファンドが関わってマドフの会は一挙に投資数を増していきました。

 投資の専門家も含め、なぜ年に12~15%の利益がずっと続くと皆が信じていたのか不思議です。マドフが「何かをしている」ことを皆知っていたはずですが、ごく少数のインサイダーとしての特権意識が正常な思考をマヒさせたのかもしれません。マドフは資金を運用などしていませんでした。ポンジ・スキーム(Ponzi schemeねずみ講)だったのです。すなわち集めた金は投資せず、運用利益に充てて拡大してきたのです。それなりに秀でた金融業者である彼がなぜそんなことをしたのかだれにも分かりません。ただその生い立ちから辿れることとして、彼が東欧系ユダヤ人であったことが影響しているのではないかと言われています。WASPが君臨するアメリカ社会でユダヤ系は独特の位置にいますが、同じユダヤ系でも鋭い区別があり東欧系ユダヤ人は排除された感を抱えていたようです。

 20年以上続いたマドフの会は、サブプライムローンに発するリーマンショックで金が引き上げられると返せなくなって破綻し、ねずみ講の実態が明らかになりました。結局マドフは2008年12月に逮捕され、集めた資金6兆円ほどを蒸発させた廉で、最高刑である懲役150年を宣告され、2021年4月に刑期半ばで死去しました。息子の一人は首つり自殺、ヨーロッパの上流貴族界で多くの投資者を引き入れていた貴族も手首を切って自殺するという悲惨な末路でした。

 私が今更ながら不思議だなと思うのは、これほど大きな事件が日本ではあまり報道されなかったことです。しかし少し考えるとその理由が分かりました。マドフの投資話には日本の金融界も乗っかっており、野村証券322億円、あおぞら銀行123億円をはじめ、保険会社なども被害に遭っていたのです。金融のプロのこの失態はあまりに不面目ですから、暗黙の緘口令が敷かれたか、またこの頃の金融界の方針に照らして不都合な事実を隠そうとしたのではないでしょうか。なぜなら政府と金融界は個人の金融資産を預金から株式投資へシフトさせるべく、NISAニーサ:少額投資非課税制度を盛んに喧伝していたからです。日本における株式や投資信託の投資金における売却益と配当への税率を、一定の制限の元で非課税とすることで経済成長を計っていたわけですが、マドフ事件は投資に関して当てになるものは何もないことを暴露してしまったのですから、金融界では口にすることが憚られたのも当然でしょう。詐欺被害というのは一様ではありません。卵を全部一つのバスケットに入れて全てを失った人がいるかと思えば、「被害者」を騙る人の中には「事前に決めた数以上の卵はバスケットからこまめに取り出す」ことを続けて、多額の儲けを手中にしていた者もいるのです。いずれにしても史上最高額の詐欺事件を知った今、大多数の人の胸に去来する思いは、「お金持ちでなくてよかった」ではないでしょうか。政府には、以前も述べましたが、日本の場合景気浮揚策として間違いなく有効なのは消費税減税だということに、目を向けてほしいと思います。


2022年6月9日木曜日

「給湯器来ました」

  最初、電話で業者名を聞いた時はぴんとこなかったのですが、「ご注文の給湯器が入荷しました」と告げる電話だとしばらくしてわかりました。水難の相が現れたのは1年10カ月ほど前です。帰省先から戻るとバスタブに水がひたひたのところまで溜まっていました。非常時に備えていつも栓を抜かずにそこそこ水を張っていますが、これは明らかに水漏れです。たとえ縁からこぼれても排水溝に流れるだけなので階下へ被害はありませんが、この不具合を解決すべく、すぐ風呂屋さんに電話しました。見てもらうと特に悪いところはないが、機器類の誤作動であろうとのことでした。「今すぐでなくてもゆくゆくは交換した方がいいですね」と言われて少し悩みましたが、しばらく様子を見ることにしました。生物であれ物品であれ寿命が尽きるまで待ちたい、古くなったからといって捨てるのでは可哀そうだという思いが強くありました。その後は機器をなでて励ましたり、感謝を伝えたりしていたせいか、とりあえず何事もなく給湯器は動いてくれていました。

 ところがそれから感染症問題が起き、瞬く間にその流行は広がって日常が変わり、世界が感染症対応一色に染まりました。次第に住宅関連の物品が入手困難になってきたとの報道があり、給湯器はその筆頭でした。少し騒ぎが収まるまで待ってからと思ったのは、まだうちの給湯器が頑張っていてくれたからです。しかし、労働力不足による様々な製品の払底は長期にわたることがはっきりしてきたため、給湯器の注文をしておくことに決めたのが昨年12月下旬です。発注から到着まで5カ月以上かかったことになります。てっきり忘れられていると思っていたくらいです。「フルオートを頼んでいたと思うんですが、ただのオートでもいいかなと思って・・・」と口にすると、「お客様、うちは注文をいただいてから発注しています。これから発注となると・・・」との声にハッとして、「わわわかりました、すみません。そのままで結構です」と言い、最短の翌々日に工事してもらうことにしました。代金は発注時に聞いた金額でした。日本の会社はえらいもんです。ポスティングされたチラシを見て「大丈夫かな・・・」と思いつつ電話で注文したのに、口頭で約束したとおりに滞りなく給湯器が入手できたのです。工事の前の晩はお風呂につかりながら「23年間ずっと働いてくれてありがとう」と給湯器に礼を言いました。恐れていた今年の寒い冬も何とか乗り切ってくれて、実際まだ壊れてはいなかったのですが、電池切れかお湯の温度や湯量を示すパネルの文字盤は読めなくなっていたのですから、掛ける言葉はもう「お疲れ様でしたm(__)m」しかありません。二十数年という年月は工業製品の進歩にとって十分な時間であり、新しいパネルには今までなかった機能を示すボタンがあるようです。段々に慣れてまた仲良く過ごしたいと思います。


2022年6月4日土曜日

「嘘のミステリ」

  私はよくミステリを読みますが、考えてみると好きな話の範囲はとても狭いことに気づきます。ホラーやサイコパス、スプラッタ系はパスですし、SF、ファンタジー方面も苦手です。狭い生活範囲で暮らしてきた自分にはあまりに不可思議もしくは異常な人物に登場されても、それこそ理解不能で、それらをエンタメとして読むには歳を取り過ぎました。そのため、さほど現実離れしていない、ありがちな事件の中にある意外な真相が解明されたり、ごく普通の一般人が抱える底知れぬ心の深層が明らかになっていったりするという点で、法廷もの(疑似裁判的なものでも良い)は楽しめるものが多いです。うまく作られた作品は、最後に大どんでん返しがなくてもしーんとした余韻を残して終わり、人をしばらく考えさせます。

