2019年10月31日木曜日
「紅春 146」
りくはますます老境に達し、先日、家庭内某重大事件が発生しました。兄の話では、朝の忙しい時に、まだ十分覚醒していない感じのりくを散歩に連れ出そうとしたら、りくはそのままお漏らししてしまったというのです。一応四つ足で立ってはいたのですが、まだ夢心地で、立ったまま悪びれずに漏らし放題・・・「あ、しまった」という様子は全くなく、優雅にやっていたそうです。兄には「絶対に叱らないで」と言っています。人間ならもう80歳なのですから、そういうことがあっても当たり前です。
私がいるときは、りくは朝5時ごろ起こしに来ますが、この時は頭がしっかり覚醒しているので、まだ失敗はありません。このところ膝痛でしんどい私よりずっとしっかりとした足取りで散歩に行き、普通通りに外でマーキングしながら用を足しています。猫はあまり水を飲まないので腎臓の病になりやすいという話を聞いたことがありますが、りくはよく水も飲み、大丈夫そうです。しかし、散歩中、マーキングというには結構盛大に用を足していることもあるので、人間同様、膀胱の貯水容量の機能低下があるかもしれません。な~に、お漏らしくらい何でもありません。「りくはボケじいになってお漏らししたっていいんだよ」と、最近よくりくに言っています。
2019年10月28日月曜日
「聖書と私:あらためて聖書とは」
(注)会報の最新号に依頼を受けて書いた原稿です。「聖書と私」はシリーズになっており、私は104人目の執筆者です。
聖書は不思議な書物である。「聖書と私」というお題をいただき、家にある聖書を取り出してみると自宅でも十冊を超えた。福島の家ならその数倍あるだろう。今は亡き母の手製のカバーが付いた子どもの頃使った聖書、「父より贈らる」と母の字で書かれた祖父からの聖書、また様々な機会にいただいた聖書も多く、自分で買ったものではない本がこんなに重なることは普通はない。また、これほど人に読ませたい書物でありながら、通読を先送りされる本も珍しい。きっとそばにあるだけで安心するのだろう。この点で聖書は極めて特異な本である。
小学校高学年から中学にかけての教会学校で、今思うと聖書を素読する時間があった。副牧師館と呼ばれた畳の部屋で、正座して相当長い聖書の箇所を音読した。あれはよかったと思う。日本語の聖書にはあらゆる漢字に読み仮名が振ってある。明治の文語訳からの伝統なのか、難しい漢字を知らなくても、たとえ小さな子どもでも、ひらがなさえ読めれば聖書が読めるのだ。これほどまでして万人に読ませたい熱意がうかがえる書物は他にない。これが日本語の本の中で聖書を唯一無二のものにしている点である。「読書百遍意自ら通ず」とはゆかずとも、読むことで伝わるものは確実にある。教会学校ではもちろん音読の後にその解き明かしが続いた。聖書ほど勝手な解釈が危険な書物もない。確かな導き手と共に読まねばならないという点でも聖書は極めて特殊な本である。
視力低下と病を得て早期退職した私は、昨日まであれほど大事だったものを一挙に処分した。翌年も、「昨年はまだこれが必要だと思っていたのか」と苦笑いしながら、また大量に捨てた。だが、聖書は私に残った。家中探していると、大学の教養課程で半期だけ取った西洋古典・荒井献先生の「新約聖書原典講読」のテキスト、即ちギリシャ語の聖書も出てきた。学生時代の本は全て処分したと思っていたのに、これだけは取ってあったのだ。今ではアルファベットもおぼつかないが、「エゴー・エイミ」はまだ分かる。日本語の聖書は、文語訳、口語訳、新共同訳、それに新改訳等があり、どれも捨てがたい趣がある。また、昨年は聖書協会共同訳が刊行された。この他に個人が手掛けた翻訳もあり、とにかく翻訳への思いが熱い。一つの書物に対してこれほど繰り返し翻訳が出されるという点でも、聖書は稀有な書物であり、これに匹敵する本はおそらく無い。
紙ベースで本を読むのが困難になって、私は活字をパソコンの音声ソフトで読むようになった。読書というより聴書である。ネット上に公開されているのは基本的に著作権の切れた古い著作物であるが、聖書ほどフリーデータを収集し易い本はない。パソコンに読ませた音声を録音しICレコーダーに入れて持ち歩くようになると、聖書を集中的に聴くことができ、脳内で不思議なことが起きたように思う。ばらばらに散らばっていた断片がガチャン、ガチャンと繋がる感じで、一瞬だが霧の晴れた山頂から美しい峰々を見渡せたような気がした。「読む」から「聴く」への転換によってもたらされた恵みであろう。神様は時に応じた聖書の読み方を与えてくださる。御計らいに感謝したい。
