2017年7月19日水曜日

「Paper Lanterns を見て」

 7月8日にニューヨーク国連本部で、核兵器の開発や保有、使用などを全面禁止する「核兵器禁止条約」が採択されたという報道がありました。唯一の被爆国である日本が参加しないのは、いつものことではありますが、私などには到底理解できないことです。おそらく、アメリカが参加しないから以外の理由はないのでしょが、公式的には「日本は核保有国と非保有国が協力する中で核兵器のない世界を目指しており、核保有国、非保有国の対立を深めるこのような条約交渉には署名しない」のだそうです。何とでも言えるものだと開いた口がふさがりません。。

 さて、偶然ですがその翌日の日曜日、礼拝後にごく少人数でPaper Lanternsという映画を見ました。太平洋戦争中に広島で捕虜となり、他の日本人同様、原爆投下により亡くなった米兵について、40年の歳月をかけて遺族を突き止め平和祈念館に被爆者登録した森重昭(もりしげあき)さんのドキュメンタリーです。この方は、 2016年5月27日に史上初めて米国大統領として広島を訪れたオバマ大統領が抱擁した方として注目を浴びました。映画自体は日本でもアメリカでも配給されていないもので、教会員でこの活動に携わっている方がいたおかげで大変貴重なものを鑑賞することができました。

 森さんは、8歳で被爆、その後40年ほどかけて、広島への原爆投下時に米飛行士捕虜12人(1945年7月28日、呉湾での戦いで、米軍大型機2機、小型機5機が撃墜されたことによる)が犠牲になったことを調査し、米国全土に国際電話をかけて全員の遺族と連絡をとるという地道な作業を丹念に行いました。原爆投下の犠牲者の中に米兵がいたことは伏せられており、米政府や軍から遺族へ知らされることもありませんでしたが、長年にわたる森さんの調査により、米政府および軍は初めてその事実を認めることとなりました。

 オバマ大統領の広島訪問には様々な難しい障害があったことと推察されますが、「謝罪はいらない、来て欲しい」という被爆者の訴えに応えたものであったのは間違いありません。森さんの活動も、敵味方を越えた人間として、その最期を遺族に知らせたものでした。大変な執念です。人は人間としてきちんと葬られない限り死なない。森さんはその葬りを自分の使命として行った人でした。