2021年1月28日木曜日

「陰鬱な、あまりに陰鬱な」

  世界の感染者数が一億人を越えました。丸一年感染症禍にあって考える中、科学的解明ではないにせよ、この現象の意味することについて或る結論に導かれざるを得ません。具体的には二つに集約されるのですが、それはどちらも人を陰鬱にさせるものです。

 一つ目は、人類の欲望に冷水を浴びせるために新型ウイルスが到来したのだということです。無論ウイルスは生物に取りついて増殖するだけの病原体ですが、地球という巨大な自然の中で何らかの調整機能として存在すると考えれば、このウイルスが引き起こしている結果の指し示すものがあぶり出されるように思います。

 もっと便利で楽な暮らしがしたい、もっと楽しいことがないか、もっと美味しいものを食べたい、もっと知らない場所に行ってみたい、もっと珍しい体験がしたい、もっと、もっと・・・。インターネットやSNSを通して際限なく膨張していく人間の欲望に応えるべく、経済活動が回っていましたが、人が集まることを忌避するよう求められる社会では、どんでん返しが起こります。ステータスの高い職業である医者がまさに3K(きつい、きたない、危険)の職業として、差別されかねないことになるなど、誰が想像できたでしょうか。また、旅客運送業の中でも憧れのパイロットや、世界的スターを目指すショービズ界のアイドル、そして日々鍛錬を積み重ねそれぞれの分野で上り詰めたアスリートなど、思いもかけない事態に当惑していることでしょう。あとは推して知るべしです。厳しいなと思うのは、毎日を必死に、言わばほんのささやかな欲望のもとに生きてきた人々にも何らかの振り返りが求められていることです。そのうえ恐ろしいのは、別のウイルス感染症の流行が今後二度と起きない保証がないということです。

 二つ目はさらに陰鬱な結論なのですが、世代間の齟齬に関することです。感染症は誰でもかかるものですが、重症化して死亡に至るケースは圧倒的に高齢者に多いのが現状です。若い方々への感染及び後遺症のリスクが盛んに報道され、またお年寄りへの思いやりや配慮がアナウンスされています。感染症による犠牲者を減らすにはそうするしかないのはその通りですが、ロックダウン下のフランスで「私の青春はどうなるの」と叫んでいた少女の報に接すると、感染に頓着しない活動的な若者を責めるのはどうなのかという気がします。後発国に「これ以上二酸化炭素を出すな」と申し入れる先進国にも似て、自分が若かった頃のことを正確に思い出せる人ほど、とても若者を責められないのではないでしょうか。少なくとも私にはできないなと思ってしまいます。彼らはかけがえのない時を過ごしており、貴重な体験になるはずの時間が指の間からこぼれ落ちていくのをジリジリした思いで見ているしかないのです。南会津町の高齢者施設で発生したクラスターの報道で、インタヴューされたお年寄りが「成人式をしたのが間違いだった」との意見を述べていましたが、このように若者にとっては一生に一度のイベントについてさえ、お互いの考えは相容れないものになっています。

 さらに「年寄りに配慮せよ」というほどに、これまで若者に配慮してきたのかという重い問いがあります。バブル崩壊後の氷河期に就活をした若者に対し、年配者は何らかの配慮をしてきたのでしょうか。年ごとに厳しさを増すグローバリゼーションの荒海に投げ出された若者に、救助の手を差し伸べたでしょうか。自己責任と言って静観しなかったでしょうか。

 人口ピラミッドにより、今後の年金制度を支えられないことから厚生年金の支給開始年齢の段階的引き上げが決まった時、企業に対して65歳までの雇用確保措置が努力義務化されたのは2000年のことです。そして、2012年には希望する労働者全員を65歳まで継続雇用することが義務化されました。これは年配者からすれば当然の要求で、これができなければ労働組合の存在意義がないと言ってもいいほどのことです。しかし、年配者のポストを用意することが、就活をはじめその後の若者の労働条件に影響しなかったはずはありません。しかたがなかったこととは言え、また辛いこととは言え、年配の者は、年金問題も含めて、自分の暮らしが若者の犠牲の上にあるという有責感を持たなければならないと思うのです。

