2013年1月18日金曜日
「実録 2001年8月4日 フランクフルト国際空港 Flughafen Frankfurt am Main 」
北ドイツからの帰り道、空港で起こっている事態を私たちは知りませんでした。フランクフルトまでまだだいぶあるアウトバーンA5を走っていると、カッセル Kassel からは激しい雨になりました。だんだん車がつまってきて渋滞となり、Friedbergあたりから、全く動かなくました。その日、私はそのまま日本に帰国する日でもありました。
「いつも30分くらいで流れるようになるから。」とそのままアウトバーンに乗っておりましたが、どうもいつもと違う様子なので、ラジオをつけると空港でのニュースを報じておりました。
それによると、移民法の改定に反対する人権派のデモ隊が出て、空港周辺が混乱している模様。「500m先のインターでとりあえず一般道へ降りましょう」と私は言い、アウトバーンからBad Homburgへの国道へ向かいました。後で聞くと、その時降りていなかったら飛行機に間に合わないかもしれないような事態になっていたかもしれないとのことでした。
一般道も込んでいましたが、ニュースを聞いてわかったのは、車で空港には入れないということでした。タクシーも入れないと言うのです。フランクフルトまで十分近づいて、Sバーンの駅の標識が見えたところで、Herbert は車を乗り捨てました。
「ここに車置いていいの?」
と聞くと、
「ここは大丈夫、後で取りに来るからいい。」
と言います。それから、私のスーツケースを持って、Sバーンに乗りました。列車も混雑し、ピリピリした雰囲気に満ちていました。
空港に着き、Terminal 1 から入ろうとすると、黄色いゼッケンをした警官2名がドアのところに立っていて、飛行機のチケットを見せるように言います。ヘルベルトが私のチケットを見せて入ろうとすると、警官は、
「あなたのは? なければ入れません。」
ヘルベルトは、自分は見送りに来たこと、デモ隊とは関係ないことを話しましたが聞き入れてくれません。搭乗時間までまだ2時間以上あるけれど、ここでお別れかと思っていると、
「それはだめだ。」
と言って、私の手を引き、もう片手にスーツケースを持ってその場を離れました。
空港周辺は、旅行客とデモ隊でごった返しています。ヘルベルトはそのまま迷わす、バス乗り場に向かいました。普通はシャトルで、日本航空の搭乗カウンターのあるTerminal 2 まで行くのですが、中に入れないのでシャトルバスに乗ろうとしたのです。行き過ぎようとするバスを、ヘルベルトは走って止め、私たちが乗り込むとバスは空っぽで誰も乗っていませんでした。
「Termenal 2へ行く?」
「行きますよ。何もかも大混乱で・・・ここ数日ずっとこんな調子でもういやになっちゃいますよ。」と運転手はため息混じりにいいました。
「大変ですな。ま、これで何か冷たいものでも・・・」
「や、これはどうも。」
チップ5マルクを渡すのが見えました。チップなどいらないのですが、二人はずっと話し続け、ヘルベルトは彼から空港に関する最大限の情報を引き出したようでした。
ドイツでは戦後まもなく作られた移民法がずっと施行されてきたのですが、誰も来たくなかった荒廃した時期に作られた法律が、誰もが住みたい大国となったドイツでいつまでも通用するわけがありません。大量の移民の流入でにっちもさっちもいかなくなり、法律の改定が行われたのです。
Terminal 2 の入り口にも警官が2名いました。やっぱりだめかと思っていると、ヘルベルトは私の航空券を握りしめて警官に向かい、
「これ、チケットね。私は見送りです、この人、一人じゃ手続き無理だから。」
と言いました。私はなぁんにもわかりませんという顔で、アルカイック・スマイルを浮かべていました。警官は顔をしかめて、無言のまま「入れ」というようにあごをしゃくりました。
“Danke.”
「ダンケ・シェーン。」
ほとんど、007の世界です。
中に入って驚いたのは、相当な数の警官とそこいら中に巻かれた有刺鉄線で、とてもドイツの空港とは思えないような光景に慄然としたのでした。すぐにチェックインしてマックで一息つきながら、JALが着陸するのを確かめました。午後5:57。これが折り返し私の乗る夜行の帰国便になるのです。あとはいすに座って2時間おしゃべりしながら待つのみと考えていましたが、ヘルベルトは私を連れてどんどん歩いて行きます。歩きながら、
「さっきは入れなかったのに、どうして入れたのかな。」
と聞くと、
「人によるんだよ。何でも人による。あと、不法移民を強制帰国させているルフトハンザへの反発のデモの意味合いが強いから、Terminal 1は警備が厳しいのもあるな。」
と答えました。
私が心底驚いたのは、ヘルベルトがそのままTerminal 1 へ向かうシャトルに乗ったことでした。なんという大胆不敵な行動でしょう。わざわざ敵地に行くようなものです。Terminal 1にはさらにおびただしい数の警官がいました。すれ違いざま警官の一人に呼び止められ、チケットの提示を求められドキドキしましたが、ヘルベルトは平気の平左で、私のチケットだけで切り抜けました。二人分のチケットがないといけないはずで、警官もちょっと怪訝そうでしたが、空港内に入っている以上何か事情があるのだろうと思うのか、それ以上は尋ねませんでした。
それから、空港のシャワー室の前で言いました。
「Terminal 1にしかないんだよね。どうぞ。」
あっけにとられました。いつもは家でゆっくりシャワーを浴びたり、軽食をとったりしてから空港に来るのですが、今日は家に戻れないからというのです。
「たかがシャワーのために火中の栗を拾うような行動をとるとは・・・」
私はその場にへたり込みそうになりました。
それから Erika に電話し、
「今、空港にいるんだけど」
と話し始めると、エリカは、
「空港? 確か今入れないはずじゃ・・・」
「詳しくは後で話す。未知に代わるね。」
私はエリカに楽しい旅行だったこと、これから帰国することを告げて電話を切りました。
それで終わりではありませんでした。極め付きは、その後の時間をユーロピアン・シティ・クラブEuropean City Club の待合いで過ごしたことでした。もちろんユーロピアン・シティ・クラブの会員ではありませんから、一時的にそこを利用するためにヘルベルトはカードを使いました。
「これが今できる全てだな。次からは前日に帰ってくるようにするね。」
飲み物とお菓子が食べ放題で、搭乗までの時間をゆったりしたソファで過ごしました。お金とはこういうふうに使うものだという見本のような日でした。現実感のない、不思議な時間でした。