ワクチン陰謀論なるものが特にネットを介して広まっていることを最近知りました。かなり無謀な話をもとに実力行使を煽る場合もあるようで、広範な社会的同意を得られる活動ではないでしょう。ただ、どのような現象にもその背景があるのは確かですから、全くの愉快犯以外の二つのケースを考えてみます。
1.突然の事態をうまく呑み込めず、「これで儲けたのは誰か」という観点から犯人捜しをして或る結論に至った人が義憤にかられて吹聴するケース
2.社会の中に陰謀論の論旨(全部または一部)に「心当たり」がある人が相当数おり、その人を介して徐々に広まっていくケース
「1」のケースは、あまたある世の陰謀論と同様の論理ですが、一つの現象を或る人物や団体が故意に起こした事象としてとらえる点が共通しています。陰謀論信奉者は、まるで世界の奥義を知ったかのような全能感を覚える一方、相対する人物や団体が強大であればあるほど、自説で説明できないものは無くなり、当の本人はますます確信を深めることになります。この確信は強固で、いかなる実証的事実によっても左右されることはありません。しかし、これだけで荒唐無稽な論が急速に社会に広がるということは通常なく、大方の人は笑って聞き過ごす類いの話です。
「2」のケースは少々厄介です。それはこの言説がたとえ部分的にでも信頼する筋から裏書きされたり、何らかの点でそれまでの自分の体験にかすっていたりするからです。ある説を頭から否定できないと感じる時、それは心に引っかかって容易に消えません。それゆえ、じわじわと人々の間に浸透していくのです。
今回のワクチン陰謀論はあまりに馬鹿馬鹿しいと感じますが、それにも関わらずその論が広まり、人々のワクチン接種を妨げているとしたら、その原因はこれまでのワクチン行政への不信感が根底にあるのではないでしょうか。ここには半ば必須の予防行為としてなされてきたワクチン接種と健康被害の歴史が大いに関わっているでしょう。これまでワクチン接種は免疫力の個人差を無視して行われてきたため、一部の人に健康被害が発生しました。ところが、接種した本人にはワクチン接種とその後の体調不良の因果関係は体感的に明白にもかかわらず、行政の委託を受けた専門機関によって「因果関係なし」で片づけられてきた歴史があります。ワクチン接種による副作用という専門的な問題を、一般市民がどうして証明できるでしょうか。また、或るワクチンに疑念を持ち何らかの因果関係を疑う医療関係者がいても、保身のため異論を呈したり行動を起こしたりすることはまずありません。事象を糊塗するかのように、副作用ではなく副反応と呼ばれていることも被害者の憤りの一因でしょう。このようなことが続いた結果、残念なことにワクチンへの信頼が失墜したと言えるでしょう。
医師のほとんどが粉骨砕身患者の治療に取り組んでいるのは間違いありません。しかし、製薬業界等と結託してデータ改竄に手を染めた医師や研究者がいたことも事実で、そのため社会に消し難い不信感が横溢するまでになってしまいました。一部の人が行った不正行為でも長年にわたって正されずにいると、社会そのものが侵食されて不健全にならざるを得ないでしょう。これが医療に限らずあらゆる産業、学術、教育の分野でなされたなら、それら全てが相乗的に積み重なって社会は取り返しがつかない程度まで損なわれてしまいます。完全に壊れた社会の再建は不可能です。まだそうなっていないことを願っていますが、もしすでに「嘘をついてはいけない」、「不正をしてはいけない」という言葉さえ空しいとすれば、我々はもう「2+2=5」と唱えなければ生き残れないビッグ・ブラザーの支配する世界にいるのです。あ、これって陰謀論かしら。それとも真実?