小さなものから大きなものまで世の中は詐欺に満ち満ちています。新しい法律や制度が施行されると、その隙間を突いて確信犯的に金儲けをしようとする人がいるのは最近いやというほど耳にしますが、普通に暮らしていた人が何か傍からは分からない理由で、駆り立てられるように詐欺的行為にはまっていくこともあるようです。最初は面白がって弄んでいたマモンもいつしか逆回転が起こるようにして、どこかで必ず終わる時が来ます。
バーナード・マドフについて知る機会があり、大いに驚かされました。この方もはじめは名うての相場師としてウォール街でのし上がり、一時はナズダック(NASDAQ:全米証券業協会が運営する株式市場、主にハイテク企業やIT関連の企業など新興企業向けの株式市場)を作ったとも言われる人で、ただの詐欺師ではありません。マドフは、本物の富裕層は日ごとの株価変動から利益を得るより、長期的スパンで安定した利益を求めていることに目を付け、極めて閉鎖的な投資の会を設け、投資顧問として資産管理事業を始めました。マドフはユダヤ系であったため多くのユダヤ資本がマドフの会に接近してきますが、いろいろとうるさいことを言ったり、少しでも事業への疑問を呈したりする者を徹底的に排除するという仕方で会を運営していました。実際マドフは20年以上にわたって年に12~15%という利益を提供しており、スポーツ界、映画界、企業のセレブがこぞってマドフの会に入りたがり、彼らはそこから利益を享受していたのです。『夜』で有名なノーベル賞作家エリ・ヴィーゼルのユダヤ財団もそうです。長期的に安定した利益を上げるとの話が閉じたサークルの中で口づてに広まり、有名人、慈善団体、学校のみならず、投資ファンドが関わってマドフの会は一挙に投資数を増していきました。
投資の専門家も含め、なぜ年に12~15%の利益がずっと続くと皆が信じていたのか不思議です。マドフが「何かをしている」ことを皆知っていたはずですが、ごく少数のインサイダーとしての特権意識が正常な思考をマヒさせたのかもしれません。マドフは資金を運用などしていませんでした。ポンジ・スキーム(Ponzi schemeねずみ講)だったのです。すなわち集めた金は投資せず、運用利益に充てて拡大してきたのです。それなりに秀でた金融業者である彼がなぜそんなことをしたのかだれにも分かりません。ただその生い立ちから辿れることとして、彼が東欧系ユダヤ人であったことが影響しているのではないかと言われています。WASPが君臨するアメリカ社会でユダヤ系は独特の位置にいますが、同じユダヤ系でも鋭い区別があり東欧系ユダヤ人は排除された感を抱えていたようです。
20年以上続いたマドフの会は、サブプライムローンに発するリーマンショックで金が引き上げられると返せなくなって破綻し、ねずみ講の実態が明らかになりました。結局マドフは2008年12月に逮捕され、集めた資金6兆円ほどを蒸発させた廉で、最高刑である懲役150年を宣告され、2021年4月に刑期半ばで死去しました。息子の一人は首つり自殺、ヨーロッパの上流貴族界で多くの投資者を引き入れていた貴族も手首を切って自殺するという悲惨な末路でした。
私が今更ながら不思議だなと思うのは、これほど大きな事件が日本ではあまり報道されなかったことです。しかし少し考えるとその理由が分かりました。マドフの投資話には日本の金融界も乗っかっており、野村証券322億円、あおぞら銀行123億円をはじめ、保険会社なども被害に遭っていたのです。金融のプロのこの失態はあまりに不面目ですから、暗黙の緘口令が敷かれたか、またこの頃の金融界の方針に照らして不都合な事実を隠そうとしたのではないでしょうか。なぜなら政府と金融界は個人の金融資産を預金から株式投資へシフトさせるべく、NISAニーサ:少額投資非課税制度を盛んに喧伝していたからです。日本における株式や投資信託の投資金における売却益と配当への税率を、一定の制限の元で非課税とすることで経済成長を計っていたわけですが、マドフ事件は投資に関して当てになるものは何もないことを暴露してしまったのですから、金融界では口にすることが憚られたのも当然でしょう。詐欺被害というのは一様ではありません。卵を全部一つのバスケットに入れて全てを失った人がいるかと思えば、「被害者」を騙る人の中には「事前に決めた数以上の卵はバスケットからこまめに取り出す」ことを続けて、多額の儲けを手中にしていた者もいるのです。いずれにしても史上最高額の詐欺事件を知った今、大多数の人の胸に去来する思いは、「お金持ちでなくてよかった」ではないでしょうか。政府には、以前も述べましたが、日本の場合景気浮揚策として間違いなく有効なのは消費税減税だということに、目を向けてほしいと思います。