 作品によっては、検察庁と警察庁の関係を巡る内幕や、それぞれの内部で渦巻く出世競争、昇進欲、保身術など、描かれ方がなかなか多彩になっているようですが、そういうのはちょっとうんざりで、私にとって興味深いのは法の専門家である検察と弁護人の法廷でのやり取りや、ド素人として登場する証人の証言および裁判員の意見です。否認する被疑者を検察が丸め込んで供述調書にサインさせたり、弁護人が提出する「白」の証拠を検察がメンツをかけて黒」と言いくるめるのがこの手の定番ですが、あっと驚く証人が登場し、証人尋問・反対尋問を通して今まで知り得なかった事実が明らかになるたびに、傍聴人として法廷を見ている読者は心を揺さぶられ、それまでの考えはオセロの目のように変化します。これが法廷ものミステリの醍醐味でしょう。

 私が一番強く感じることは、登場人物をエゴイズム、自尊心、罪意識等の観点から見ると百人百様であり、ゼロから100までのグラデーションがあること、また意識するとしないとに関わらず、誰もが誰かを何らかの意味で利用しようとするものなのだなということです。被告人が罪状を否認している場合は、状況証拠を突き崩し真相究明ができるかが鍵となり、また証人が宣誓にもかかわらず何らかの事情で嘘をつくケースもあるのですから、検察側、弁護側双方や傍聴人はみな絶えず当事者しか知り得ないブラックボックスの中身を正しく見抜く力を試されます。忖度社会の日本では当事者も事実を分かっていない場合が少なくありません。

 だいたいの事件は私のような人生経験の浅い者には、「どうしてそんなことしちゃったのかな」「なんでそんなふうに考えるんだろ」といったことばかりなのですが、中でも嘘を突き通す人には「本当のことを言った方が楽なのに」と単純に思います。ま、これではミステリにならないわけですが・・・。嘘をつく人というのは初めから確信犯的にそうしているか、あるいは嘘をついているうちに引っ込みがつかなくなって嘘をつき続ける、もしくは自分でもその嘘を本当だと思い込むほどに心を麻痺させてしまったのだと考えるしかありません。いずれにしても心のどこかで、「私は悪くない」、「嘘をついてでも私には復讐する権利がある」、「世の中の方が間違っている」、「世界は私の考えの通りになるべきだ」と思っているに違いないのです。今思い出したのは、『ゲッペルスと私』の中で、ホロコーストについて「最後まで何も知らなかった」と語り、「私に罪はない」と断言した、ナチス宣伝相の秘書ブルンヒルデ・ポムゼルです。順調な生活を送る職業人として、ささやかな日常の幸せを追い求めた結果があの大虐殺につながっているのですが、職務を誠実に果たしていただけという彼女は、全くのところ主観的には「私は悪くない」のです。「罪があったとするならば、私ではなく、ナチスに政権を取らせたドイツ国民だ」という主張も、彼女の思考においてはまさにその通りなのでしょう。長い人生の中でずっと変わらずそう思い続けてきたわけではないと思いますが、人生の最終章でこういう結論になるのはやりきれない気がします。神様の前に「私は悪くない」と言える人は一人もいないのですから、彼女が「私に罪はない」ことを淡々と語る映画の完成を見届けて、106歳で満足して亡くなったとすると、私にはこの人はもはや人間とは思えないのです。この方の言葉は多くの人を震撼させましたが、他方の極に「私は悪くない」と言う人々は一定数存在し続けるのでしょう。自らが神となる世界とは、すなわち神なき世界であり、そこには人間の命がなかったことを証明してしまったように思います。


2022年5月30日月曜日

「狂騒のテレビ、ラジオの作法」

  テレビから遠ざかってラジオ生活になり、気づいたこととして、「ラジオはメディアの中ではストレスが少ない」ということがあります。テレビと違い、「今日のニュースの項目はこちらです」といった指示語が無いので聞いているだけで完結するからばかりでなく、「無駄に心が乱されない生活」ができると感じます。ラジオ生活になるまでは、テレビがこれほど煽情的なメディアとは思っていませんでした。何よりラジオのアナウンサーや出演者は抑制が効いていて、気分よく聞いていられます。私の感じとしては、ニュースも簡潔で変な解説が無いし、正確な事実だけ教えてくれます。朝は天気予報が頻繁に聞けるし、交通情報も詳しくわかり、どこへ行くわけでもない全くの外野なのに、「へえー、今はあのへんが渋滞か」などと、なんだか楽しい。また、ラジオとの違いで顕著なのは、テレビは犯罪のニュース報道が多すぎるということです。テレビで煽り運転の詳細などを聞いて「世の中にはいろいろな人がいるんだな、気を付けなくちゃ」と思うことは確かにありますが、四六時中事件の報道があると、日本中で毎日凶悪犯罪が起きているのかと誤解を与えている面もあるのではないでしょうか。きっと視聴率が取れるのでしょう。あくまで「日本の犯罪発生率は世界でも最低レベル」という事実を踏まえておかないと、こちらも不安を文字通り煽られてしまいます。

 とはいえ、犯罪は世の中を知る格好の教材です。最近の話題はアブ町(耳で聞いていると感じが分からない。阿武隈川の最初の二文字かな)の誤送金事件でしょう。「フロッピーってまだあったのか」とまず大笑い、それからこの前時代的記憶媒体が公的機関で使用されているという問題の根深さを大いに考えさせられました。当初はあまりに面白いので、朝晩のニュースを注意して聞いているだけでしたが、誤送金されてしまった人(この時点では被害者?)のことがわかるにつれ、ほとんどテレビはお祭り状態になっていきました。事件に関わる報道を見守っている自分も含めて、「こういう視聴者がいるからますますテレビは煽情的になるんだな」と反省しつつも、展開の早い事件をフォローし続けました。

 誤送金された人が全額ネットカジノで使ったのかどうかの真相はわかりませんが、被害者が相当怒っていたのは確かです。想像ですが、たまたまではなく自分が狙い撃ちされたのではないかとの疑惑、町の態度が次第に高圧的になり、侮辱を受けたと感じられる出来事等が高じた結果、犯罪の要件を明確に自覚しつつ、「打撃を与えてやろうと思った」というところまで行ってしまったのかもしれません。そして、こういう心の動きは普段から不遇感がある人には珍しくないことかもしれないのです。本来小さな町なら、「今度から気を付けてくださいよ」「はい、すみませんでした」で済むことだったことかもしれません(町に甘すぎだけど)。、もちろんどんな場合でも犯罪に手を染めない人がほとんどなのでしょうが、こんな形で試されて罪を犯してしまった若者が気の毒です。

