2013年7月17日水曜日

「悪人だけど」


 フランス革命にはまっていた頃、「フーシェってすごいよね。」と口をすべらせたのが原因で、友達からしばらく口をきいてもらえなかったことがあります。なにしろフーシェです、天下堂々の悪人です。常に多数派につく男、職業的な変節漢、サン・クルーの風見・・・普通なら絶対誉めちゃいけない奴です。しかしこのタフさ加減をすごいと言わずして何と言いましょう。

 王制から革命を経て共和制へ、そしてジャコバンの恐怖政治、さらに総裁政府からナポレオンの時代へと続くこの嵐のような時代を最後まで生き抜いた人間は他にいません。なぜかいつも歴史の決定権を握る場所にいて、ルイ十六世の処刑を事実上決定し、政敵ロベスピエールを土壇場に土俵ぎわで断頭台送りにしたのみならず、旧敵タレイランとも微笑みをもって手を握り警察長官に迎えられ、遠征中のナポレオンを顔色なからしめました。(ナポレオンじゃなくても、この組合せだけは避けたいよね。)その手法はなんといっても、自分に一朝事あらば国家のあらゆる機能がダウンするようにシステムを作り上げたことでしょう。

 ナポレオンとルイ十八世の間で二人を手玉に取ったフーシェですが、彼の泣き所はキャリアの初期にあったのです。ルイ十六世への処刑宣告とリヨンの大虐殺、あれは(特に後者は)まずかった。一度でも人道的にやってはならないことをやってしまうと、もう平穏に暮らすことが不可能であることの好例です。どのみち、平穏に暮らすことなど無理な時代ではあったのだけれど。彼はいつもこの事実に脅かされていたし、結局リヨンの亡霊たちに殺されたも同然でした。若い人がこんな奴に惹かれることはないでしょうが、正真正銘のリアリストの人生を知っておくのも悪くないです。