2021年4月29日木曜日

「不正あれこれ」

  人はなぜ不正をやめないのか、なにゆえどう考えても不首尾に終わる案件に手を出すのか、ずっと不思議に思ってきました。政治家や高級官僚、および企業ぐるみの不正は当たり前としても(いや、当たり前にしてはいけないのですが)、研究不正、不正会計処理、普通の会社員・公務員の不正に至るまで様々な不正が日々起きています。

 科学者の不正について調べていて驚いたことがいくつかあります。現在ではデータに基づいた正しい仮説を権威ある科学誌に一日でも早く発表した者がオリジナリティを確保するわけですが、この点から見るとかつての偉大な科学者も結構グレイの判定となることがあるようです。ライプニッツとニュートンの微積分学発見の優先権論争は有名ですが、今日ではどうも相対性理論についても果たしてアインシュタインが最初なのかも確実とは言えないと考える人もいるようです。また、不正認定の基準が厳格に決まっている今日、エンドウ豆の実験で形質の遺伝法則を発見したメンデルもデータが法則性の仮説に合わせたかのように「きれいすぎる」と批判されたこともあるようです。本当はどうなのかは専門家が時間をかけて再実験しなければわからないことですが、遺伝に関する法則性の発見といったあまりに画期的な理論の場合、わざわざデータの実証をする科学者はほぼいないでしょう。そういう意味では他者によって再実証されていない理論は意外とあるのかもしれません。

 研究不正の歴史を見ると、中には明らかに生まれついての詐欺師的研究者もいます。有名大学で精力的に論文を書いて評価されていた学者が、実はファンタジー・ノベルを書くように次々と話を捏造していたというアッと驚く例もありますし、各国を渡り歩く外国人科学者の例で、名前を変えながら査読者を選べる機関に論文を投稿し、実は自分で査読者となって論文を通したというギャグのような話もあります。「そんなエネルギーがあるなら研究に向けなさい」と言いたくなります。病的不正論文の書き手は日本人も例外ではありません。不正論文というのは撤回論文の数で決まるらしいのですが、何と一位と七位が日本人、三十位以内に五人もいる有様です。2000年まではほとんどいなかったのにそれ以降増えたのは研究環境が急速に悪化していった背景があるとはいうものの、気の毒ですが、日本の威信を傷つけたのですから同情はできません。何より本人が築いてきた全てを失う愚かな行為です。

 他に名誉欲・金銭欲から不正に走る者もいます。製薬会社Nファーマの社員が複数の大学の医学部においてデータ改竄を請け負っていた事件は社会に衝撃を与えましたが、多額の金が研究室に奨励費のような形で落ちていたのですから、一人社員に罪を押し付けて済むものではありません。広告塔となって降圧剤の販売促進にお墨付きを与えた教授たちも同罪のはずです。一口に不正と言っても、データ改竄に関しては医学界、製薬業界が断然多い印象です。

 また、不正会計で凋落を決定的にしたT社は、かねてよりの業績悪化を自分の代で公開したくない代表により会計データ改竄のパワハラが行われ、社内での権力闘争もあり、抱えている原発会社の赤字を隠そうとしていたことも、株主の逆鱗に触れたようです。こうなるともう底知れぬ闇があるばかり、まっとうな社員が気の毒です。

 ごまかしの規模において劣るとはいうものの、建築業界の耐震偽装や杭打ち強度データ改竄問題、東京五輪エンブレムのデザイン盗用疑惑、音楽家としてのし上がろうとしたS氏の全盲偽装、考古学における遺跡埋め戻し事件など、すぐに次々と思い浮かぶのは情けなく恥ずべきことです。逆に「不正がほぼない学問の世界は数学である」というのはなるほどと頷けます。

 近年最も日本と世界の耳目を集めたのは、何といってもスタップ細胞事件でしょう。あの二週間、日本人は沸き立つような興奮から奈落の底に突き落とされ呆然自失したのではないでしょうか。毎日新聞の女性記者が一連の顛末を克明に記録し本にしていますが、彼女の取材をもってしても、会見の中でO女史が述べた「あなたは過去何百年の細胞生物学の歴史を愚弄している」というコメントが見つからなかったと書いています。査読論文を訳読して詳細に検討してもこの言葉が見つからないとすれば、この言葉はどこからきたのでしょうか。他の研究者から投げかけられた可能性もありますが、自身の心の深層の声を反映していたのかもしれません。なぜなら、人は自分の不正を誰よりよく知っており、そこを突かれる前に機先を制しようとして、まさに秘密の暴露を思わず口にしてしまうからです。私がそれを確信したのはあの研究ノートを見た時です。唖然としました。あれをみれば誰でも「これは違う」とわかります。博士号をもらった小学生がファンタジーを元手に、女性活躍社会の波に乗り、大人を巻き込んで引くに引けなくなったというのが真相ではないでしょうか。とはいえ、彼女は博士号を奪われただけでなく、一人の優秀な研究者の自殺を一生背負っていかなければならないのですから、よいことは何も残らなかったのです。その後の理研の対応には本当にあきれましたが、これが起きたのが現代でよかったと思うのは、インターネットが張り巡らされた世界では、真理の前に誰もが兜を脱がなくてはならないという点においてです。真相が暴かれるまでにかつては何年も要しましたが、今では二週間しかかかりません。もう何千、何万、何億という人の目をごまかすことはできないというのは、真理そのものにとって僥倖ではないでしょうか。


いかに幸いなことか

神に逆らう者の計らいに従って歩まず

罪ある者の道にとどまらず

傲慢な者と共に座らず

主の教えを愛し

その教えを昼も夜も口ずさむ人。

その人は流れのほとりに植えられた木。

ときが巡り来れば実を結び

葉もしおれることがない。

その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。

神に逆らう者はそうではない。

彼は風に吹き飛ばされるもみ殻。

神に逆らう者は裁きに堪えず

罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。

神に従う人の道を主は知っていてくださる。

神に逆らう者の道は滅びに至る。

            (詩編 第一編)