 今回の騒動の最も大きな成果は、当初の「回収はほぼ無理だろう」との見通しに反し、9割以上のお金が戻ってきたことにより、国税徴収法の威力が世に知らされたことです。現場実録「税金滞納で家財を差し押さえ」といったテレビ番組からの情報とは違い、場合によっては「超過差押の禁止」も何のその、何が起こってもおかしくない国税徴収の対応があり得るとのメッセージを、日本の全住民は衝撃をもって受け取ったことでしょう。(国税徴収法では差し押さえる範囲について、第六十三条に「徴収員は、債権を差し押さえるときは、その全額を差し押さえなければならない。・・・」とあるのです。)記者会見で中山弁護士は、「(決済代行業者が)なぜか満額を払ってきた」ととぼけたことを語っていましたが、国税徴収法以外に「犯罪による収益の移転防止に関する法律」や「マネー・ロンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」などを駆使して関係各所に対応を求めたことは間違いなく、今回のアッと驚く結果となりました。恐らく日本の住民に「絶対に税金は滞納してはならない」と印象付け、また「税金滞納者と取引きしたら大変なことになる」と、グレーゾーンで商売をしている業者を心底戦慄させたことでしょう。しかも、この法律は地方税や社会保険料にも準用されていて、その徴収にも使われているようです。国民年金保険料の未納者などは少なくないと言われていますので、結局、今回の事件で一番得したのは国税庁をはじめ国家が決定したお金の徴収権を持つ官公庁だったのではないでしょうか。


2022年5月27日金曜日

「天候と健康」

   夜が明けるのが早くなると自然とうれしくなり、早朝の散歩も無理なく続けられています。先日の通院では前月の検査結果を受けて「四月にしては良い状態」とのこと、パアーッと気持ちが明るくなりました。このままの状態なら減薬できるかもしれないと言われ、鼻歌を歌いたいくらい・・・、現金なものです。毎日ウォーキングしてるし、ラジオ体操も欠かさない、鉄卵の白湯を飲んでるし、食事や睡眠も気を遣っている・・・。しかし、それらは結局のところほとんど天候・気候に支えられてできていることなのです。

 ここ数年、個人的に天候に対する関心が高まっています。単にその日その日の気温や降水、日差しの強さによって外出等の行動が影響を受けるためばかりではなく、そういった要素がこれほど体調に顕著な変化を与えるとは知らなかったからです。「寒い」とか「蒸し暑い」と感じても平気で予定通り動けた頃とは違い、これまでたゆまず動いてくれた体は、降り積もった年月の間に、気候・天候変化に応じ、手や指の関節が痛む、膝や腰が痛い、体がだるい、といったあからさまな不具合の症状にすぐさまつながるようになりました。

 鬱々とした冬が終わり、よい季節になったなと思ったのもつかの間、このところすでに夏を思わせる暑さとなってきました。人間にとって過ごしやすい気候・天候の時期がとみに短くなっていると思うのは私だけではないでしょう。いよいよ日ごとの天候・気温チェックが欠かせなくなっています。今年はどんな夏になるんでしょ、あんまりの酷暑は勘弁してほしいな。さ、雨は何時に止むのやら、今日もまず1時間天気のチェックからです。


2022年5月23日月曜日

「巧妙化する偽メール」

 以前電子メールについて、「偽メールに侵食されて、やがてメールという便利な通信手段が消滅していくだろう」という趣旨のことを書きました。今では登録してある友人・知人からのメールと、自分でアクションを起こした通販会社からの返信メール以外は読まなくなり、様々なカード類、通信・交通・金融企業からの緊急連絡メールは片っ端から迷惑メールに分類してサクサクと処理しています。迷惑メールに分類しても相手方には何の通知も送られることはないと知ってがっかりですが、逆に相手を刺激する(この宛先は「生きている」と相手を元気づかせる)こともないので、目障りなものはどんどん消しています。迷惑メールは3年で900通ほどになっていました。「緊急」「アカウント」「無効」「追加サービスが無料」「確認メール」といったキーワードは自ら偽メールであることを教えてくれています。「ポイント」云々は本当の場合もあるようですが、別に要らないので無視。いずれにしてもメールの本文には触れず、いったん閉じてから、ホームページを通して確かめればいいのです。

 ところが最近新手の偽メールが登場しました。某通販サイトの名で「あなたのクレジット番号で以下の方より注文がありました。普段と違う使われ方なので通知します」という旨のメールで、注文者の氏名と住所(関東近県)、注文品と価格(9万円程度)が書いてあります。実在する人・実在する住所かどうか分かりませんが、ぎょっとしたのは確かです。すぐメールを閉じて、通販サイトのホームページから注文履歴を確かめました。自分が注文した以外の履歴はありません。つまり偽メールなのです。念のためもう一度メールを開き、これまで自分が注文した時の、本物の「ご注文の確認」メールと比べてみると、まず「〇〇〇〇様」という私の名前のところが「△△△△△△(メールアドレス)様」となっており、相手は「私が誰であるか」を特定できていないことが一目瞭然です。また、本物はどのクレジット会社のカードで注文されたかが載っていますが、偽物の方はただ「クレジット」としか書いてありません。どの会社のクレジットカードを使用しているかも特定できていないのです。当該メールをすぐ迷惑メールに追加しましたが、これは今までより一段階巧妙な仕掛けになっていると認識を新たにしました。同じメールを受け取った人が、当該メールに乗っていた名前と住所に連絡をとらなければよいが・・・と心配になりました。

 もう一件は、別の通販サイトから来た「ご注文の確認」メールです。一見普段のものと変わらない体裁ですが、問題は、その直前の数日間に私は何も注文していないということでした。たとえ注文後に来たメールでも、私の場合「あ、確認メールが来たな」と眺めるだけで終わりですが、もしかすると本文をクリックして確かめる人もいることを狙っての偽メールかも知れません。こちらも念のためホームページから注文履歴を確認しましたが、覚えのあるもの以外注文された形跡はありませんでした。このメールも迷惑メールに追加です。

