フランツ・カフカの「城」を読んだのはかなり昔ですが、たしか城から仕事の依頼を受けた測量士が、その村に到着する場面から始まり、なぜか足止めを食らううち、様々な雑事に取り込まれ、いろいろと策を弄するものの、霧の中に見え隠れする城にどうしてもたどりつくことができないという実にうんざりする話でした。確かにうんざりしたのですが、どういうわけか心を去らない類の話でした。
この作品に魅惑されてプラハの城を訪れる旅人は後をたたないでしょうが、全プラハでいまや資本主義がわが世の春を迎えています。これはプラハ市民にとっては疑いもなく喜ばしいことでしょう。しかし、「カフカの生家はどこですか。」との真剣な問いに、「ここです。」と言って自分の店に引き入れようとしたTシャツ屋のおにいさん、あれはないでしょ、あれは。カフカと言えば国の誇りでしょうに。
今、城にいくには土産物屋の立ち並ぶ坂道を登っていくとあっという間に着いてしまいます。そう、カフカの「城」の世界はもはやどこにもないのです。現代の日本における日常の奇奇怪怪さの方が、よほどリアルな「城」かもしれません。
2004年 夏