 当該時期の、あるいは現在の世界経済が、また日本の人口ピラミッドの在り様が最悪なのは若者の責任ではありません。しかし彼らに対してそう告げても何の助けにもならないのは、「コロナに感染したのはあなたのせいではありません」と重症者に告げても意味がないのと同様です。今を生きるために活動の自粛ができない方々の行動が、結果的にあたかも年配者に対する意趣返し的様相を呈しているのはまことに皮肉なことです。誰のせいでもないことに対して、年配者は自分への配慮を求める前に、その人生体験の知恵をもって、少しでも希望が持て、これからでもできる具体的な試みを真剣に考えなくてはならないと思います。しかし、私自身、これは真剣に考えれば考えるほど、体調が悪くなるほどの課題です。


2021年1月22日金曜日

「極めてまれな人権環境で生きてきました」

 若い頃は毎年のように海外へ旅行しましたが、その範囲は非常に狭く、ほぼアルプス以北のヨーロッパに限られていました。これにはそこが私にとって関心のある地域というだけでなく、あまり意識はしなかったものの、私の安全基準を完全に満たす場であることと深く関わっていました。安全の対象の主たるものは生命・身体・財産ですが、例えばドイツならどこで迷子になっても全く心配いりませんが、同じヨーロッパでも公共交通機関の車内に「注意! スリがいます」のステッカーが貼ってあったり(そして実際にいるのです)、車やバイクがビュンビュン通る中心街の大通りに信号がないといった事態に遭遇した場合、私がその地を再び来訪することはありませんでした。これらは当地に住んでいる人にとっては何でもなくかわせること(スリを撃退したり、車の間を構わず横断する)なのですが、普段そういう環境にない者にとっては至難の業です。これに類することは恐らくアジアでも同じではないでしょうか。さらに同じ理由で、私は一般人が銃を保有する国へも行こうという気になれません。

 人間が狩猟採集で生きていた時代には、安全を脅かす最たるものは野生の生物だったはずですが、その後は人間自身が最大の脅威になりました。生命・身体・財産への安全を最も直接的に破壊する戦争は世界各地に今もあり、日本でもわずか80年ほど前には行われていました。また、歴史的には奴隷は当たり前に存在し、その犠牲の上に偉大な文明が築かれてきたのです。これは貧困問題と相まって、現在の日本でも実質的な奴隷が存在すると言えないことはなく、自由の象徴といってもいいアメリカ合衆国でさえ、奴隷制を廃止してまだ二百年もたっていません。

 相手を対等な人間と認めればこそ、「人権」に配慮しなければなりませんが、そう認めなければ何ら痛痒を感じることなく相手を踏みにじることができます。これまで人種・性別等による区別を基に、それぞれの社会に都合のよい線引きが行われ、ここから外れた人には悲惨で甚大な被害が及びました。

 世界人権宣言の第一条には、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」とありますが、これがアメリカの独立宣言やフランスの人権宣言を踏まえた西洋由来のものであり、そうした流血の歴史がなければ現在手にすることのできなかった概念であることは明らかです。さらに、世界人権宣言では安全だけでなく、自由が保障され、かつ、尊厳と権利において平等でなければならないというのです。

 人類史において果たしてどれだけの人が上述のような環境を享受してきたでしょうか。生まれてこのかた戦争を経験したことがなく、身の危険から国を出なければならない事態がなく、食糧・水・エネルギーがまずは潤沢にあり、殺人や強姦、強盗の脅威が身近に迫ったことがない。そればかりか、思想・信条・信仰等の自由が脅かされたことがなく、職業や居住地を好きに選ぶことができ、選挙権がある・・・などという、途轍もなく幸運な人が世界にどれくらいいるでしょうか。そのすべてに当てはまる人はごく少数で、人類史が達成しえた偉大な成果を「棚からぼた餅」的にたまたま手にしているに過ぎないのです。そして、残念なことにその環境が今後も続くかどうかは、誰にもわかりません。

 上記のような恵まれた環境で過ごしていれば、旅行で行ける場所も自ずと絞られてくるというものです。人間の適応力は無限ではありません。ごくまれに、世界五大陸のどこでも無事に旅を楽しめるという人もいますが、こういう人は普段から格段に優れた人との対応力をもち、常に危険を察知して最適の行動ができる才能をもっています。時々海外で報道される邦人の事件は、そういう才能がない人が母国と同じつもりで旅するか、もしくは母国でさえしないような行動をして引き起こしている場合が多いでしょう。自分の生育環境が「箱入り」であることを自覚している人間は、海外ではそういうことに関わらないよう細心の注意を払います。私の海外旅行歴は私が極めて幸運な環境で過ごしてきたことの証なのです。


