「今日は何をしたっけ。」
一日の終わりに思い返してみて、「何もせずに一日終わった。」とがっかりすることがあります。別に何もしなくても生きている意味はあるのですが、逆に
「これを残すために、この人はこの世に生を受けたのだな。」
と思う人がまれにいます。
アゴタ・クリストフの『悪童日記』は1986年に出版され、一部でセンセーションを巻き起こした作品です。ハンガリー動乱の時に西側に亡命した彼女の体験をもとに書かれたとも言われ、1988年の『ふたりの証拠』、1991年の『第三の嘘』とともに三部作として完結しました。
戦争末期の国境付近で狂気を生き抜く双子の兄弟。その賢くも悪魔的な日常が簡潔な文体で書かれており、読むと胸が痛くなります。この二人は同一人物ではないか、との直感が的中したのが続編での山場でした。三冊目ではさらに錯綜した現実が明らかにされ、もはや何が真実で何が嘘かも判然としません。すべてが幾重にも交錯する夢うつつの中にあるような風景です。
彼女が2011年に亡くなっていたのをつい最近知りました。彼女の作品を読んだ後は、「何もせずに一日終わった。」などと寝言を言っていられることを、心底ありがたく思ってしまうのです。恐るべし、アゴタ・クリストフ!