暑さで何もできない夏はゴロゴロしながら読書に限ります。ゴリラ学者山極寿一(第26代京大総長)の御本で初めてゴリラの生態を知りました。もしかするとよく知られたことかもしれませんが、類人猿の中でもゴリラの子育ては独特で、子育ての重要な部分を年長の雄(シルバーバックと呼ばれる白い毛が背中に出てくる年代の雄)が受け持つということを感心しながら読みました。動物園での観察では「ゴリラは彫像のようにほとんど動かない」という印象があったのですが、それも訳があってのことだったのです。
ゴリラの雌は子供を4歳くらいまで母乳で育て手元から放しませんが、乳離れの時期になると子供を連れてシルバーバックのところへ行き、子供を託します。シルバーバックはどの母親の子も受け入れ、己の体をよじ登ったり滑り降りたりして遊ぶのを許します。この時、巨体が少しでも動けば子供が跳ね飛ばされたりして大けがをする可能性があり、そのようなことを避けるためシルバーバックは全く動かないのだといいます。仲間の子供に対して何かまずいことをする子は誰でも平等に叱り、分け隔てなく扱うので子供たちは皆シルバーバックが大好きで、安心して遊ぶそうです。
アフリカの森での調査時の出来事として、母親と片手を失くした子供ゴリラの話がでてきますが、「この子は大人になるまで生きられないだろう」との皆の予想に反して、その子は他の子供と変わらず立派に成長したのです。山極氏は「ゴリラの世界にいじめはない」と断言します。シルバーバックは移動時に遅れがちなこの子ゴリラをゆっくり待つ程度のことはしますが、それ以上過剰な手出しはせず、子ゴリラは失った手の代わりに体の他の部分を使って相当なことができるようになっていきます。他の子ゴリラもその子を馬鹿にするようなことはなく、逆にその子が皆を出し抜くようなことをして皆で楽しんだ出来事もあったようなのです。この或る種障害を持つ子供も他の子供と全く同じように振る舞う関係というのは、人間の世界ではめったにない関係ではないかと、私は感心しきりでした。
また、ゴリラの生態として若い雄同士が争いになりそうな時、子供たちも含めて全員で止めると知りましたが、これも他の類人猿にはないとのこと。他の種ではボスが止めることはあっても、明らかに下位にいる子供が止めるようなことはありません。血気盛んな雄同氏は喧嘩したいわけではなく、興奮して引くに引けなくなった状態でいるので皆で止めるのが有効らしいのです。ちなみに昔は戦闘の合図と解釈されていたドラミング(主として両腕で胸をたたく動作)は、確かにゴリラが「俺は強い」と自分の強さを誇示しているのですが、「だから戦うのはやめようよ」と呼びかける意味合いがあることにも驚かされました。
ゴリラと言えば前にイケメン・ゴリラとして有名になった名古屋・東山動植物園のシャバーニがまず思い浮かびますが、あれはひょっとするとお顔の男振りがいいというだけではなかったのかも。私は普段から「動物の方が人間よりはるかに賢い」と思っていますが、この雄ゴリラの子育てこそお手本だと感じます。子供同士の間でいじめがないのは、大人が適切な目配りと時機を逃さぬ注意を怠らないからであり、またハンディキャップのある子供が普通に成長できるのは、配慮と同時に自立を促すバランスが絶妙だからでしょう。見事な男前と言わざるを得ません。