日々の生活の中で何か問題が起こると、人はそれに対処しようとします。その対処により状況が変化するといつしかまた問題を感じ、次の行動を起こします。そうしてある程度の時間を経たのちにふと振り返ってみると、最初の時の視点からでは「あり得ないこと」が起きたと認めざるを得ないことがあります。1つ1つの行動は因果関係の連鎖で貫かれそれなりに理にかなった選択の結果なのに、今いる場所は最初の時点では夢想だにしなかった地点で、その2つの点の間に一本の紛う方なき道が見える時、人は人知を超えた超自然的な力の存在を感じます。
こういうことはめったに起こるものではないものの、誰でも何度か体験したことがあるでしょう。昨年私の身にも起こりました。今現在、東京と福島の間を行き来することが不可欠の生活となっていますが、百に一つ、千に一つといった可能性を何度か重ねた末に落ち着いたところであることを考えると、それこそ駱駝が針の穴を通るような出来事だったと慄然としたのでした。不思議なのは、それを実現するために必要な能力というのは、そのとき降って湧いたように宿りその時が過ぎると消えてしまうことです。必要な力はマナのようにその時々に与えられればそれでいいのです。こういうことを信仰的には、端的に「神の臨在」を感じると言うのでしょう。