 本当に恐ろしい時代です。もはや「来るメールは全て偽メールと心せよ」ということなのでしょうか。警察関係の方に願うことは、このような一般人を陥れようとするメールは国家の基盤を突き崩すものなのですから、サイバー犯罪関係の人材や取り締まり機能を充実させて、被害に遭う人を一人でも少なくしてほしいということです。また、電子メールという通信方法のプラットフォームを提供しているインターネット企業に対しても、「手をこまねいていないでちゃんと対処しなさい」と、憤りを禁じ得ません。どんな差し障りがあるのか、ないのか、私には分かりませんが、各国の警察とタッグを組んで真面目に取り組んでほしいです。今回私が送られた偽メールについても、警察のどこかに連絡するような場所があるのでしょうか。多くの方の強力があれば犯人を突き止めることができるということはないのでしょうか。こういうことに疎い人でも協力する意志はあるので、そういった広報活動もしていただきたいです。


2022年5月18日水曜日

日本的メンタリティ ―仏教とキリスト教(3)―

仏教とキリスト教(あるいはプロテスタント神学)との違い

Ⅰ 罪の赦し、贖罪に関して

 こうしてみると「人の救い」という点で、浄土真宗とキリスト教はかなり近接していることが分かります。しかし前述の本願ぼこりに関して言えば、「聖書のみ」の立場から見るとやはり違うと言わざるを得ません。というのは例えば、ヨハネによる福音書8章にはこんな話があるからです。姦通の罪で石打の刑に引き出された女をイエスは窮地から救いますが、最後にイエスは女に、「私もあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない」と言葉を掛けるのです。

そこへ、律法学者たちやファリサイ派の人々が、姦通の現場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った。「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」 イエスを試して、訴える口実を得るために、こう言ったのである。イエスはかがみ込み、指で地面に何か書き始められた。しかし、彼らがしつこく問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」 そしてまた、身をかがめて地面に書き続けられた。これを聞いた者は、年長者から始まって、一人また一人と、立ち去ってしまい、イエスひとりと、真ん中にいた女が残った。イエスは、身を起こして言われた。「婦人よ、あの人たちはどこにいるのか。だれもあなたを罪に定めなかったのか。」 女が、「主よ、だれも」と言うと、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」 (ヨハネによる福音書8章3~11節)

 また、ローマの信徒への手紙5章20節には、「律法が入り込んで来たのは、罪が増し加わるためでありました。しかし、罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれました」とあり、洋の東西を問わず本願ぼこりのような考え方をする人がいたことを知るのですが、すぐ後の6章1~2節で、「では、どういうことになるのか。恵みが増すようにと、罪の中にとどまるべきだろうか。決してそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なおも罪の中に生きることができるでしょう」と述べて、パウロはこのような誤った考えを斥けて罪を戒めています。

 キリスト教が古代ユダヤ教から生まれたことは歴史的事実で、ユダヤ教における罪とは神との契約(約束、戒め)を破るという意味であり、その契約は律法として旧約聖書に示されています。キリスト教は旧約聖書を受け継ぎながら、イエス・キリスト御自身を新しい契約として新たな救済史を歩み始めました。『讃美歌』の262番に「十字架のもとぞ いとやすけし、神の義と愛の あえるところ」という詞がありますが、これはイエスの十字架刑について適切に示した詞であると思います。この詞は「十字架には神の愛があるから心安らかだ」と言っているのではありません。「十字架は神の義と愛が交わるところだから、心安らかだ」と言っているのです。神は正しい方なので罪をそのまま許すことは出来ません。と同時に、人としても単に「許す」と言われただけではこころさわぐのではないでしょうか。少なくとも私は、「それで私の罪はどうなるのか、罪はどこへ行くのか、そのまま残るのではないか」と不安になります。罪には贖い(あがない、償い)が必要です。それがあって初めて「赦される」のです。そのために神の御子イエス・キリストが遣わされ、その地上における言動は新約聖書に記されています。そこには人間の属性を超えたイエスの地上の生と、イエスがまことの神であることを知って新しく生かされていった人々の姿があります。

 ルターは人の罪が贖宥状によって救われるとした当時の教会の在り方に「否」と言い、信仰の規範を「聖書のみ」に求めました。聖書のどこにも贖宥状により救われるという根拠はなく、そもそも人は行いによっては救われ得ず、「生涯絶えず悔い改め、神の御子なる主イエス・キリストによる贖罪を信じる以外に、救いはない」と考え、「信仰のみ」の立場を表明したのです。また、この時代聖書を自分で読める人はほぼ聖職者(学者)だけでしたから、誰でも読めるようにと聖書のドイツ語訳を進めました。こうしてプロテスタント教会が生まれましたが、既存の教会(カトリック)にとってどれほど苦々しく、目障りなものであったか想像に難くありません。


Ⅱ 精神と物質の二元論に関して

 浄土真宗において、自分の力で功徳を積むことなどできない、自力による救いはないと気づいた時、阿弥陀仏自らが自分を招いてくれていることを知ることは、どれほど人々に希望をもたらしたことでしょう。先に「阿弥陀仏のことが私にはまだよくわからない」と書きましたが、『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』及び『浄土真宗聖典(注釈版)七祖篇』によると、「法性法身(ほっしょう-ほっしん)とは、真如法性のさとりそのものである仏身という意で、人間の認識を超えた無色無形無相の絶対的な真理のことをいう」とあります。大辞泉では「仏陀の肉体に対して、その悟った真如の法を本性とする色も形もない仏」と書かれていますから、これらを考え合わせると、仏はこのままでは見ることも理解することもできず、人と何のコミュニケーションも取れないことになります。そのため、方便法身が生じるのですが、前述の書によると「方便法身とは、衆生を救済するために具体的なかたちあるものとしてあらわれた仏身のことをいう」と書かれています。そしてこの両者は、「法性法身によって方便法身を生じ、方便法身によって法性法身をあらわすという関係であり、また異なってはいるが分けることはできず、一つではあるが同じとすることはできないという関係である」とのことです。つまり、「万物が本来平等一如であるという真如の世界にかえらしめようと、かたちをあらわし御名を垂れ、大悲の本願をもって救済せんとするのが方便法身すなわち阿弥陀仏であるとする」(浄土真宗辞典)というのです。人間には把握しようのない仏が、何らかの形をとって現れるのが阿弥陀仏であると解せられるので、阿弥陀仏とは霊的世界と現実世界とを架橋するもしくは包含する働きをもつ仏なのでしょう。 

 いずれにせよ、阿弥陀仏の無限の慈悲によりできる限り多くの人を浄土へ往生させるために、様々な手法が用いられ、その中には、「自己の功徳を他の人に振り向けて共に浄土に生まれようと願う」往相回向(おうそうえこう)や、「既に浄土に往生した者が再びこの世に還り、人々を教え導いて共に浄土へ向かう」還相回向(げんそうえこう)という方法があるようです。これらを考え合わせると、やはり浄土真宗では人が往生して仏になったり、再び穢土(この世)に戻って人を助けたりということが普通にあるようです。日本的霊性においては、心身は明確に分けられない行き来可能なものであるという趣旨のことを鈴木大拙も述べていましたので、こういったことは何の不思議もないことなのでしょう。

