それは目の光の強い子犬でした。他の子犬とは全く違い、じゃれつきもしなければ吠えもしません。ただ、じいっとこちらを見ていました。
「この子です。」
私たち大の大人3人とその子犬は、一緒に家に帰りました。2006年もあと2日を残すばかりという年の暮れでした。
10月生まれなのに福之紅春号という名のその子犬は、文字通り家に春を運んできました。縄文の昔から人間と暮らしてきた犬種です。片耳はまだ折れていましたが、二週間後に実家を訪れた時は両耳とも屹立していました。しっぽはこんもりとうず高く巻き上がってやけに立派でした。貴族のようなその名前は、家では単純明快に「りく」と呼ばれました。
りくは不思議なくらい食に関心がなく、食が細い犬というのを初めて知りました。りくにとって大事なのは家族で、誰かが帰ってくると、ごはん中でもダッシュで出迎えに行きます。
りくが来てから、二週間ぶりで初めて実家に帰った時のことです。
「ただいま。」と言って玄関の戸を開けると、いぶかしげな顔で廊下を歩いてきたりくは、私を見た途端、「あっ」というように口をぽっかりあけました。
「犬でもこんな顔するんだ・・・」と驚いていると、りくは大慌てで茶の間にとって返しました。家族の帰還を他のメンバーに知らせるためです。まだ生後3ヶ月の子犬にしてなんという記憶のよさと的確なふるまいであることか。その後の歓待の仕方は尋常ではありませんでした。私のことを「時々旅から戻る群の仲間」と認識しているらしく、帰る度に大歓迎を受けます。私の存在をこれほど全身で喜んでくれる生き物はいません。
2007年 冬