2013年5月13日月曜日

「助手席にて」


  地図が読めない女というのが話題になった時、まさに私だと思いました。方向音痴がはなはだしく、必ずとんちんかんな方向に行ってしまうのです。ヘルベルトは地図の見方が的確で、どんな方角に向かっていても北を上にしたまま地図をたどっていけるのです。彼とはよくあちこちドライブしました。運転の動作は反射的なものなので、とっさの時のことを考え、ドイツでは彼が、日本では私がときっちり分けていました。まだカーナビなど普及していない頃、地図の地名が日本語であるにもかかわらず、彼のナビゲーションは本当に頼りになりました。

 逆にヨーロッパでは助手席で私にできることはありませんでした。せいぜい赤信号のときにミネラルウォーターを差し出したり、時折、「クロイタボンボン(のど飴)要る?」と聞いたりするくらいでした。あまりにスムーズな運転なので、はっと気づくといつの間にか居眠りしていて、
「ごめん、また寝ちゃった。」
ということがしょっちゅうでした。彼はいつも静かに微笑んで、
「あなたが隣でうたた寝しているのを見るのは、とても幸せな気分だ。」
と言いました。

  一度、タウナスTaunusのネロベルクNeroberg近くの下りの山道で方向を変えようとしていた時、後ろからすごい勢いでサイクリング車が来たのに私が気づいて、「ストップ!」と叫び、大過なく済んだことがありました。
「あなたのおかげで命拾いしたよ。」
唯一、助手席で私が役に立った出来事でした。