 この点、キリスト教においては人が神になることは決してなく、ただ、「神の独り子イエス・キリストが歴史上一度だけ人としてこの世に降り、人として生きて、十字架の死により世人の罪を贖い、復活して天に上った」と、キリスト者は信じています。復活は体を伴ったものですが、その体とはヨハネによる福音書20章19節によれば次のようなものです。

「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。」 (ヨハネによる福音書20章19節)

 ここでは、イエスは鍵をかけていた家にすっと入って来られたのですから、体といっても何かしら霊的な体と考えざるを得ません。鈴木大拙は西洋思想を精神と物質の二元論でとらえているようですが、キリスト教が必ずしも心身二元論であるとは言い切れないのです。

 復活後のイエスのことは、ルカによる福音書24章13~32節のエマオ途上での出来事にも記されます。エマオまでの道を行く二人の弟子は、途中から同行した主エスと相当長い時間会話しながら歩いたにもかかわらず、同行者が主イエスだとは気づかずにいます。ところが宿泊することになり、一緒に食事の席に着いて、イエスがパンを取り、賛美の祈りをし、パンを裂いて渡した途端に、その人がイエスだと分かります。そして同時に、その姿が見えなくなるのです。

ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」  イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。 それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。 ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」 そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」 そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。 二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。 一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。 すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。 二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。 (ルカによる福音書24章13~32節)


Ⅲ 輪廻と復活、あるいは時間意識に関して

 先に「人が死ねば仏になる」というのが仏教の特徴ではないかと書きましたが、この根底には六道輪廻からの解放の願いがあるように思います。仏教誕生の地インドの思想に、「生物はその業の応報によって永劫に生まれ変わる」という輪廻転生の根本概念があります。虫や水牛に生まれ変わっても平気と言う僧もいたようですが、普通の人はこの輪廻の環から解放される解脱を願ったでしょう。因果応報の法則があるからこそ少しでも功徳を積んで解脱したい、浄土へ行きたいと願うわけです。

 一方、前述のエマオでの出来事は非常に印象的で不思議な場面ですが、私には「その方がイエスだと分かった途端にその姿が見えなくなる」というのはキリスト教信仰の本質なのではないかと思えます。「キリストの復活」を信じがたいと感じる人は多いことでしょうが、キリストが十字架の死を遂げて復活し、天に上げられることがなければ、世にキリスト者は一人も生まれなかったはずです。なぜなら、神からの聖霊が降ることなしに、肉なる身体を生きる人がキリストを信じることはできず、キリストの死と復活なしには、人に聖霊が降るようになることはなかったからです。弟子たちでさえ復活後のイエスに出会っても始めはそれと分からなかったのですが、聖霊によってイエスが復活された神の御子であることが分かるやいなや、その体は見えなくなりました。その後は父であり、御子イエスでもある神なる聖霊が、この信じがたい出来事を信じる者たちに降って、この世にキリスト者が生まれていったのです。

 キリスト者にとって恐らく仏教の輪廻思想ほど縁遠く、理解困難なものはないだろうと思います。キリスト者は、キリストの降誕、十字架の死および復活は歴史上一度だけ起きたことと信じており、時間が永遠に回帰するということ自体全く理解の外にあります。仏教とキリスト教の違いはもしかすると二元論かどうか以上に、根源的には時間理解(閉じている円環型か、閉じていない直線もしくは螺旋型か)に拠るところが大きいように思えてなりません。


Ⅳ 大地の霊性に関して

 鈴木大拙は『日本的霊性』の中で、「日本的霊性は大地を離れられぬ」と述べました。これは日本に限ったことではなく、霊性や宗教は必ず土地に根ざしたところから生まれてくるものでしょう。そうでなく生じた宗教はいつか消えていくものです。しかし大地にもいろいろあって、日本のような豊かな大地と中近東の砂漠や荒野では全く事情が違います。別な本で鈴木大拙は「ヨーロッパのそこここの道端でキリスト磔刑の十字架像を見ると、どうにも残酷だと感じる」という趣旨のことを述べていますが、この感覚は私もよく分かります。日本のプロテスタント教会はそもそも何であれ偶像を遠ざけますので、象徴的に十字架のみを掲げ、カトリックのような磔刑像はありません。私もカトリックの連れ合いから十字架像をもらった時は違和感を拭えませんでした。また、『讃美歌21』の436番について、メロディは美しいのにあまり好きになれないと感じていた理由もこれに関係しています。「『十字架の血に 救いあれば、来たれ』との声を われはきけり/ 主よ、われは いまぞゆく、十字架の血にて きよめたまえ」という詞で、「どうしてことさら『血』という語を2回も使うのだろう。気持ち悪いな」と思っていたのです。しかし今は、人の罪(というか自分の罪)というものは、神の御子が筆舌に尽くしがたい苦しみの後に、傷つき血を流すことがなければ到底赦されないものなのだと、ようやく分かるような歳になりました。そして、リアルに残酷なものを避けたいという感覚は私だけのものではなく、ともすれば情緒に流される日本的感覚であろうという例は、たとえば『讃美歌』267番に見られます。この讃美歌は宗教改革者ルターの作詞・作曲によるもので、その4節は、「暗きのちからの よし防ぐとも、 主のみことばこそ 進みにすすめ。 わが命も わがたからも とらばとりね、 神のくには なお我にあり」という詞です。この「わがたから」は原文では「わが妻」であり、恐らく編集時に「それではあんまりだ」という意見が出て、やんわりとオブラートに包むような言葉に修正されたのでしょう。ここには山上憶良的感受性から来る家族愛(こういうのも私は大好きですが)の痕跡が見られます。しかし、「たから」と言えば「財産」と誤解されかねない懸念があります。自分の行為の結果、それを嫌い憎む者が家族に危害を加えることは苦痛の最たるものですが、この讃美歌を作ったルターの信仰はもはやそのようなことさえ超克したレベルにあったのです。この厳しさはまさしく荒野ならではの霊性から来たものであり、日本には無いものでしょう。その証のように、浄土宗の五逆の罪の四番目は「仏身を傷つけて血を出す」ことです。神の御子が体を傷つけられ血を流して死んだなどということがどれほど非道なことであるか、そしてそれ無しに人が救われることはないと考えるキリスト教は、日本的霊性にとっていかに異質なものかについてはこれ以上言葉を弄する必要はないでしょう。


