最近若い人に選択される生き方として、ファイアFIREということばを時々聞きます。「Financial Independence, Retire Early」の頭字語をつなげたアクロニムで、「経済的自立と早期リタイア」という意味のようです。有名なのは、給料の8割を手堅い老舗のアメリカ株に注ぎ込んで金融資産を増やし、30歳でセミリタイアした青年です。これなどは株の運用においても決して無謀な感じはしませんが、毎月同世代の中では高額の給料をもらえる会社に就職した点は見逃せず、非正規雇用の場合などではまず無理だと言えるでしょう。
昔はデイ・トレーダーが十年で燃え尽きて30代でリタイアとか、その後は、大学在学中に起業し上場して売却後リタイアとか、若くしてリタイアする話はいつもありましたが、一部の人の特殊な事情と見られてきました。現在FIREが広範に若者の関心を引いているのは、①定年まで一つの職場で働くという発想そのものがない、②生活のために労働に縛られ続けたくない、③年金を当てにできないので、自分の老後に備えたい、という強い動機から、金融資本主義の申し子たちによって、止むに止まれず考え出された手法であり、あっぱれと言うべきものでしょう。ネットスーパーで買い物をするのと同じ感覚で株を買える者でなければ、こんなこまめな投資はなかなかできないことです。前述の方の場合、入社初日から違和感を禁じ得なかったとのことですが、どんな職場でも人間関係の難しさや理不尽なルールはあるでしょう。また、根本的な企業の体質および社内体制や上司の在り方等への懐疑や不満が解消できない場合、FIREへの願望がいっそう強くなるのは否めません。未来に対して「きっとなんとかなるだろう」という楽観的観測を持ちえない社会が眼前にある以上、もはや「強いられた労働はしたくない」という彼らの意志を止めることはできません。
かつては、テレビが来て家中に笑いがあふれたとか、車という自由な空間を手に入れて高速道路をぶっ飛ばしたとか、一世一代の買い物であるマイ・ホームに引っ越して至福の休日を過ごしたという時代がありました。今の若者に買いたいものなどあるのでしょうか。一口にFIREと言っても、短期間で支出を減らし資産を増やす方法は様々な形態があるようですが、人によってはFIRE達成のため生活費は年に百万円、残りの給料は全て投資と貯蓄に回すという実情を知ると、この人がお金で買いたいのはきっとお金そのものなのだと思えてきます。かつての若者は家電や車や家を見ながらにんまりしていたものでしたが、きっと今は預金通帳や株価の収支を見てこの上ない喜びを感じるのでしょう。こうなると居住空間を含め身の回りの物は全て賃貸やレンタルで構わないはずですし、むしろ所有物は面倒で不便だと感じるかもしれません。
リタイアした後、彼らは何をするのでしょうか。縛られた労働を避けて何をしたいのか、そこが一番の関心事です。株というのは持っている限りにおいて利益を生み出す元手ですから、手放すわけにはいきません。何かする時の資金はおそらくクラウド・ファンディングで調達するので問題ないのでしょう。若い時を山や海外を歩くことに費やした私などには想像もつかない時代になってきました。あの時間を、老後を見据えて計画して実行する時間に充てなければならなかったとしたら・・・と考えようとして、考えることすら無理だと気づきました。「新人類」という言葉を初めて聞いた時、「旨いこと言うもんだな」と思ったものでしたが、さてさてそうすると今の世代はさしずめ5G(第5世代)くらいでしょうか。自分はアリだと思っていましたが、今の見地からするととんでもないキリギリスだったとは! いえ、決して自分の来し方をおちょくっているのではありません。そこまで時代が切羽詰まってしまったことに愕然としているのです。なにはともあれ、若い人には思いのままに頑張ってほしいです。「若い時の苦労は買ってもせよ」という金言だけは、今も昔も変わらないでしょう?