聖書は不思議な書物である。「聖書と私」というお題をいただき、家にある聖書を取り出してみると自宅でも十冊を超えた。福島の家ならその数倍あるだろう。今は亡き母の手製のカバーが付いた子どもの頃使った聖書、「父より贈らる」と母の字で書かれた祖父からの聖書、また様々な機会にいただいた聖書も多く、自分で買ったものではない本がこんなに重なることは普通はない。また、これほど人に読ませたい書物でありながら、通読を先送りされる本も珍しい。きっとそばにあるだけで安心するのだろう。この点で聖書は極めて特異な本である。
小学校高学年から中学にかけての教会学校で、今思うと聖書を素読する時間があった。副牧師館と呼ばれた畳の部屋で、正座して相当長い聖書の箇所を音読した。あれはよかったと思う。日本語の聖書にはあらゆる漢字に読み仮名が振ってある。明治の文語訳からの伝統なのか、難しい漢字を知らなくても、たとえ小さな子どもでも、ひらがなさえ読めれば聖書が読めるのだ。これほどまでして万人に読ませたい熱意がうかがえる書物は他にない。これが日本語の本の中で聖書を唯一無二のものにしている点である。「読書百遍意自ら通ず」とはゆかずとも、読むことで伝わるものは確実にある。教会学校ではもちろん音読の後にその解き明かしが続いた。聖書ほど勝手な解釈が危険な書物もない。確かな導き手と共に読まねばならないという点でも聖書は極めて特殊な本である。
視力低下と病を得て早期退職した私は、昨日まであれほど大事だったものを一挙に処分した。翌年も、「昨年はまだこれが必要だと思っていたのか」と苦笑いしながら、また大量に捨てた。だが、聖書は私に残った。家中探していると、大学の教養課程で半期だけ取った西洋古典・荒井献先生の「新約聖書原典講読」のテキスト、即ちギリシャ語の聖書も出てきた。学生時代の本は全て処分したと思っていたのに、これだけは取ってあったのだ。今ではアルファベットもおぼつかないが、「エゴー・エイミ」はまだ分かる。日本語の聖書は、文語訳、口語訳、新共同訳、それに新改訳等があり、どれも捨てがたい趣がある。また、昨年は聖書協会共同訳が刊行された。この他に個人が手掛けた翻訳もあり、とにかく翻訳への思いが熱い。一つの書物に対してこれほど繰り返し翻訳が出されるという点でも、聖書は稀有な書物であり、これに匹敵する本はおそらく無い。
紙ベースで本を読むのが困難になって、私は活字をパソコンの音声ソフトで読むようになった。読書というより聴書である。ネット上に公開されているのは基本的に著作権の切れた古い著作物であるが、聖書ほどフリーデータを収集し易い本はない。パソコンに読ませた音声を録音しICレコーダーに入れて持ち歩くようになると、聖書を集中的に聴くことができ、脳内で不思議なことが起きたように思う。ばらばらに散らばっていた断片がガチャン、ガチャンと繋がる感じで、一瞬だが霧の晴れた山頂から美しい峰々を見渡せたような気がした。「読む」から「聴く」への転換によってもたらされた恵みであろう。神様は時に応じた聖書の読み方を与えてくださる。御計らいに感謝したい。
2019年10月19日土曜日
「不戦敗の損得勘定」
まだワールドカップバレーを引きずっています。共に戦った疲れだけではありません。結果的に日本は、ブラジル、ポーランド、アメリカに次いで4位となり大健闘だったのですが、私には忸怩たる思いがあります。
11か国と戦う10戦目のブラジル戦の前に、主力選手IとFが「試合に出してほしい」と直訴したというのです。発端は前半何戦目かのアメリカ戦において、主力選手の一部に出番がなかったことにあります。それはアメリカ戦に勝つことより、主力の温存を図ったという以外の見方が私にはできないのですが、世界大会においてそんなことがあってよいのでしょうか。連戦で体は疲れているでしょう、日本の選手は体力的に不利だというのもその通りでしょう。しかし、選手はみなプロであり、自分の体のことは誰よりわかっているはずです。4年に一度しかない大会で、ランク的に強い相手に対して主力を出さないということはありえないことだと私には思えます。選手は勝負したいに決まっています。たとえ、完膚なきまで打ちのめされても、長い選手生活を考えればそれ以上に得るものがあったはずです。
監督のこの判断に私は愕然とします。自分も選手だったのだから、そのくらいわかっているはずですが、解説の元全日本センタープレーヤーのKも最終戦に勝って4位で終わることを最優先に考えていた節があるので、日本はずっとそういう考え方で来たのかもしれません。はっきりいいます。だから駄目だったのです。十代、二十代、あるいは三十代でも、最前線で戦う若者にとって、不戦敗はないでしょう。相手がどんなに才能にあふれ次元の違うレベルにあっても、挑戦するのが若者です。かなわないから体力を温存し、それ以降の戦いに備えるというのは若者をつぶすことに直結するでしょう。これはひどい、ひどすぎる。
