2013年5月25日土曜日
「フライトシミュレーター Flight Simulator 」
学校で習うことわざの一つに、 There is no accounting for taste. (人の好みは説明できない。)がありますが、これを聞くたび「その通りだ」と思います。ヘルベルトは普段は冷静沈着で寛容、あまり細かいことにこだわらず、どちらかというと動きはゆっくりしているのですが、好きなことをする時は人が変わったようになります。一般にファン心理はみなそうですが、理性が吹っ飛んでしまうようです。それが彼にとっては飛行機の操縦なのです。わざわざルフトハンザで操縦を習っていたこともあるくらい好きなのです。また、タイトーという日本製のフライトシミュレーションゲーム機はドイツのゲームセンターにもあり、相当はまっていたようでした。彼によれば、そのゲーム機はもちろん本物とは違うけれど、基本的な装備は一応備えているので楽しめるとのことでした。
ところが或る時を境にこの大好きな趣味に没頭することがままならなくなったのです。それは1999年7月に起きた全日空61便ハイジャック事件です。この事件は、当時28歳のフライトシミュレーターマニアの男が羽田発札幌行の飛行機を乗っ取り、機長を殺害して自ら操縦行為を行うという事件でした。最終的には取り押さえられ乗客はすんでのところで墜落の危機から救われましたが、一歩間違えば500人以上が死亡しかねない大惨事となる恐ろしい事件でした。(犯人は羽田空港での乗り継ぎの際の手荷物検査に関わる警備上の欠陥を、各方面に通告し改善を要求していたという旅客機マニアで、要求が無視されたことに腹を立て、刃物を持ち込めることを実証し犯行に及んだとも言われています。)
この事件はドイツでも大きく報道され、ヘルベルトはわざわざタブロイド紙を買ってきて、「ああー、これは僕だ。」とふざけながら熟読していました。本物の航空機を操縦したいという気持ちには共感できたのかもしれません。ファン心理は理屈ではないのです。ところが、この事件をきっかけにドイツではタイトーのフライトシミュレーターが撤去され、ゲームができなくなったのです。笑ってはいけないのですが、大の大人がささやかな楽しみを奪われてしょげているのでした。事件が起きたのは日本なのに、成田空港第一ターミナルにまだタイトーのフライトシミュレーターがあるのを見つけて(今現在あるかどうかは知りません。)、ヘルベルトは驚くと同時にとても嬉しそうでした。嬉々として操縦桿を握り、「もうここでしかできないんだよね。」と言って子供のようにゲームを楽しんでいました。まったく好き嫌いというものは理性を超越しているのだなと思ったことでした。