2013年5月29日水曜日

「『とりあえず』を越えて」


 どうしていいかわからない時や時間が空いたとき、とりあえず何かすることにしています。
「とりあえず、コーヒーでも淹れよう。」
「とりあえず、このへん片付けよう。」
「とりあえず、予定だけでも立てておくか。」
わりとすぐできるものばかりです。もっと大きな課題があるのにやる気にならないので、いよいよもう取り掛からないと、という切迫感が増すまでそのままになっています。

 2011年のイグノーベル文学賞に、「構造化された先延ばし」理論(Theory of Structured Procrastination)を見つけた時は、これぞ私がずっと採用してきた方式だと目を見張りました。最も重要な作業を先延ばしすることによって、それより重要性の劣る作業をどんどん片づけてゆくというテクニックで、「このやり方でよかったんだ。」とその理論的正しさが裏付けられたようでうれしかったと同時に、当面をやり過ごすという自分の浅く薄い処世術、しかもそれが長年にわたって堆積している来し方を突き付けられたようで痛い指摘でした。いい加減、人生で最も重要なことに取り組まなければならないのですが・・・。