今アジアチャンピオンはイランなのだそうですが、それを私が知らなかったのは、その座がいろいろな国の手に渡ってきたからです。「イランにできたなら、僕たちにできないことはない」とのI選手の言葉が紹介されていましたが、そうなのです。マンハッタン計画でアメリカがひた隠しにしたのは、原爆が完成したという事実そのものだったと聞いたことがあります。「アメリカにできたのなら我々にもできるはず」とドイツに思わせないためです。「○○にできて私にできないはずがない」と思えるのが若者だと言ってもよいと思います。この推力がなければ、若者が限界を超えてその力を爆発させることはないでしょう。本来自分が持って生まれたものからは到底できないようなことまでできてしまうのは、このような時だけです。この実体験があれば、今度は「一度できたのだから、またできる」と思えるようになり、さらなる挑戦をすることもあるでしょう。いわゆる天才との才能の違いを思い知らされ、「自分にはできない」と認めるのは何度も挑戦した後でよいのです。大人は若者のブレークスルーの機会を奪ってはなりません。
それをまざまざと見せてくれたのは、最終のカナダ戦でのN選手の進化です。最年少まだ十九歳ですが、もはや押しも押されもせぬ大黒柱となりました。フルセットにもつれ込んだ5セット目、8対9で負けていた大詰めの場面、ラジオにかじりついて聞き入っていると、彼のサーブの局面で日本は何と7連続得点で会場総立ちの勝利。そのうちサービスエースが5本、しかもこれらは相手の遅延行為と言ってもよいような試合中の間合い取りにも全く動ぜず、ビッグサーブを決め続けたほとんど神がかり的なパフォーマンスでした。私はスポーツに疎いのですが、アスリートが脱皮した瞬間に初めて立ち会った気がします。大人の方々にお願いです。どうか若者の成長を妨げるようなことだけはしないでください。「監督を替えろ~」などと言うと、プロ野球の負け試合でくだを巻いているおじさんたちと同じになるので、そうは言いませんけど。
11か国と戦う10戦目のブラジル戦の前に、主力選手IとFが「試合に出してほしい」と直訴したというのです。発端は前半何戦目かのアメリカ戦において、主力選手の一部に出番がなかったことにあります。それはアメリカ戦に勝つことより、主力の温存を図ったという以外の見方が私にはできないのですが、世界大会においてそんなことがあってよいのでしょうか。連戦で体は疲れているでしょう、日本の選手は体力的に不利だというのもその通りでしょう。しかし、選手はみなプロであり、自分の体のことは誰よりわかっているはずです。4年に一度しかない大会で、ランク的に強い相手に対して主力を出さないということはありえないことだと私には思えます。選手は勝負したいに決まっています。たとえ、完膚なきまで打ちのめされても、長い選手生活を考えればそれ以上に得るものがあったはずです。
監督のこの判断に私は愕然とします。自分も選手だったのだから、そのくらいわかっているはずですが、解説の元全日本センタープレーヤーのKも最終戦に勝って4位で終わることを最優先に考えていた節があるので、日本はずっとそういう考え方で来たのかもしれません。はっきりいいます。だから駄目だったのです。十代、二十代、あるいは三十代でも、最前線で戦う若者にとって、不戦敗はないでしょう。相手がどんなに才能にあふれ次元の違うレベルにあっても、挑戦するのが若者です。かなわないから体力を温存し、それ以降の戦いに備えるというのは若者をつぶすことに直結するでしょう。これはひどい、ひどすぎる。
今アジアチャンピオンはイランなのだそうですが、それを私が知らなかったのは、その座がいろいろな国の手に渡ってきたからです。「イランにできたなら、僕たちにできないことはない」とのI選手の言葉が紹介されていましたが、そうなのです。マンハッタン計画でアメリカがひた隠しにしたのは、原爆が完成したという事実そのものだったと聞いたことがあります。「アメリカにできたのなら我々にもできるはず」とドイツに思わせないためです。「○○にできて私にできないはずがない」と思えるのが若者だと言ってもよいと思います。この推力がなければ、若者が限界を超えてその力を爆発させることはないでしょう。本来自分が持って生まれたものからは到底できないようなことまでできてしまうのは、このような時だけです。この実体験があれば、今度は「一度できたのだから、またできる」と思えるようになり、さらなる挑戦をすることもあるでしょう。いわゆる天才との才能の違いを思い知らされ、「自分にはできない」と認めるのは何度も挑戦した後でよいのです。大人は若者のブレークスルーの機会を奪ってはなりません。
