2013年4月2日火曜日
「Home 心の拠り所」
メッセ Messeからほど近い閑静な住宅街に、時々ヘルベルトといっしょに行く機会がありました。用事を頼まれていたからですが、御夫君を亡くしてから故郷のスイスに移られた奥様のために、郵便物を転送するためでした。
驚くのはその期間で、十年以上は続いたと思います。奥様もご高齢でその当時七十代半ばだったでしょうか。普通に考えれば、もうお一人でフランクフルトに戻られることはないだろうと思われましたし、「維持費用だって相当かかるのになぜ自宅を処分しないのか」と、一度ヘルベルトに尋ねたことがあります。彼女自身もうまく説明できないとのことでしたが、出てきた言葉は ”das Nest” (巣)ということでした。
若い人には、あるいは若い時には決してわからないことが一つあります。それは、年をとるとはどういうことかということです。今なら完璧に、痛いほど彼女の気持ちがわかります。かつて連れ合いと過ごした場所、喜怒哀楽のすべてをともにした場所をそのままにしておきたいのです。それがそこに間違いなくあるということ、行く気になればいつでも行けるのだということがこの上なく大事なのです。
「おお、必要を言うな!いかに卑しい乞食でも、その取るに足らぬ持ち物の中に、何か余計なものを持っている。」 (「リア王」 福田恒存訳)
余分なものとは、どうしても必要なものなのです。