この夏は集合住宅で駐輪問題と粗大ゴミ問題が起きました。前者はそのしばらく前から兆候はあったのです。すなわち、居住者の入れ替わり時に、自転車を所有していなかった世帯が出ていき、子育て中で自転車は必需品という世帯が入ってきたのですから、当然、以前から課題となっていた駐輪場不足に拍車がかかりました。古い仕様の駐輪場なので、自転車が全部納まるかどうかはパズルのようなものなのですが、ついに入らなくなり、車両が一両エントランス前のインターロック上に常時置かれることとなりました。駐輪契約をしたくてもできない車両が出たことで、事情を知らない方々の中に、駐輪場の上段のラックを上げ下げして自転車を入れたり、両脇の自転車を傾斜させながら自分のラックに駐輪させるよりエントランス前の平地に置いた方が楽だと考える方がいて、あとは予想される通り、規約違反の駐輪がじわじわと増えていきました。特に誰かに迷惑をかける場所ではなかったために、これに対する理事会の対応が遅れ、ついに一部の居住者から取り締まりの申し入れがなされたのです。
駐輪場所がない車両は理事会預かりとして目立たない場所に移し、居住者には事情説明と「エントランス駐輪はルール違反である」旨を告知する文書を出しました。人間は共有部分に対しては気が大きくなり、注意されないことは許容された事とみなし、それを既得権と考えるようで、「なぜ駄目なのか」という問い合わせがあったと後で管理人さんに聞きました。その後、違反駐輪は徐々に減ったもののなかなか無くならなかったため、居住者以外の訪問者等にも周知すべく、小さな立て札を立てることにしました。駐輪禁止の交通標識マークを取り入れ、「エントランス前の敷地は全面駐輪禁止 長時間の駐輪はご遠慮ください」と書いた掲示物をラミネート加工してもらい、玄関両脇の植栽辺りに設置して様子を見ました。これでいっぺんに駐輪はなくなりました。短時間のやむを得ない駐輪はありますが、これまであった夜間の駐輪は皆無です。人間は記号と文字に極端に反応することが確かめられました。エントランス前がすっきりし、この掲示物について、「あれいいね」と声を掛けてくださる居住者もいました。
粗大ゴミの方は次のような経過をたどりました。これはゴミの日にどさくさに紛れて出されたものが3点あり、収集車に取り残されてゴミ置き場に保管されることになったものです。管理人さんはこういったゴミは仕方がないのでなるべく早く処分するよう本部から指示されているようでしたが、たまたま相談された私は、「それは『違反ゴミであっても管理組合が処分してくれる』という誤ったメッセージを与えるのでまずい。『出した人は持ち帰ってください』と大きく貼紙して、できるだけ目立つところに置いてください。1年は置かないといけません。理事会でも検討します」と言って、処分は待ってもらいました。自転車問題と同様、こちらも全戸配布文書を出し、「一辺が30cmを超える物は粗大ゴミです。各自で処分してください」と書いたところ、1つはすぐ姿を消しました。それから、ゴミ置き場に「粗大ゴミの大きさ」を明記し、「各自で処分」のルールを掲示し、また「違反ゴミを見つけたらすぐ管理組合に知らせてください」の貼紙もしました。というのは、ゴミ捨て場には監視カメラもあるからなのですが、画像の保存日数は2週間程度で、しかもああいうものは或る程度日時がわからないととても探せるものではありません。もし本気で監視カメラを活用するつもりなら、違反ゴミの捨て去りの発生直後に知らせてもらわないと意味がないのです。議事録には、「悪質な場合は監視カメラの利用も考える」という一文が載ったりもしましたが、その話が具体化することはありませんでした。それはつまり、監視カメラというものは何より抑止目的においてこそ最も効果を発揮するものだと皆わかっていたからでしょう。
その後2カ月近くは膠着状態でしたが、よく調べるともう1点の粗大ゴミにはお名前が書かれていることがわかりました。ご高齢の方とわかり、たまたま理事会の粗大ゴミ処分の機会に合わせて処分し、費用はいただくことになりました。これで2つ片付きました。もう一息です。理事会では、「引っ越された方かもしれない。あとはこちらで処分するしかないのでは」という雰囲気になっていきましたが、私は、引っ越された方だという確証がない限り、早まってはいけないと思い反対しました。「こういううわさは風のように広まります。犯人は必ず現場に戻ってきます。そしてこちらの出方を見ています。あのゴミは特に大きくどこから見ても粗大ゴミとわかる確信犯です。あれを許してはいけません」と話し、終息宣言はせず、あと1カ月は引き続き粗大ゴミの処分を求めていく方向で考えるよう話をもっていきました。他の理事や管理会社の人は、「相手が誰だかわからないのに…」とあきらめ顔でしたが、私は、「『こちらは相手を知っている』というスタンスでいかないといけない」と話し、結局、皆根負けした形で私の案が通りました。私は議事録に、「粗大ゴミは残り1点となった。引き続き、当該の方に処分を要請する」と書きました。
しばらくして帰省から戻ってみると、件の粗大ゴミはなくなっていました。管理人さんに確認すると、「某日の夜、持ち去られたようです。『出した人は持ち帰ってください』の貼紙だけがその場に残されていました」とのこと。日数を数えてみると、某日というのは議事録が配布された翌日なのではないかと思われました。かほどに人は言葉(これこそ記号ですが)に弱いのです。6割5分以上の確率で粗大ゴミはなくなるだろうと予想していましたが、実際に実現するとやはりうれしい。言葉だけで見知らぬ相手を追い詰め動かせたからです。6割5分と言ったのは、次回理事会までに解決しなければ管理組合として処分するということに私も同意していたからで、もし1年置いてもいいとしたならば、ほぼ100%の確率で同じ結果になるだろうと思います。人はゴミ捨てに来るたびに、そこに自分の悪事の残骸が晒されていることに耐えられないのです。時間はかかりますが、同じことを繰り返させないためには粘らないといけません。またこのような場合に肝心なのは、「相手を突き止める必要はない」ということです。元の状態が取り戻せればそれで完全勝利です。私は以前、盗まれたものを取り戻したことさえあるのですから、置かれたものを持ち帰っていただくくらいなんでもないことです。自分にとってはその有効性が十分に実証されているこの理論を、そんな学問はないのですが、記号行動学と呼ぶことに致しましょう。