2013年7月3日水曜日

「ボルツナーさんの猫」


 ヘルベルトが住んでいた家はフランクフルトの住宅街の3階にありました。1・2階は大家のボルツナーさん Frau Bolznerが住んでおり、当時もう90歳というご高齢でした。ドイツに行くたびご挨拶すると、いつも手を握って歓迎してくれました。3階の窓からは広くて美しく手入れされた緑のお庭が見え、結婚して近くに住んでいる娘さん(といっても当時60歳を過ぎておられました)が庭仕事をしたり、お庭を通って母親の自宅へやってくる姿が見えると手を振ったりしました。彼女は毎日母親のところにみえましたし、昼間はポーランド人の若い娘がボルツナーさんの介護に雇われて、身の回りのお世話をしていました。

 ボルツナーさんはこれまた高齢の猫を飼っていました。名前はあるのでしょうが、みなモッペル Moppel (太っちょさん)と呼んでいました。加齢と運動不足でかなり大きく重たそうな猫で、家具の上やお庭でうずくまっている姿がよく見られました。もう少しでお腹が床につくくらいの様子でした。なにしろ十歳をゆうに超える年齢で、みな案じてもいました。ヘルベルトはモッペルを外で見かけると、「やあ、モッペル、また脚が縮んだんじゃないかい。」などと声を掛けていました。「『また太ったんじゃないかい。』って言うよりいいかと思って。」と言っていましたが、どうなんでしょう。

 あまり愛想のある猫ではありませんでしたが、時おり言葉の端にのぼるほどかわいがられており、なんとなく心にかかる猫でした。何年かして、ボルツナーさんが亡くなったという知らせを受け、私はお悔みをお送りしました。モッペルが亡くなったという知らせが来たのはそれからしばらく後でした。