それをまざまざと見せてくれたのは、最終のカナダ戦でのN選手の進化です。最年少まだ十九歳ですが、もはや押しも押されもせぬ大黒柱となりました。フルセットにもつれ込んだ5セット目、8対9で負けていた大詰めの場面、ラジオにかじりついて聞き入っていると、彼のサーブの局面で日本は何と7連続得点で会場総立ちの勝利。そのうちサービスエースが5本、しかもこれらは相手の遅延行為と言ってもよいような試合中の間合い取りにも全く動ぜず、ビッグサーブを決め続けたほとんど神がかり的なパフォーマンスでした。私はスポーツに疎いのですが、アスリートが脱皮した瞬間に初めて立ち会った気がします。大人の方々にお願いです。どうか若者の成長を妨げるようなことだけはしないでください。「監督を替えろ~」などと言うと、プロ野球の負け試合でくだを巻いているおじさんたちと同じになるので、そうは言いませんけど。
2019年10月12日土曜日
「まもなく台風の襲来です」
昨日から台風対策で慌ただしくなっています。やるべきことはやったつもりでいたのですが、今日は朝から何度も「500ミリの大雨と風速60メートルの強風」予報が流され、やはりただ事ではないとおののいています。これでは停電はほぼ必至なのでは…? 来るとわかっていながらどうしようもないのか…。いてもたってもいられず、最後のあがきをすることにしました。
1.飲料水をもう少し貯めておく
とっておいた厚手のビニール)ジッパー付き)5袋に水を入れ、一応風呂場に保管。3キロ~5キロの米が入っていた袋なので、これでさらに20リットル以上の水を貯めることができた。
2.食料を食べられる状態にして冷凍保存する
蕎麦をゆで冷凍保存。米飯を炊き冷凍保存。冷凍庫の鶏むね肉と鮭も蒸して冷凍保存。停電しても解凍状態となり、そのまま食べられる。食べ物がすぐ腐る暑さの時期でないことはありがたい。カップ麺は減塩生活のため普段から置いていない。あったとしても電気またはガスが使える時しか利用できないという点で不利である。
3.充電器用乾電池のフル充電をする
普段使っているTV音声も入るラジオは、単4電池4本で丸一日使える。3日分の電池をフル充電する。もう一台、パソコン端末から充電するタイプのラジオも念のため充電しておく。灯り用としては、単3一本で使える小型懐中電灯があるので、単3六本をフル充電する。また、いつもパソコンにつないで使っている小型だが強力なスタンドはフル充電で丸2日以上持つようだ。多分これで大丈夫だろう(ろうそくとマッチも一応あるが、火事が恐いので最終手段とする)。
4.必需品ではなくても、あればうれしいものを用意しておく
昨日、くるみパンを焼いてくるみが無くなったので、午後買い足しに行った。くるみとアーモンドの大袋を買い、なんとなく安心した。チョコレートやビスケットは山で遭難した時のっバージョンだとすると、こちらは無人島に漂着のバージョンである。何の話かと言えば、あらゆる場合に対応できるという自信である。そして最後に、サイフォンでコーヒーを淹れ、携帯用サーモス2本を満タンにした。不測の事態に見舞われた時、この一杯の熱いコーヒーがあるという心の余裕が行動の決定的な差となってあらわれる(はず)。
こうしてできる限りのことはやり終えました。すでに疲れました。冷蔵庫は料理でいっぱいです。今後三日間は調理をせずに過ごせるだろうと思います。これでもまだ甘いでしょうか。だんだんガラスに当たる雨が激しくなってきました。あとは無事に過ぎてくれることを祈るばかりです。
1.飲料水をもう少し貯めておく
とっておいた厚手のビニール)ジッパー付き)5袋に水を入れ、一応風呂場に保管。3キロ~5キロの米が入っていた袋なので、これでさらに20リットル以上の水を貯めることができた。
2.食料を食べられる状態にして冷凍保存する
蕎麦をゆで冷凍保存。米飯を炊き冷凍保存。冷凍庫の鶏むね肉と鮭も蒸して冷凍保存。停電しても解凍状態となり、そのまま食べられる。食べ物がすぐ腐る暑さの時期でないことはありがたい。カップ麺は減塩生活のため普段から置いていない。あったとしても電気またはガスが使える時しか利用できないという点で不利である。
3.充電器用乾電池のフル充電をする
普段使っているTV音声も入るラジオは、単4電池4本で丸一日使える。3日分の電池をフル充電する。もう一台、パソコン端末から充電するタイプのラジオも念のため充電しておく。灯り用としては、単3一本で使える小型懐中電灯があるので、単3六本をフル充電する。また、いつもパソコンにつないで使っている小型だが強力なスタンドはフル充電で丸2日以上持つようだ。多分これで大丈夫だろう(ろうそくとマッチも一応あるが、火事が恐いので最終手段とする)。