Ⅴ 創造主なる神と被造物の自由意志に関して

 もう一つ、仏教というか、日本的霊性が覚醒した鎌倉仏教の土壌とキリスト教の大きな違いについて指摘したい点があります。『古事記』を読んだとき真っ先に感じたこととして、日本には天地創造という観念はなく、或る意味、すでに初めから存在する現実的生活が出発点になっているのだなという印象が強くありました。この現実感覚は平安時代に「もののあわれ」という方向に著しく陶冶され、それが日本人の情緒の基盤を形成したと言ってよいでしょう。この点キリスト教は全く異なっています。すなわち、「光あれ」と言って光を在らしめた「創造主なる神」から全てが始まるのであり、、「初めに言葉があった」という以上、その世界は情緒的感覚を中心に形作られた世界とは、言うなれば、ねじれの関係にあるのです。現在でも欧米人と日本人の間で話が噛み合わない場合、そのような原因に根ざしていることが多いように思います。

後の世代のために/このことは書き記されねばならない。「主を賛美するために民は創造された。」(詩編102編19節)

 ここから人間の自由意志が生まれてきたと言ってよいと思います。なぜなら、神が単に儀礼的・機械的に自分を賛美する人間を造るはずがなく、様々な選択の自由がある中で、神を礼拝し、喜んでその御旨を行うことを選ぶ人間を創造したはずだからです。「神の似姿」という言葉がありますが、「創世記」において、ごく初めの天地創造の段階から神が人をそのように造ったことが記されています。

神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」 (創世記1章26節)

 「我々」という複数形の語や誤解されがちな「支配」の意味に今は踏み込みませんが、神がご自分に似せて人を造ったという以上、人は本来神の法に適った行動をとれる人格をもったものとして造られたのです。実際、やむを得ず悪事に手を染めても誰も非難できないような極限状況においてさえ、自由意志により悪を選ばない人もいますし、それまではできなかったのに何らかの理由でそれができるようになる場合もあります。平安のうちに一日一日を過ごせることほど幸いなことはありませんが、それはどのような平安かと言えば、「あなた(神)は私たちを、ご自身に向けておつくりになったので、私たちの心はあなたのうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです」(アウグスティヌス『告白』)という類いの平安です。これは、歳を重ねて私も心底から同意できる言葉です。人は意識すると否とにかかわらず、本性的にそのようなものとして造られたからです。イエス・キリストがご自分の命と引き換えに、全ての人を神に引き渡してくださったので、元来御前に顔を上げ得ない人間が、「私」を造られた方(ということは親ということですが)に対して、「父なる神様」と気安く話しかけることができるというのは信じがたいことです。しかし、聖書を通して語られる御言葉を信じ、「天の父よ」と祈ることができる時、アウグスティヌスならずとも、人は確かに真の憩いと安らぎを得られるのです。


 以上、浄土真宗を中心に仏教とキリスト教について考えてきました。確かに浄土真宗では阿弥陀仏の無限の慈悲により、キリスト教では悔い改めによるキリストへの信仰により、いかなる罪、悪行からも救われると信じる点は酷似しています。しかし、これまで述べた5つの相違点を考え合わせると、やはり仏教とキリスト教の間には千里の径庭があると感じます。もっとも仏教に関して私はまだまだ全くの勉強不足ですので、ここまでを取り敢えず知り得たことから考えた今現在のまとめと致します。


2022年5月16日月曜日

日本的メンタリティ ―仏教とキリスト教(2)―

親鸞とその信心

 さて他方親鸞の出自ですが、知らずにいて仰天したのは、親鸞が源氏の親族で、源頼朝の甥にあたるということです。そして、保元の乱において崇徳上皇方の軍として戦い敗れた源為義は、源頼朝の祖父であり、保元の乱で相手方・後白河天皇の軍として戦った長男の源義朝の手で処刑されています。つまり源頼朝の父(親鸞の立場からすれば祖父)の義朝は父殺しをした人だったのです。

 これを知った時、私の中で多くのことが氷解しました。親殺しはどんな宗教、どんな社会でも重罪ですが、特に浄土宗ではそうです。浄土教の根本経典である『大無量寿経』には、四十八願という48の願がありますが、これは法蔵菩薩(阿弥陀仏の修行時の名)が仏に成るための修行に先立って立てた願のことです。(阿弥陀仏とは何か、まだ私にはよく分かっていませんが、この時代から百年後くらいに書かれた『徒然草』の243段「八つになりし時」には、子供の頃の兼好法師が「仏は如何なるものにか候ふらん」と問うと、父が「仏には人のなりぬるなり」と答えたという話があるので、そのように考えられていたのかと思います。もっともこの話は最初の答え方のせいで、父がドツボにはまる話でしたから、「人が仏になる」という理解でよいのかわかりません。)

 四十八願の第十八願は特に有名で、『浄土真宗聖典(注釈版)第二版』の現代語訳によると、「わたしが仏になるとき、すべての人々が心から信じて、わたしの国に生れたいと願い、わずか十回でも念仏して、もし生れることができないようなら、わたしは決してさとりを開きません。ただし、五逆の罪を犯したり、仏の教えを謗(そし)るものだけは除かれます」との願で、阿弥陀仏がいかに真摯に全ての人を浄土に救い入れたいと願われていたか察せられる言葉ですが、それでも五逆の罪を犯した者は救われないと言っているのです。五逆の罪とは、父を殺す、母を殺す、阿羅漢(=最高位の仏教修行者)を殺す、仏身を傷つけて血を出す、僧の和合を破る(=教団を分裂させる)の五つで、父殺しはその筆頭の大罪です。親鸞にとって祖父がその罪を犯しているとなれば、その血が自分にも流れていることを認めないわけにはいかなかったのではないでしょうか。紀元前5世紀のインドで父王を殺した阿闍世王に関して、教義的に救われる道はないかと探求した親鸞の強い思いもこれで理解できました。血統というものは自分ではどうにもならないのですから、この視点から眺めると「悪人正機」までの飛躍も納得できます。

