2012年12月25日火曜日

「無名性の恩寵」


 先日送ったものが届いたと会津の伯母から電話がありました。それから会津のりんごが届いていないか尋ねられました。毎年いただくのですが、今年はまだです。
「ああやっぱり。どこからも『届いた』っていう電話がないから・・・」
とため息をついていました。発送する野菜や果物の放射能の検査が追い付かず、検査場所に積みあがっているようなのです。(りんごはその後、いつもより2週間ほど遅れて届きました。)会津は放射能はほぼ全く心配ないのですが、福島県というだけでこのありさまです。

 東日本大震災の起こる数年前に思っていたことがあります。方々で地域興しが盛んになり、中には非常に成功して人が続々やってくる場所もあるとの報道を聞くにつけ、心の中で「私の故郷は手つかずでいてほしい」と思っていました。間違っても有名になって全国から人が押し寄せたり話題になったりしてほしくないし、なるはずもないと思っていました。

 なにしろ盛り上がりに欠ける県なのです。みんなで熱くなって何かに燃えるとかということが想像しにくい県民性です。宮城にも山形にもあるサッカーチームもないし(その後福島ユナイテッドというチームができ、今年はJFLに昇格したとのことですが)、また東北の夏祭りの中では福島のわらじ祭りは影が薄い。福島にはそおっと静かにひっそりとしていてほしかったのです。

 それなのにどうでしょう、今や福島 Fukushima の名は全世界に知らぬ者とてない場所となってしまいました。驚くのは、地震に関する専門家の意見に真っ向から異を唱え、原発を稼働させようとする人たちがいることです。事故というのはどんなに可能性が低くても起こる時には起こるものです。その事実に目をそむけてはいけないことを、これほどの犠牲を払ってもまだわからないのでしょうか。国どころか、山河が滅んでもいいというのでしょうか。



 はっきりしているのは、無名だったころの福島には戻れないということです。その意味で、幸福な故郷は失われたのです。