4.必需品ではなくても、あればうれしいものを用意しておく
昨日、くるみパンを焼いてくるみが無くなったので、午後買い足しに行った。くるみとアーモンドの大袋を買い、なんとなく安心した。チョコレートやビスケットは山で遭難した時のっバージョンだとすると、こちらは無人島に漂着のバージョンである。何の話かと言えば、あらゆる場合に対応できるという自信である。そして最後に、サイフォンでコーヒーを淹れ、携帯用サーモス2本を満タンにした。不測の事態に見舞われた時、この一杯の熱いコーヒーがあるという心の余裕が行動の決定的な差となってあらわれる(はず)。
こうしてできる限りのことはやり終えました。すでに疲れました。冷蔵庫は料理でいっぱいです。今後三日間は調理をせずに過ごせるだろうと思います。これでもまだ甘いでしょうか。だんだんガラスに当たる雨が激しくなってきました。あとは無事に過ぎてくれることを祈るばかりです。
2019年10月11日金曜日
「速報 ワールドカップバレー」
日本で開催されているのはラグビーのワールドカップだけではありません。四年ごとに開かれるワールドカップバレーも時を同じくして行われています。前にも書いた気がしますが、私はドはまりの世代なのでこの時期は本当に疲れます。福島の家には大型のテレビがあり、試合観戦を楽しんできましたが、ファン心理というものは理性では説明が付きません。毎日リキ入れて応援してしまうのです。特に男子バレーはずいぶん強くなっている。四年前にすでに日本男子バレー史上最高の逸材と言われていたI選手はイタリアリーグで武者修行しているとのことで、自信にあふれたパフォーマンスを見せています。動きが速すぎてよく見えないほどですが、これを眼福と言わずして何と言いましょう。他国の選手に比べれば体格で劣ることは否めませんが、それを上回る素晴らしいプレースタイル、老成したと言ってよいほどの落ち着きとテクニック、感服しました。また、今回十九歳で登場したN選手には、すでにチームの大黒柱の片鱗が見えます。若い人が非常に頼もしい。これはもう、全国のバレー世代おばさんたちの心鷲づかみでしょう。おごりの春のうつくしきかな、でよいではありませんか。人生の秋ともなると、おばさんは若い方々が一つのことに全力で打ち込んでいる姿を見ると、わけもなく涙が出てしまうものなのです。他の選手たちも本当に一生懸命で健気、ポーランド戦で負けた時などは、もう途中からハラハラして見られない有様…。翌日、N選手は「あの試合は自分のせいで負けたようなもの」と総括しており、普段、自分の責任を糊塗するおじさんばかり見ているせいで、思わず「エライ!」と叫んでしまう。自分の駄目さ加減を認めない限り、そこから先へは進めないのだから。
東京ではラジオで観戦してもあまり面白くないが、とりあえずフォロー。昨日はロシア戦に勝利、なんと十年ぶりとのこと。日本がマッチポイントを取ったあたりで、解説の元全日本センタープレーヤーのタレントKが「ロシアに勝ちたいなあ」と絶叫していた。なにしろこの十年、ロシアには一勝もできていなかったのだ。この日、選手たちは十年越しの悲願達成に沸いた。ただ、N監督のインタヴューに愕然。確か残りの試合について答えて、「高望みせず」というような言葉を使っていた。「高望みしろよ!」と茶の間で叫んだのは私だけではあるまい。初戦の時も、目標は8位」という監督に対し、「監督、目標が低すぎます」と選手たちが述べたというエピソードが紹介されていた。彼らはマジでメダルを狙っている。監督のこの姿勢は何かの作戦なのか、それともただの駄目おじさんなのか…。ほら、文章がいつの間にか敬体から常体になり、私の文体もこんなに乱れている。たとえ理性が吹っ飛んでも、おばさんは応援するぞ。今後の勝敗の推移を冷静に見守っていけるとよいのだが、ま、それは無理か。
東京ではラジオで観戦してもあまり面白くないが、とりあえずフォロー。昨日はロシア戦に勝利、なんと十年ぶりとのこと。日本がマッチポイントを取ったあたりで、解説の元全日本センタープレーヤーのタレントKが「ロシアに勝ちたいなあ」と絶叫していた。なにしろこの十年、ロシアには一勝もできていなかったのだ。この日、選手たちは十年越しの悲願達成に沸いた。ただ、N監督のインタヴューに愕然。確か残りの試合について答えて、「高望みせず」というような言葉を使っていた。「高望みしろよ!」と茶の間で叫んだのは私だけではあるまい。初戦の時も、目標は8位」という監督に対し、「監督、目標が低すぎます」と選手たちが述べたというエピソードが紹介されていた。彼らはマジでメダルを狙っている。監督のこの姿勢は何かの作戦なのか、それともただの駄目おじさんなのか…。ほら、文章がいつの間にか敬体から常体になり、私の文体もこんなに乱れている。たとえ理性が吹っ飛んでも、おばさんは応援するぞ。今後の勝敗の推移を冷静に見守っていけるとよいのだが、ま、それは無理か。
