2013年4月16日火曜日

「ヨーロッパ温泉事情」


 あまり知られていないことですが、ドイツは温泉大国です。温泉は旧西ドイツだけでも250か所とも言われ、その頂点に立つその名もバーデン・バーデン Baden-Badenを筆頭に、ウィースバーデンWiesbaden、フランクフルトからもすぐのバート・ホンブルク Bad Homburg、カール大帝の古い温泉町アーヘン Aachenなどは一例にすぎません。バイエルンのバート・ブリュッケナウ Bad Brückenau、リューネブルガーハイデ地方のゾルタウ Soltau、バルト海に面したシュトラールズント Stralsundから最北部のバード・シュヴァルタウ Bad Schwartau に至るまで、日本では全く知られていない温泉町が各地に点在しています。

 ヨーロッパの温泉が日本の温泉と違う点がいくつかありますが、まず一つはヨーロッパの温泉町は、ひなびた湯治場というイメージはみじんもない点です。そこは美しいクアパークをゆったり散歩でき、カジノや劇場を備えたクアハウスを満喫できる、四つ星・五つ星ホテルの立ち並ぶ高級保養地であるということです。夏は野外でオペラやコンサートも行われ、お金持ちが優雅に過ごす場所なのです。

 もう一つ違いと言えば、ヨーロッパでは温泉水は飲むものだということです。散歩しながら源泉が飲める吸い口のついた専用の器が売っていますが、日本人の感覚からすると、体にいいと言われても源泉は実際飲めたものではありません。

 三つ目の違いは、サウナ以外は水着を着て入るプールのようなものだということです。一言で言うと、男女一緒に入れる温水プールと同じなのです。

 四十歳を過ぎるころから、旅の目的はひたすらゆっくり体を休めることにシフトしていったので、ヘルベルトはいつも温泉町を旅程に組み込んでくれました。いえ、組み込んでくれたどころではなく、自分はそれほど温泉が好きだったとは思えないのに、温泉保養地のはしごという私にとっては願ってもない旅程を立てていてくれたのでした。贅沢な施設には関心がなかったので、場所によっては雰囲気が豪華すぎて居心地のよくないところもありましたが、純粋に温泉で入浴すること、クアパークの散歩や緑の中のカフェでのお茶は本当に堪能できました。

 チェコのマリエンバートMarienbad(正式名マリアーンスケー・ラーズニェMariánské Láznĕ)やカールスバートKarlsbad(正式名カルロヴィ・ヴァリKarlovy Vary)も大変美しい温泉保養地ですが、私の好きな温泉町をどこか一か所挙げると言うなら、ハンガリーのへーヴィーズ Hévízです。蓮の花が群生しているここの温泉湖で泳ぐのも一興ですが、何より快適なのは豊富に湧き出す温泉湖のお湯を引き込んでいるホテルに滞在し、施設をフル活用することです。部屋で水着に着替えてバスローブを羽織り、そのままエレベーターで温泉のある地下へ降り、いろいろなタイプの温泉に浸かったり、休養ベッドで弛緩しきって横になったりというものです。私はまだ夢の中にいるヘルベルトに「行ってきます」と声を掛け、朝早くからお風呂に通って同類のおばさんたちと顔なじみになりました。

 へーヴィーズはとても小さな町で庶民的でしたので肩の力が抜けました。お風呂に飽きたら、ヘルベルトと温泉湖のある市街まで美しい草原を歩いていきます。そして百メートルも歩いたら終わりになる街の通りをひやかしながらぶらぶらし、小腹がすいたらお茶をします。それからまた歩いてホテルに帰り、部屋でごろごろしたりお風呂に入り直したり・・・。これを数日続けると完全に別な人間に生まれ変われますが、社会復帰するには同じくらいの時間を要します。