 浄土宗を信じて法然同様流罪となり、大地に這いつくばって生きる民と生活を共にして、親鸞の信心はなおさら強まったのでしょう。親鸞は、信じて「南無阿弥陀仏」と唱えれば誰もが救われるという信心をさらに発展させて、「信じきれない」ことについての問いへと深化させていきます。『歎異抄』に、「念仏を唱えても喜びが起こらない。また、急いで浄土へ行きたいとも思わない」という弟子の唯円に対し、親鸞が「私も不審に思っていたが、お前もそうであったか」と答える箇所がありますが、信仰者としての親鸞の度量と包容力を感じ、実は私はここを『歎異抄』の白眉なのではないかと思うほどです。(原文:念仏申し候えども、踊躍歓喜の心おろそかに候こと、また急ぎ浄土へ参りたき心の候わぬは、いかにと候べきことにて候やらん」 と申しいれて候いしかば、「親鸞もこの不審ありつるに、唯円房、同じ心にてありけり。) そして親鸞はさらに驚くべきことを口にします。「大喜びすべきところを喜べないのだから、なおさら往生は間違いない。喜べないのは煩悩のせいであるが、阿弥陀仏は何もかもご承知の上で煩悩具足の凡夫を助けるとおっしゃったのだから、まさしく他力の悲願は私たちのような者のためであったのだ、とわかっていよいよ頼もしく思った」と言うのです。(原文:よくよく案じみれば、天におどり地におどるほどに喜ぶべきことを 喜ばぬにて、いよいよ往生は一定と思いたまうべきなり。喜ぶべき心を抑えて喜ばせざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねて知ろしめして、煩悩具足の凡夫と仰せられたる ことなれば、他力の悲願は、かくのごときの我らがためなりけり と知られて、いよいよ頼もしく覚ゆるなり。) これによれば、信じられなくても阿弥陀仏が救ってくださるのであるから、これ以上のことはありません。「信じられない心=悪心」と考えれば、悪人ほど救われなければならない人になり、ここから「悪人正機」が導かれます。しかしこれが誤解され行き過ぎてしまうと、本願誇り(阿弥陀仏の救いがあるのだからと平気で悪事をしてしまう、救いを確かにするためにいっそう悪事を重ねるというほどの意味か)をすることもあり得るし、実際そのようなこともあって、本願ぼこりは救われないとの考えも出てくるのですが、『歎異抄』によればそれさえ親鸞は「こんなことを言っている者は、阿弥陀仏の本願を疑い、前世で行った善悪の業を知らない者である(この条、本願を疑う、善悪の宿業を心得ざるなり)」と退けています。そして唯円に「お前はわたしの言うことに従うと言うが、私が千人殺して来いと言ったらそうするのか」と、無茶ともいえる問いをぶつけて、状況によっては誰も悪行を犯してしまうものだと説くのです。

 阿弥陀仏とキリスト教の神について考える時、どちらも全ての人を招いて救いたいと願われていることは間違いなく、さらに、キリスト者が神から呼びかけられてそれに応えたり、また神に「アッバ(父よ、お父ちゃん)」と呼びかけたりする人格的な関係であることはよく知られていますが、浄土系仏教の「南無阿弥陀仏」の念仏も、仏の名号を唱えることで阿弥陀仏への帰依を表明するだけでなく、阿弥陀仏の招きと阿弥陀仏への呼びかけでもあるようです。呼びかけと応答という点ではキリスト教と変わらないようにも思えます。全ての人が平等に浄土へと往生することができるためには、難しい修行ではなく誰でもできる念仏の唱名でよい、唱名ができない状況なら信じるだけでよい、信じることこそ難しいのだから信じられなくてもよい、どんな悪行をしても阿弥陀仏の大悲により救われる、いや悪人こそが救われるはずだ・・・と突き詰めていった結果、時に「浄土真宗は仏教ではない」と言われることもあるほど特異な教えになったのでしょう。


2022年5月14日土曜日

日本的メンタリティ ―仏教とキリスト教(1)―

  少し前に『古事記』を読んで感じた日本的メンタリティについて書きました。これは神道に関わることでしたが、もちろん仏教、特に鎌倉時代に日本的変化を遂げた仏教も日本における重要な宗教体系ですので、これについても少し知りたくなりました。とはいえ仏教は宗派も多く、浄土宗と禅宗では全く違う宗教のように感じますし、とても全部を把握することは無理に思えます。そこでここに一つキリスト教という軸を立てて考えてみることにしました。たとえば『日本的霊性』で高名な鈴木大拙に若くして師事していた岡村美穂子(「鈴木大拙館」の名誉館長)が、禅仏教を海外に紹介した鈴木大拙に同行した時の話でこのようなものがありました。講演の後に聴衆から、聖書の創世記に記されるアダムの堕罪について、「人間はどうすれば罪を犯さないようになれるのか」との質問があり、これに対して鈴木大拙は「もう一度アダムが罪犯せばいいのではないか」と答えたと言うのです(「大拙先生とわたし」2017年5月14日Eテレ)。これは「罪の自覚が出来ないから罪を犯すのだから、罪の自覚をするためにもう一度でも何度でも罪を犯せばいい、罪を自覚すれば人間は罪を犯さなくなる」という意味のようです。キリスト者からすれば絶句するほかない言葉で、禅宗との間にはほとんど接点がないと感じざるを得ません。体験を通して一瞬のうちに宇宙存在を把握する悟りを得るというようなことが仮にあるとしても、それはキリスト者にとって何の救いにもならないことは確かです。

 その点で、キリスト教と浄土真宗は似ているとよく言われます。東京拘置所医務部技官をしていた加賀乙彦は、精神的動揺をもたらす宣告を受けた死刑囚のうち、わずかながら泰然自若として過ごす者たちがいることに気づき、それらの人々は決まってキリスト教か浄土真宗を信じる者であったと述べています。なにしろ1549年に日本に初めてやって来たキリスト教(カトリック)の宣教師が、布教活動をする中で「日本にはルター派の異端信仰がすでに入っている」と言ったくらいですから、バテレンの目から見てもキリスト教プロテスタントと浄土真宗は信仰の在り方において非常に似ていることは間違いないでしょう。浄土真宗とプロテスタント信仰の違いを考える時、こういう問題はかなり昔に表明された考えでも何らかの手掛かりが得られると思い、四十年近くも前に行われた上智大学での9名の方々の講演録『親鸞とキリスト教―現代人に信仰を問う』(門脇 佳吉編、創元社1984年)を読みました。驚いたのは「この二つの違いを言い切ることは相当な難問らしい」ということと、探求を極めた信仰者ほど謙虚で、互いの信仰に対してシンパシーを感じているということでした。