「今年最強の台風に備えて」
台風という気象現象が私の子どもの頃とは明らかに違ってきています。生まれ育った場所が東北ということも関係しているのでしょうが、私は台風を楽しみにしていたのを思い出します。めったに来ないし、集中豪雨の迫力と吹きすさぶ嵐が繰り広げる猛烈なスペクタクルを窓に張り付いて凝視するのを常としていました。今はそんな危険なことはできません。昨日、集合住宅のエレベーターに乗り合わせた居住者(小さなお子さんのいる二人のお母さん)は、「窓にガラス飛散防止の保護シート貼る?」と話し合っておりました。今日聞けば、今のところ静岡に上陸の見込みで、これは台風の東側に当たる関東から見ると、最悪の事態が予想される状況とのことです。
昨日から私は台風に備えはじめ、まず水の確保をしました。たぶん1年以上替えていない18リットル入りのポリタンクの水を浴槽に入れ、新しい水にしました。2リットル入りのペットボトル8個も同様です。浴槽にはできる限り水を張り、不測の事態に備えました。午後は買い物に出て、電気やガスが止まっても3日間は耐えられるような食糧を購入しました。缶詰はもちろん(さば缶3パック278円は激安!)、常温で置けるトマトジュースや豆乳はありがたい。私の行く小さなスーパーではバナナはもうほとんどなくなっていましたが、とりあえず1房ゲット。皆考えることは同じです。これを機に普段自制しているお菓子や煎餅も非常食という名目で購入することにし、ちょっとうれしい。
次に今日行ったのは調理です。電気やガスが使えなくなった場合、冷蔵庫もダメになるわけですから、できるだけ具材に火を通しておく必要があります。ドライカレーを作り、これをスライスチーズとともに食パンにはさんでカレーパンとして冷凍しておくのは一つの手です。実はしばらく前から某コンビニのカレーパンにはまっていたのですが、人気の品らしく売り切れのことが多かったことから、自分で作ることにしたのです。サンドイッチメーカーで両面を軽く焼いておくと、解凍と同時においしく食べられます。今日はクルミパンも焼くことにしました。ここしばらく高血圧、高血糖の心配が出てから、朝は蕎麦にしていたのでパンを焼く機会がなかったのです。しかし、電気が止まるかもしれない非常事態なのですから、あとで「焼いておけばよかった」という後悔はしたくない。先月の千葉の台風被害で目が覚めました。電気、ガス、水道はあって当たり前過ぎて、それが失われた時の想像が及ばない。東日本大震災で体験したはずなのに、日がたつにつれて気持ちに緩みが出るのは避けられません。仕切り直しです。
さて、ここまで準備してあとは飛来物による窓ガラス等の破損、何らかの建物への被害ですが、ベランダやバルコニーには何も置いていない身としては、他の住戸からの被害を考えても仕方がない、皆さんがそれぞれ理性的に行動されるのを願うほかありません。風速60メートルでは車も空を飛ぶらしいので、これは想像もつかない。そこまでの威力がありませんようにと祈るばかりです。もう一つ最後の心配は,翌・日曜日の交通状況です。この日はよりによって前々から自分で礼拝登板を希望していた日です。「バスは? 電車は? 果たして渋谷まで辿り着けるのか、午後は会報委員会もあるし…」と、不安がよぎりますが、これこそ神様にお任せして、「台風よ、来るなら来い」と安んじて過ごしたいです。
昨日から私は台風に備えはじめ、まず水の確保をしました。たぶん1年以上替えていない18リットル入りのポリタンクの水を浴槽に入れ、新しい水にしました。2リットル入りのペットボトル8個も同様です。浴槽にはできる限り水を張り、不測の事態に備えました。午後は買い物に出て、電気やガスが止まっても3日間は耐えられるような食糧を購入しました。缶詰はもちろん(さば缶3パック278円は激安!)、常温で置けるトマトジュースや豆乳はありがたい。私の行く小さなスーパーではバナナはもうほとんどなくなっていましたが、とりあえず1房ゲット。皆考えることは同じです。これを機に普段自制しているお菓子や煎餅も非常食という名目で購入することにし、ちょっとうれしい。
