震災より5年目の先日、原発事故後の放射線の影響に関する現時点での研究結果が公表されました。一つは浪江町と大熊町で買われていた牛に関する研究(岩手大学農学部、岡田啓司准教授)、もう一つは南相馬町に暮らす住人を対象とした研究(東京大学医科学研究所、坪倉正治)でした。
1. 牛160頭(もともと殺処分になるはずだったものですが、家族同様にひそかに飼われていた)についての調査は、放射性物質を含まない水と餌を与えて、血液、尿、毛に含まれる放射性物質の量の変化及び遺伝子の変化を調べたものでした。その結果、放射性物質は3~6か月で体外に排出され見られなくなった、白血球の減少などの放射性物質の影響は現時点で見られないということでした。
2. 南相馬の調査の方は内部被爆に関するもので、震災後4年半のあいだ、坪倉医師が週の半分住み込んでのべ6万人に行った研究結果。内部被爆というのは、食べた物が体内に蓄積し継続的に体内で被爆し続けるということですが、南相馬に住み、現地の水道を使い、現地の食べ物を食べている住人に対し、坪倉医師がホールボディカウンターで放射線量を測った結果をまとめました。ホールボディカウンターとは、空港でボディチェックをするとき通るような、文字通り人が入れる大きさの装置で、体内からでる微弱な放射線を感知できるとのこと。その結果、大人に関しては、震災から8か月後の11月には68.8%の人から放射線が感知されましたが、1年3か月後には10%、2年3か月後には0~1.5%と減少していきました。子供に関しては、震災後7か月後には57.5%から出ていた放射線が、8か月で10%、1年3か月でほぼ0という結果でしたが、これは子供の方が代謝が速いためだと考えられるということです。この調査では、初めて南相馬に入った時に、すでに放射線量は非常に低かったと付け加えられています。
お二人の研究を多としたいと思うのは、自分の身の危険を伴うかもしれないにもかかわらず、そこに生きる人や動物に寄せる憐憫と使命感から始められたことではないかという気がするからです。前者は、殺すよう命じられている牛と生活を共にする農家に寄り添い、今ここでしかできない資料を残しているのであり、後者は医師として週の半分を現地で生活しながら、そこに住む人々の健康と安全に関する資料を残しているのです。真っ先に子供の状態を調べたところにその誠実さが表れているように感じます。
これは被爆5年後の放射線の影響に関する今現在の結果にすぎず、今後も継続的に研究は続けられていくのでしょう。原発施設で働く作業員の健康問題等は全く別の問題ですし、また一方で福島県の子供の甲状腺がんの発生率は20~50倍という気になる研究結果もあります。これは津田敏秀教授(岡山大学大学院)による研究で、東京の日本外国特派員協会での記者会見もありましたが、これについては様々な観点から考えなければいけないと思います。すでにデータ分析のずさんさが各方面から指摘されているようですが、私が疑問に思ったのは県内の放射線量の分布と甲状せんがん発生率に相関がないことと、他の都道府県との比較がないことです。福島では原発事故後、それぞれ2年くらいかけて子供全員に38万人規模の超音波スクリーニング検査をすでに2回おこなっていますが、他の都道府県では行われていません。県境を接する県でさえ実施されてはいないのですから比較はできません。何をもって20~50倍という数字が出たのでしょうか。以前、原発事故直後に首都圏でも線量計で個人が自宅近くの線量を測り、原発とは別な理由で線量の高い場所がわかって大騒ぎになった時、東京の職場で放射線量を測らないようにというお達しがでたことを思い出します。勝手に測られて汚染が判明したら大変なことになるからでしょう。
もちろん原発事故による放射能汚染が福島の子供に影響がなかったと言っているわけではありません。大いにあるでしょう。しかし、上記から導かれる結論はもっと悪いものです。県内の汚染物質分布と甲状腺がんの発生率に相関がないということは、日本全国の都道府県でこの超音波スクリーニングが行われたら恐ろしい結果が出るかもしれないということではないでしょうか。福島では調べたからわかったのであり、他の都道府県は調べていない。明らかな病状が出て甲状腺がんと診断されるまで人数にカウントされることはないのです。原発は全国にあり、放射性廃棄物の処理ができないのがわかっているのですから、この問題は本当に深刻な事態として受け止めなければならないと思います。