2021年11月11日木曜日

「世相小説が示すもの」

  学識を駆使して社会のパラダイム変化を縦横無尽に解説するのは学者の仕事ですが、優れた作家がその成果を踏まえて書いた小説が最近多く出ているようです。こういった小説は素人が面白く読めるだけでなく、学術書ではピンとこない事柄をぐいぐい読ませる力があり、教えられることが多くあります。世相を表す現実を鋭くえぐる筆致には「よく勉強してるな」と感心させられるとともに、深刻になりがちなテーマをコミカルに描くところに、落ち込むことなく飽きずに読める手腕を感じます。

 社会における家族形態の変容は最も中心的なテーマで、たとえ一世代あるいは二世代前と同じに見える家族構成でも中身は全く変貌していることをこれでもかと知らされます。私が読んだ限りでは、かろうじて家族の形を保っている家庭において、家族が崩壊しないための法則が一つあることが多くの書き手によって示されています。それは家庭における役割分担をできるだけ公平にするということです。平たく言うと唖然とするほど簡単なことで、「家事は女が担うもの」という先入観を捨てることです。これは夫婦がフルタイムで働いている場合だけでなく、驚くなかれ、夫が定年退職した年配の夫婦、夫が家計の全収入を担い妻が専業主婦の夫婦に至るまで、通底するルールのようです。たとえ家庭科共修の世代でも「一般に女は雑事に配慮してくれるもの」との思い込みが無意識レベルで浸透しているのは恐ろしいほどで、どうもここを崩さないとなんとか家庭を維持することが困難だと考えられているようです。

 「男は仕事、女は家事・育児」といった親の世代の常識的観念の中で育てられ、すっかりそれに染まってしまった人にとっては困難な未来が待っています。多くの話の中でそれとなく描かれるのは、男も女も結婚によってそれまでより生活が楽になることを期待しているということです。女は生活費を、男は家事労働を、相手に依存しようとしているのですが、並行して女は家事労働を、男は生活費を全面的に提供することはあまり念頭にないようです。これからは両者がどちらも担うことになる、即ち結婚前より大変な生活になることを前提にしなければ、家庭を存続することはできないという実例を、成功例・失敗例とともに教えられます。生活が今より大変になる、さらに、やがては子育てという責任ある大役を引き受けることになるという状況に踏み出すには、相当の覚悟が必要です。逆にお互いが協力的かつ楽観的で、適宜話し合いながら生活できるなら、家庭はなんとかなっていくものです。それは心情的には相手を思いやるという一語に尽きますが、実際的、具体的には仕事力、家事力を合わせての生活力を上げるしかないということなのです。

 もう一つ見過ごせないのは親子関係です。親の子を思う気持ちは自然なものですが、親には親なりの希望があるため、それが強すぎると大きな障害になります。親による代理婚活というものがあると知って驚きましたが、こういうものはご縁ですし、そこに至るまでに様々な過程があるでしょうから、いいとも悪いとも言えません。曇りのない目で子供の幸せを考えてほしいと思うだけです。ただ、話の中で年老いていく親が自分の老後を計算に入れて動く姿を見せられると、何とも言えない悲しさがあります。無念なことかもしれませんが、時代の転換はあまりに早く、今の年配者は前時代の幻を追うより、自分の老後は自分で面倒を見るという決心が必要だろうと思います。

 小説はいつでも現実より先駆的ですから、もはや一世代前に中心的だった家庭とは相容れない疑似家族形態もたくさん登場します。こちらは血縁や婚姻関係に関わりなくその時々の事情により緩い共同生活をするつながりですから、当事者同士の気持ちの赴くままに離れたり別れたりすることが容易に起こります。そしてその舞台は百人百様であり、家族であろうと疑似家族であろうと住み処を必要とする以上、これは地域を含めた住まいの問題と切っても切り離せない様相を呈しています。地域としては、都心、郊外、ニュータウン、地方の小都市、過疎地、海外・・・、住居としては、一戸建て、分譲マンション、二世帯住宅、シェアハウス、親の実家、高齢者用住居、独身寮、賃貸住宅、ホテル住まい・・・と十人十色です。住むところとはその人の生活そのものであり、生活を変えると多くは住まいを変えることになります。人間の悩みは全て人間関係の悩みだと言われますが、もちろん経済的要素も悩みの大きな要因になります。住まいの選択にはバブル経済とその破綻、その後の就職氷河期、サブプライムローン問題に端を発するリーマンショック、東日本大震災、長引く超低金利、もう成長しない経済、増える非正規雇用、上がらない賃金、進む高齢化、下がる年金、拡大する格差・・・という、一般国民には制御しようのない要因が、その時々の年齢に応じて決定的な影響を与えます。これらは個々人の生活に複雑に絡んで、一様ならぬ展開を見せますが、ほぼ運任せと言えます。自分の力で何とかなる部分は、上述したように、力を合わせてより良い共同生活ができる生活力を身につけることしかないようです。こう書いてしまうと何だかつまらない結論ですが、今のところ私が読んだ小説においては、社会を分析する目を持った優れた作家たちが口をそろえてそういうのですから、間違いないのだろうと思います。もし自分らしさや譲れないこだわりのためわずかな歩み寄りもできないのなら、人間社会は際限なく砂粒大の個に分裂していくほかはないのでしょう。