2017年12月2日土曜日

「狂うメカニズム」

 犬は群れの中で生きる動物ですが、家の中で一緒に暮らしているとほぼ人間のようになっていくようです。うちの犬は普段は昼間は独りで過ごしており、兄の帰宅を大喜びで迎えてご飯や散歩の世話をしてもらい、特に心配をかけることもなくちゃんとやっています。ところが、私が帰省するとこの生活が一変します。赤ちゃん返りをしてすっかり甘えた態度をとり、一言で言うとまるでダメな犬になるのです。兄の車が帰ってきても全く反応しないこともあり、お迎えにあがらないこともしばしばです。あまりの変貌ぶりに兄もあきれています。

 先日、犬の発作が久しぶりに起きる事態に遭遇しました。以前、一番最初に発作が起きた時は多分長く歩いて足が痛かったことが原因だったのですが、この前は事情が違っていました。兄の休みに合わせてちょっと寝坊しようと思い、いつもより30分ほど長く寝ていたのです。犬が起こしにやってきても「もう少しいいか」と布団の中にいました。念のため付け加えますが、まだ6時前の出来事です。あとで知ったことですが、犬は二階の兄のところへも行って、顔の周りを二回まわるという普段しないような動きをしたとのこと。そのあとでした。一階に降りて来て「キャン」と鳴きました。発作の悲鳴をあげたのです。私がすっ飛んで行って対応しても止まらず、すぐ兄が散歩に連れ出し、だいぶ時間がたってから無事帰ってきてほっとしました。散歩中は何事もなかったとのことで、その後も注意して見ていましたが、一日何事もなく過ごしそれからも無事過ごしています。

 この日は犬が瞬間的にであれ発狂する過程を目の当たりにし、心か頭かわかりませんが「狂う」という仕組みがだいぶ飲み込めました。つまりこうです。犬は犬で毎日自分のペースを守って暮らしていますが、私が帰省したために、この生活が大幅に乱れ、様々な日課を行う時間や内容が変わったのです。それでも、起床・朝の散歩・朝食・昼寝・夕方の散歩・夕食・就寝準備といった基本的な部分は守られていました。ところがそこに変化の第2波が来たのです。おそらくもう若くはなく、高齢犬の域に入ってきたことも影響しているでしょう。いつもの時間に散歩に行けず、家族を起こして回ったのですがうまくいかず、たぶんトイレにも行きたくなってどうしていいかわからなくなったのだと思います。犬の頭の中の小さなコンピュータはこの解けない問題に何度もトライし、堂々巡りを繰り返したことでしょう。そしてついに問題の解決方法が見つからず回線がショートしたのです。可哀想なことをしました。その後、普通の行動をたどったらすんなり回復し平常の状態に戻りました。

 犬とはいえ、群れで生きる動物として相当程度人間化している生態を考えると、これは人間が狂う過程と同じだと思うのです。この犬は成犬になってからは家の中でトイレをすることはありませんが、こういった生真面目さが裏目に出るのも人間と同じです。屋内で排泄しても平気な性格の犬なら発狂することはなかったでしょう。また、我が強くてガンガン家族を起こしにくるような犬なら、これまたこんなことにはならなかったはずです。どうしたらいいかわからないという事態は生物にとって危険な状態です。そしてそれは遠慮がちで気の弱い易しい生物であればあるほど発狂という方向に収束してしまうのです。外につながれているときは縄張りを守るという仕事で緊張することはあるでしょうが、大部分は家の中で過ごし外敵はいないという環境にあってさえうちの犬はこの状態なのです。七人の敵がいるような世間で生きている人間、殊にますます競争が熾烈になっている現代社会に生きている人間にとって、精神が狂うのはあまりにたやすいことでしょう。どうしたものでしょうか。とりあえず、ある程度きちんと自己主張できる訓練をすることは大事でしょうが、これとて限界があります。生来おとなしくて穏やかな性格である場合、自己主張することさえなんだか苦痛で、よほど自分に喝を入れないとできないのですから。今回、犬の場合は狂った原因が取り除かれてすぐ復元しましたが、人間はそうはいかない。取り巻く状況が複雑すぎて根本的な解決は到底望めません。精神を病む人が増えるのは無理からぬことです。