2016年2月24日水曜日

「海外への留学生数について」

 「かつて米国の大学に惹きつけられていた日本人学生が、内に籠もるようになった」という記事がワシントン・ポスト紙に掲載されたのは、2010年4月11日でした。その頃、日本人の海外留学者数が減少しており、学生が内向きになったなどと言われていましたが、実際のところどうなのでしょう。
 留学者の人数を把握するのにすぐ手に入る資料は、ユネスコ統計局,OECD,IIE等における統計によるいわば受け入れ側のもの(資料A)と、日本学生支援機構の調査によるいわば送り出す側の大学等が把握しているもの(資料B)があるのですが、例えば2012年の主な留学先とその人数は次の通りです。

(資料A)                       (資料B)
 1 中国        21,126人          1 ばアメリカ合衆国  15,422人
 2 アメリカ合衆国  19,568人          2 カナダ                 6,333人
 3 イギリス       3,633人          3 中国            5,796人
 4 台湾           3,097人           4 オーストラリア      5,768人
 5 ドイツ             1,955人           5 イギリス            5,641人
 6 オーストラリア       1,855人                     6 韓国                    5,542人
 7 フランス              1,661人           7 ドイツ                  2,495人
 8 カナダ              1,626人                     8 フランス            2,290人
 9 韓国                  1,107人                     9 タイ                   1,909人
10 ニュージーランド     1,052人                    10 台湾                 1,680人

(資料B)は年度統計であるため集計時期が3か月ずれるということがあるにしても、二つの数字はあまりに違うので整合性をつけるのは難しいように思われます。その原因としては「高等教育」の定義が違うのか、「留学」の定義が違うのか、くらいしか思いつきません。この時点で、(資料A)を二次的な参考資料とすることにし、(資料B)について考えることにしました。日本において調査に応じない大学等や在籍学校に届けずに留学している学生が数多くいるとは考えにくく、この資料の方が信頼がおけると思うからです。特に中国への留学者数はどう扱っても説明がつかないものが残るように思います。(あと考えられるのは企業や政府および公共団体等からの派遣ですがそれほど多いのでしょうか。)
 さて、それぞれの資料には次のような別個のグラフがついています。

(資料A)   留学生数の推移を示す1983年から2012年までの折れ線グラフ
(資料B)   留学期間別内訳を示す12012年度及び2013年度の棒グラフ

(資料A)のグラフによると、1983年の留学者総数は18,066人、2004年の留学者総数は82,945人ですから、これだけ見ると20年間で約4.6倍になったことになります。ずっと右肩上がりに増えていた総数が2003年に一度74,551人まで下がり、翌年にはこれまでで最多の82,945人まで増えますが、その後は2011年の57,501までまで一貫して減少し続けています。しかしこれでも1983年の3.2倍近い数です。これを少ないと言ってよいのかわかりませんが、その内訳を見てみることにします。

 ここで出番となるのが(資料B)の棒グラフで、留学期間の傾向を推測するのに役立ちます。2012年度の例でいうと次の通りです。
留学期間1年以上   2.1%    (1,408人)
6か月以上1年未満 17.7%   (11,597人)
3か月以上6か月未満  11.0%  (7,197人)
1か月以上3か月未満  11.7%  (7,667人)
1か月未満           56.9% (37,197人)

3か月未満で重要な研究ができないとは言いませんが、この結果からするとおそらく留学者の7割程度は語学習得や国際交流を主目的とする留学なのではないかと想像されます。これはこれで非常に意味のあることですが、いわゆる研究のための留学者は年間1万人~2万人といったところでしょうか。決して少ない数ではないように思います。

 ワシントン・ポスト紙が懸念するように、米国への留学生が減っているのは間違いないでしょう。なにしろお金がべらぼうにかかる。非営利団体カレッジボードの調査によると、州政府が財政難から補助金を削ったせいで、2011~12年度に全米の公立大の学費値上げ幅は平均で前年度比8.3%に達したとのこと。授業料や部屋代、食費など留学中の9カ月間にかかる諸費用の平均は、2011~12年度が公立の4年制大学で3万3973ドルで、3年前に比べて16%も上がっているというのですから、私費留学が経済的に困難になってきていることは疑いありません。ちなみにハーバード大は4万866ドル、コロンビア大は4万7246ドル)

 しかし、慶応大学や早稲田大学が公表している資料によれば、大学間の学生交流に関する協定に基づいて行われる交換留学生は増えていることがわかります。これは経済的負担が少なくて済むからと思われ、早稲田のデータでは、294人(2010年) → 326人(2011年) → 314人(2012年) → 423人(2013年) → 559年(2014年)となっています。
ちなみに早稲田の場合、長期派遣学生の留学先の第一位は2010年から2014年までずっとアメリカです( 387人 → 422人 → 529人 → 571人 → 567人 )。 2位と3位はイギリスと中国が分け合っていますが、いずれも100名前後ですから、いかにアメリカへの留学生が圧倒的に多いかわかるでしょう。

 確かに1994年~1997年の期間は、アメリカへの留学生数は日本人が世界第1位でした。1998年以降は中国が日本を上回り、2011年、日本の留学生数は、中国、インド、韓国、サウジアラビアなどに大きく引き離され、7位になっています。人数的には中国の十分の一です。しかし、そもそも人口統計上この年代の若い人の数が全く違いますし、10位までの国名は5位のカナダを除けばいわゆる西洋諸国は一か国もありません。(6位台湾、8位ベトナム、9位メキシコ、10位トルコです。) 

 (資料A)のグラフで、2003年に留学者数が減っているのは前年のアメリカ合衆国における9.11テロの影響が考えられますし、(資料B)で中国への留学生が2013年度に前年比マイナス30%なのは尖閣諸島国有化に端を発する反日デモが影響しているかもしれません。様々述べてきましたが、命の危険も伴う昨今の状況の中で、留学生は自分の能力や環境に応じて留学によって得られるものと失う可能性のあるものを天秤にかけて、賢く現実的な対応をしているだけだというのが結論です。