 これまでの浅い仏教理解から、最初私は仏教とキリスト教の違いを挙げるのは容易だろうと簡単に考えていました。浄土真宗も仏教の一派であるので、一部「悪人正機」などの独自の教えはあるものの、基本的にそう変わらないだろうと思ったのです。例えば仏教の特徴を問われてすぐ頭に浮かぶのは、①人が死ねば仏になる、②仏は限りない慈悲により全ての衆生を救う、③天台宗や真言宗など或る種の修行によって救われるとする自力系と、浄土系仏教のような念仏を唱えることで救われるとする他力系がある、などです。しかし親鸞の信心とルターの神学を知るにつけ、両者の違いはなかなか一筋縄ではいかないと分かってきました。親鸞は六角堂での聖徳太子の夢告、ルターは落雷に打たれた体験から真の信仰を求め始め、それまで受けていた宗教的教えに背を向けて、己が信じる道へと踏み出していきます。その後の両者の困難な歩みを知るにつけ、本物の信仰者とはいかなるものかを突きつけられる思いです。

  仏教の伝来は6世紀の欽明天皇の時代だとされているものの、それは儀礼的仏教で合って、日本的霊性の覚醒は平安時代を経て鎌倉時代まで待たねばならなかったと鈴木大拙は述べています。うろ覚えですが、稲荷神に油揚げを供えて願いを取り引き的にかなえようとしたり、自分の好きな事物を断つのと引き換えに何らかの願掛けをするといったことは「断じて宗教ではない」という趣旨のことも述べていますから、鈴木大拙の念頭にあるのは、或る種の水準に達した体系をもつ宗教なのです。インドでも中国でも生まれなかった日本に独自の禅宗および浄土系仏教が出現してくるのは、まさしく京の都で育まれた貴族文化の時代から、大地に根差した武士の時代へと移り変わる戦乱期においてです。1173年生まれの親鸞はまさにこの激動期を生きた人ですが、私が驚いたのは9歳で比叡山延暦寺の慈円について得度したという事実です。ちなみに「明日ありと思う心のあだ桜夜半に嵐の吹かぬものかは」という句は、夜遅く叡山に着いた際に「得度式は明日にしてはどうか」と言う慈円に対して答えた言葉と言われています。それから29歳で叡山を捨て法然のもとに走り、「たとひ法然聖人にすかされまひらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずさふらふ」(『歎異抄』)というまでのすさまじい気迫で弟子になるわけですが、その事情は容易に推察されます。

 慈円は天台座主に4度もついた人であり、その生涯を慮るにこのようなことは『白い巨塔』以上のえげつない学内外の政治力学に秀でた人でなければできないことに違いないからです。『愚管抄』を著した慈円は摂政関白・藤原忠道の子にして摂政関白・九条兼実の弟です。すなわち貴族文化の末期において権力の中枢に最も近いところにいたのです。1156年に起きた保元の乱とは、皇位継承に関して崇徳上皇と後白河天皇が、また摂関家においては藤原頼長と藤原忠道が対立し、それぞれが源氏及び平家の軍を頼んで戦い、武士の軍事力による統治を招いたとされる内乱です。後白河天皇側の藤原忠道は勝利側になりますが、忠道の子である慈円も乱世の到来を肌で感じたことでしょう。そしてやや年を経て、おそらくは悪い予感通りに、1221年(慈円66歳)に承久の乱が起こり、鎌倉幕府打倒のため挙兵した後鳥羽上皇は敗れて配流され、名実ともに鎌倉幕府の絶対的支配が決定的となります。これにより何とか公武の協調を模索してきた慈円の企図は崩壊し、兄兼実の孫で慈円が後見人となっていた九条道家の、甥の仲恭天皇は廃位となるのです。いずれにしても慈円は徹頭徹尾現世の中で生き、現世利益を求めた人です。直接の師として慈円をいただいた親鸞が彼を俗世の権化のように見ていたとしても頷けます。現存していないだけかもしれませんが、両者とも書き残した文に相手に関する言及が全くないという事実は、そのあたりの事情を雄弁に物語っているのかも知れません。


2022年5月7日土曜日

「生活空間のお手入れ」

  毎日の家事の中で一番気持ちがすっきりするのは掃除です。そして、掃除道具の中で最も役立つのは昔ながらの玄関箒であることを最近ますます実感しています。いわゆる「ほうき草」と言う畳用の柔らかい箒ではなく、もっと固い黒シダ箒でフローリングやカーペット、ラグ類を構わず掃くと、目に見えてゴミが出てきます。その場で塵取りに集めすぐごみ箱に捨てる。これを繰り返すとそう広くない私の住戸はあっという間にきれいになります。毎日、というか一日何回か同じことをするのですが、そのたびに必ずゴミが出るのにはびっくりです。人が汚すまいと生活していてもこれだけ綿埃や塵が出るとは。思い立ったらすぐ掃除、せっせと掃くと毎回それなりの成果が出ます。あまりに手軽に掃除が済むので今では掃除機はほとんど使わなくなりました。フローリング用のワイパーは掃除後に除菌シートを掛ける時に時々使います。掃き掃除は中腰で行うので、大腿四頭筋も鍛えられるように感じます。

 先月は実家の障子の張り替えをしました。いつ以来だろうと考えるともう十年は経っています。紫外線による日焼けで紙が弱り、急いで障子を開けようとしたり、目測を誤って紙を突いてしまったりと、ちょっとしたことで開いた穴がいくつかありました。いつも茶の間で一番障子の近くにいたりくが開けた穴は一つもありません。本当に賢い犬でした。開いた穴はそのたびに繕ってきましたが、もう限界だと感じ、面倒な張り替えに着手したのです。

 一番の問題は「障子を外してかつ戻せるか」ということで、以前は外した障子が嵌められなくなり父に入れてもらったのです。前回の反省を踏まえると、「決して一度に外してはならない」、もしくは「外した障子を時系列順にわかるように置いておかねばならない」ということです。どっちが奥でどっちが手前か、どっちが上でどっちが下かなどを間違えるともう入らないのです。「そもそも地震も多かったし、障子外れるかな」という不安もありましたが、大丈夫でした。職人さんの仕事とはたいしたものです。何度もの地震に耐え、間違えなければきちんと入るように作ってあるのです。その日は茶の間の障子2枚を1枚ずつ貼り換えました。障子紙を取り除いて木枠だけにしてしまうと、どの順序で張るのがよいかわからなくなるので、1枚を見本として確認しながらの作業です。下半分は上にスライドさせる雪見障子になっているので、その構造と取り外し方も思い出しました。

 この日はこの2枚で終了、翌日は上の小窓の障子の張り替えをして、兄と「小鳥の森」のペット霊園を訪れました。掃除にしても障子の張り替えにしても、身の回りをきれいに整えることは無心になれる作業であり、或る種のセラピーなのだと思います。「姉ちゃん、いつまでも団子虫になってちゃだめ」と、りくにも言われそうです。