次に今日行ったのは調理です。電気やガスが使えなくなった場合、冷蔵庫もダメになるわけですから、できるだけ具材に火を通しておく必要があります。ドライカレーを作り、これをスライスチーズとともに食パンにはさんでカレーパンとして冷凍しておくのは一つの手です。実はしばらく前から某コンビニのカレーパンにはまっていたのですが、人気の品らしく売り切れのことが多かったことから、自分で作ることにしたのです。サンドイッチメーカーで両面を軽く焼いておくと、解凍と同時においしく食べられます。今日はクルミパンも焼くことにしました。ここしばらく高血圧、高血糖の心配が出てから、朝は蕎麦にしていたのでパンを焼く機会がなかったのです。しかし、電気が止まるかもしれない非常事態なのですから、あとで「焼いておけばよかった」という後悔はしたくない。先月の千葉の台風被害で目が覚めました。電気、ガス、水道はあって当たり前過ぎて、それが失われた時の想像が及ばない。東日本大震災で体験したはずなのに、日がたつにつれて気持ちに緩みが出るのは避けられません。仕切り直しです。
さて、ここまで準備してあとは飛来物による窓ガラス等の破損、何らかの建物への被害ですが、ベランダやバルコニーには何も置いていない身としては、他の住戸からの被害を考えても仕方がない、皆さんがそれぞれ理性的に行動されるのを願うほかありません。風速60メートルでは車も空を飛ぶらしいので、これは想像もつかない。そこまでの威力がありませんようにと祈るばかりです。もう一つ最後の心配は,翌・日曜日の交通状況です。この日はよりによって前々から自分で礼拝登板を希望していた日です。「バスは? 電車は? 果たして渋谷まで辿り着けるのか、午後は会報委員会もあるし…」と、不安がよぎりますが、これこそ神様にお任せして、「台風よ、来るなら来い」と安んじて過ごしたいです。
2019年10月10日木曜日
「語り口の刻印」
もう二カ月以上前のことですが、私が編集後記を書いた会報のことで或る方からおはがきを頂きました。その時は「ご丁寧にありがたい」と恐縮し、お礼を後日口頭で伝えただけでしたが、よく考えると実際「有難い」ことだったと最近思うようになりました。編集後記は実際の編集作業を誰がしたかとは無関係に会報委員が順番に書いていますが、その号は私の番で、追悼のページについて中心に書きました。会員の中にはご高齢の方も多いので、会報に天に召された方の「追悼」のページが掲載されることがあります。その号もそうでした。おはがきをくださった理由は、「追悼」のページ内に載せきれなかった背景について、編集後記で触れたこととも関連していましたが、趣旨は「心からの共感」を伝えたいとのことでした。
しかし、編集後記の署名はアルファベットの頭文字でなされており、はがきの書き出しも「M・K様ですよね」で始まっていました。私は会報委員ですが、客員なので各委員会の構成員としては名前は記載されていません。ですから、私が会報委員であることを知らない方も結構います。依頼されて会報や他の紙面に原稿を書いたのはこれまで五、六回でしょうか。してみると、おはがきをくださったご年配の方は、編集後記のM・Kという署名だけを見て、なんらかの理由で執筆者が私であると断定し、その日のうちに名簿から私の住所を探しおはがきをくださったということになります。数日待てば教会でお会いするのですから、私が書いたものであることを確かめ、言葉を交わすこともできたはずです。そう考えると、編集後記はいかにも私が書きそうなことが私の言葉遣いで書かれていたことになり、その方は私の言葉遣いの刻印からそう確信して、時を移さず筆を執り共感を示してくださったのです。こんなことはなかなかできないことで、「有難い」というのはそういう意味です。人に固有の文体というものがあるのかどうかわかりませんが、私の書いた編集後記(固有名詞は不記載)を記しておきます。
編集後記
五頁にある句は、「次回はダンナ様にお会いしたいわ」との○○姉の求めに応じて見舞われた□□夫妻が、病室から満開の桜を見て ○○姉が口にされた句を書き留められたものです。「花彩る春を/この友は生きた、いのち満たす愛を/歌いつつ……」(『讃美歌 21 』 三八五番)。私たちは、大切な人が群れの中から天に移される時、堪え難い寂しさの一方で、共に過ごせたかけがえのない時間の、この上なく幸福な記憶で満たされます。召された者たちは生きている者とは違う仕方で私たちに触れ、私たちの歩みは強くされて、復活の初穂となられたキリストを感じるのです。
私たちの世界には、大きな気候変動や想像を絶する事件・事故が絶えません。神様が良しとされた世界へ、全ては神への立ち返りを求めているように思います。「わたしはあなたの背きを雲のように/罪を霧のように吹き払った。わたしに立ち帰れ、わたしはあなたを贖った(イザヤ書四四章二二節)。」
七月号も多くの方々のご協力により発行することができました。会堂建築着工という神のわざに感謝と祈りをもって応え、その恵みを味わいつつ過ごしたいと願います。(M・K)