2021年1月17日日曜日

「紅春 171」

 


 今年は極めて寒い冬になっています。散歩から帰ると一度は必ず「入らない」とだだをこねていたりくも、最近は一転、自ら勝手口に直行して「もう家に入る」と態度で示します。先日、帰省前に連絡すると、夜間マイナス10度になったとかで、「水道管が凍って破裂、水道屋さんが来るから立ち会ってほしい」とのことでした。電気が通っているだけ震災の時よりましと自らを元気づけ、一晩だけ汲み置きの水で過ごしました。

 当日、台所の片づけが終わらないまま、水道屋さんが2人みえて破裂個所を突き止め、工事方法を話し合っていましたが、システムキッチン(三十年どころではない旧式のもの)を壁から引きはがしての大工事となりました。寝ていたりくも起き出して興味津々で見ています。「お仕事の邪魔だからあっちに行ってなさい」と言っても、ずっと一緒に見ていました。台所は茶の間の次にりくのホームといってよく、手前に引き出されたキッチンシンクを眺めながら、自分の居場所がどうなってしまうのか心配のようでした。結局、2時間がかりの工事が終わったころには、私もりくも疲労困憊でした。

 今回よかったことがあるとしたら、寝ているばかりのりくの日常に事件が起きたことで、りくはいつになくシャンとした感じになったことです。人間と同じで、適度のストレスがかかったり、外の人との対応があったりするのは脳の刺激になるのでしょう。その後、散歩から帰ると、本当に久しぶりに「まだ入らない」という意思表示をしました。外に置いて5分ほどで「やっぱり入る」とへたれぶりを発揮しましたが、まあよい兆候かもしれません。

 ※別件ですが、りくのイボはようやく取れました。


2021年1月12日火曜日

「仕事始め?」

  ここ二、三日憂鬱だったことを覚悟して片付けることにしました。私の一年は確定申告から始まります。これをしないことには特に医療関係で必要な対処ができないのです。数字というか金銭関係は本当に苦手で、これまでは必要書類を抱えて税務署に行き、順番で当たった担当の方におんぶに抱っこでやっていただいていました。私がやると、まず画面が見えないし、音声ソフトも入っていないので遅々として進まず、見るに見かねた職員がほとんどやってくださっていたのです。しかし今回は、昨年中に「e-Taxであなたもできる」という詳細な案内が税務署から送られてきて、これ以上ご迷惑をかけるわけにはいかないと思いました。確かに私のような来訪者にかかりきりになっていては他の仕事ができないでしょう。

 必要書類を収入と支払いに分けて机に並べ、確定申告のサイトへ。間違いがあってはいけないので、特に記入先の分類に気を付けながら書き込みました。念のためいちいち「詳細はここ」のボタンをクリックして読んだので、不明なことは何もなく「フムフム」と頷きながら進めました。ちょっと迷ったのは寄付の送り先の分類で、社会福祉法人がどこに分類されるのかでしたが、これも落ち着いてよく読めば説明がありました。自分の中では同じ括りに分類されていても、片方はNPO法人だと確認できたことも収穫です。いざとなったら電話も・・・と考えていましたがその必要はなく、とてもよくできたソフトでした。

 全体として、プリントアウトされた昨年の書式が助けになりましたが、やはり細かい変動があるので丁寧に確認。もともと件数が少ないのでそんなに時間がかかるはずはないのに、何しろ時々コーヒーブレイクを取りながら必要部分を全部音声で読んでいったので、2時間半くらいかかりました。税務署の職員さんなら30分の仕事です。やり方を覚えていれば、来年はもう少し早く仕上げることができそうです。最後に「送信されました」と「受け取りが完了しました」を確認した時は思わず脱力。その先にアンケートがあり、このソフトを褒めてあげたい気持ちは十分あったのですが、そこをクリックする気力はもう残っていませんでした。国税庁様、申し訳ございません。


