2013年1月15日火曜日

「紅春 9」


 その人が土手の道を自転車をこいでゆっくりやってくるのを見たとき、「ああ、この人か」と思いました。話に聞いていた「ジャーキーおじさん」です。ズボンの両ポケットにビーフジャーキーを大量に入れていて、散歩中の犬を見るとくれてやるのです。最初は警戒したのですが、ただの犬好きのおじさんで、犬に食べ物をあげるのがうれしくてしかたない人なのでした。

 おじさんの左右のポケットには種類の違うジャーキーが入っています。一つはスティック状の細い犬用のジャーキー、もう一つは太くて短い人間が食べるようなジャーキーです。父が散歩中に、りくは両方いただいたそうです。

 しばらくして、やはり父の散歩中にまたおじさんに会いました。おじさんは細いジャーキーをりくに差し出しましたが、りくはお座りの姿勢のまま微動だにしません。
「あ~、この犬はおいしい方しか食べないのか~。」
とおじさんは叫び、りくに短くて太いジャーキーを差し出しました。こちらは躊躇なく、パクッと一口で食べたそうです。りくは一度あったことは全部覚えているので、お座りの姿勢でおじさんに、「おいしい方をください」とお願いしたのでした。

「この犬だけです。」
とおじさんはしきりに感心していたそうですが、父は家に帰ってきて、
「りく~、お父さんは顔から火が出るほど恥ずかしかった。」
と嘆いていました。


りくをグルメ犬にしたのは、他ならぬあなたですよ、お父さん。
父は自分がおいしいと思うものをかまわずりくにあげるので、りくの舌は肥えていくばかりです。

 私の気持ちを察したのかどうか、私がおじさんに会った時は、りくは両方のジャーキーをもらっていました。