しかし、編集後記の署名はアルファベットの頭文字でなされており、はがきの書き出しも「M・K様ですよね」で始まっていました。私は会報委員ですが、客員なので各委員会の構成員としては名前は記載されていません。ですから、私が会報委員であることを知らない方も結構います。依頼されて会報や他の紙面に原稿を書いたのはこれまで五、六回でしょうか。してみると、おはがきをくださったご年配の方は、編集後記のM・Kという署名だけを見て、なんらかの理由で執筆者が私であると断定し、その日のうちに名簿から私の住所を探しおはがきをくださったということになります。数日待てば教会でお会いするのですから、私が書いたものであることを確かめ、言葉を交わすこともできたはずです。そう考えると、編集後記はいかにも私が書きそうなことが私の言葉遣いで書かれていたことになり、その方は私の言葉遣いの刻印からそう確信して、時を移さず筆を執り共感を示してくださったのです。こんなことはなかなかできないことで、「有難い」というのはそういう意味です。人に固有の文体というものがあるのかどうかわかりませんが、私の書いた編集後記(固有名詞は不記載)を記しておきます。
編集後記
五頁にある句は、「次回はダンナ様にお会いしたいわ」との○○姉の求めに応じて見舞われた□□夫妻が、病室から満開の桜を見て ○○姉が口にされた句を書き留められたものです。「花彩る春を/この友は生きた、いのち満たす愛を/歌いつつ……」(『讃美歌 21 』 三八五番)。私たちは、大切な人が群れの中から天に移される時、堪え難い寂しさの一方で、共に過ごせたかけがえのない時間の、この上なく幸福な記憶で満たされます。召された者たちは生きている者とは違う仕方で私たちに触れ、私たちの歩みは強くされて、復活の初穂となられたキリストを感じるのです。
私たちの世界には、大きな気候変動や想像を絶する事件・事故が絶えません。神様が良しとされた世界へ、全ては神への立ち返りを求めているように思います。「わたしはあなたの背きを雲のように/罪を霧のように吹き払った。わたしに立ち帰れ、わたしはあなたを贖った(イザヤ書四四章二二節)。」
七月号も多くの方々のご協力により発行することができました。会堂建築着工という神のわざに感謝と祈りをもって応え、その恵みを味わいつつ過ごしたいと願います。(M・K)
2019年10月8日火曜日
「紅春 145」
柴犬人気は海外にも広まっているようで、先日、子犬を飼い始めたオランダの家族の放映を見ました。その家に引き取られた子は、一緒に生まれた兄弟の中でもひときわ大人しく、他の兄弟が活発なのに対して、ケージの隅でお座りしている様子が「あ、りくと同じだ」と思いました。
オランダでは赤ちゃんが生まれると、窓のところにその子の名前を知らせるデコレーションをするとのことですが、引き取った家でも子犬の名前を知らせるバルーンを飾っていました。家の中も歓迎一色の状態なのですが、肝心の子犬は環境の違いに固まってしまい、全然動こうとしませんでした。「そうそう、りくもこんなふうだった」と思い出しましたが、飼い主さん(二十歳前後の息子が二人いるお父さんでした)は、「動かない、ドッグフードを食べない、元気がない」の三重苦に平静さを失っていました。撮影されているせいだと思ったらしく、この日の撮影は中止を言い渡されました。いや、そうじゃないのです。思わず「柴の赤ちゃんでおとなしい子は環境に慣れるのに時間がかかります。最初はみんなこうだから、心配いりませんよ」と声を掛けてあげたくなりました。このお父さん、心配でケージのわきで一緒に寝たらしく、翌日は目の下にクマができていました。ああ、いい人だなあ。
翌日、外に連れ出してもやはり動かず・・・そうそう、りくも散歩ができるまでに時間がかかったなあと思い出し、こうやって少しずつりくもいろいろなことを学んでいったんだ、二階に上がれるようになったのはなんと9年目だったっけ…と何だかしんみりしました。そのうち慣れてきたようで、動き回れるようになったところで番組は終わりましたが、飼い主さんが犬と一緒に一喜一憂するような愛情にあふれた方だったので、「いい家にもらわれて幸せだねえ」と、穏やかな気持ちになれました。
りくは散歩のときは元気に歩いていますが、帰ってくると素直に家に入って休むことが多くなりました。疲れた後は正体もなく寝ています。もうすぐ13歳になります。人間なら八十歳くらいですから、一日のほとんどを寝て過ごすのも無理はありません。赤ちゃんだった日から長い年月がたちました。この歳まで元気でいてくれて感無量です。
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