2012年12月21日金曜日

「旅の風景」


 「友人のことを知りたければその人と旅行しなさい」ということわざがあったと思うのですが、いっしょに旅をしているといろいろなことがわかります。

 ヘルベルトは、小さな路地裏や教会の地下室など、私一人だったら入っていけないようなところ、入っていいのかどうかもわからないようなところへ、よく連れて行ってくれました。
「プライベートじゃないの?」
「ちがうよ、通っていいんだよ。」
ということが多く、ずいぶん見聞の幅が広がりました。

 ザッハトルテ Sachertorte で有名なホテルザッハー Hotel Sacher でお茶したとき、私が興味津々で光沢紙に書かれたメニューを見ていると、
「このメニューもらっていこうね。」
と言いました。
「そんなことしていいの?」
「ホテルザッハーのメニューはみんな持って行くさ。」
本当でしょうか。甘いザッハトルテを ポットのコーヒー Kännchen Kaffee でいただいたあと、私はメニューを手に、逃げるようにしてその場を後にしました。

 また、山間の小さな村の家族経営のレストランで食事した時、小学生くらいの子供が手伝いでお皿を運んできたことがありました。こういう時、ヘルベルトは必ずチップを渡します。子供は目を輝かせて親に報告に行きます。とてもいいなあと、私はうれしくなります。家の手伝いをして実際にお駄賃をもらえるというのは、まっとうな職業意識を養う計り知れない効果があるでしょう。

 ヨーロッパを旅行していて気づくのは、サービス業に従事する人との距離の近さで、とりわけ、何日か滞在して顔見知りになると、日本ではまずないような度合いまで会話が及ぶことがあります。ある時、ヘルベルトと私の会話を聞いていたウェイターが、
「彼女はドイツ語を話さないのですか。」
と問うと、ヘルベルトはにこにこして、
「僕が日本語を話せないので英語で話しているんですよ。」
と答えました。

 ヨーロッパ人がナイフとフォークを使う手さばきは、ほれぼれするほど見事です。まるで体の一部になっているかのような「芸術的」な動きで、私はよく見とれていました。日本でもナイフとフォークはよく使うものなのに、まるで別な用具を使っているかのようです。私がナイフとフォークでうまく食べられない料理があると、ヘルベルトはウェイターに言いました。
「箸がなかったらスプーン出してね。」
このダメ押しにウェイターは苦笑し、私は少し恥ずかしかったのを覚えています。