2021年1月8日金曜日

「コロナ禍で考える『同じ自分』」

 ステイ・ホームで家の片づけをした人は多いでしょうが、私も少しずつやっています。先日、下駄箱に手を付けたところ、二十代の時に履いていた皮の長ブーツが出てきました。皮の部分は手入れされていたらしく良い状態でしたが、履いてみるとヒールが高くて到底履けない。こんなヒールの靴を履いていた時代があったんだなあと、とても同じ自分とは思えません。今は平底の靴しか無理なのです。長ブーツは今年のような雪の東北にはぜひほしいと思い、靴の修繕屋さんに尋ねてみましたが、「靴のバランスが崩れるので、ヒールを平らにすることはできない」とのことでした。

 「ちょっとだけ履いてみようかな」という考えをすぐ打ち消したのは、何といっても歳を取って一番避けねばならないのは転倒だからです。コロナ禍の今はなおさら、ケガで病院に行くような事態になってはならない。それでもこのまま捨てるのはもったいない、犠牲になった牛さんも浮かばれまいと、未練が捨てきれませんでした。結局、ファスナー部分もうまく残して、上部のみ切り離してみたら、これが大正解でした。空気を遮断するのでとにかく暖かい。家の中も使えて、頭寒足熱が完璧に実現できます。なにしろこれってゲートルですもの。このまま短ブーツを履いても、膝下までの積雪に耐えられます。

 同じ自分かと思った出来事は他にもあります。日本人の国民的体操・ラジオ体操の中に、膝の裏側を伸ばすという体操が組み込まれています。私は子供の頃、この動きが何のためにあるのかわかりませんでした。やってもやらなくても体に変化を感じなかったからです。ところが今は、まず朝一番にこの動きをしています。膝の裏がビリビリと音を立てて伸びるのがわかります。イテテテ・・・。同じ自分とは思えません。

 ここにきて、夜眠って同じ自分が目覚めるとはどういうことかと考えています。昔からある哲学的問いですが、実感を持って考えたのは初めてです。朝起きて、昨日と同じ自分だということにあまり疑問は感じませんが、その感覚は実はけっこう頼りないもの、はかないものではないかと思うのです。おそらく脳のどこか一部分が損傷したら、自分を自分だとわからなくなるといったものなのです。記憶喪失などもそうでしょう。

 外見も変わり、意識さえ変わってしまったら、もうその人は同じその人とは言えないのかもしれませんが、もう一つ残っている要素として、他者との関係がありそうです。うちの犬はもうボケ爺になっていますが、家族のことは忘れません。家族との関係性の中で自分を保持しているのです。感染者が爆発的に増え、入院できないまま突然亡くなる人もいる今、私は単純に「犬がいる間は死ねない」と思っています。家事をし、生活を整え、生き延びねばならないと決心しています。例えば、戦争の時は精神病患者が統計学的に有意に減少すると聞きますが、昨年の今頃、自分が体調不良で寝込んでいたことを思い出し、命の危険がある時に、病で寝込んでいられるほど人間はやわではないのかもしれないと感じています。さ、食料の買い出しに行かなきゃ。もはや私は去年と同じ自分ではありません。


2021年1月5日火曜日

「東京のお正月」

  今年の年越しは東京でした。福島で12月に除雪車が出るほどの雪を経験し、背筋がピンとした私でしたが、東京に戻ってすっかり緩んでいます。いつも青空で地面が見えているなんて、何という贅沢でしょうか。それは、日が差したなと思っても、あっという間に掻き曇って雪がちらほらという日常とは全く別なものなのです。福島では目覚めたら布団の中から手を伸ばしてストーブのスイッチを入れ、部屋を暖めてからでないと起きられませんが、東京では暖房を使ったことがありません。

 年齢を自覚して寒い朝のウォーキングは控えているので、今年はすっかり寝正月。陽が高く昇って暖かくなってからいつもの公園に行くと、ジョギングする人、犬を散歩させる人、知り合い同士で散歩を楽しむ人、釣りをする人、原っぱではサッカーをする子どもたち、凧揚げする親子・・・まさしくそこはこの世の理想郷のような光景です。公園の拡張工事も進んでいるようで、柵のある境界まで行って隙間からのぞいたら、何やら池か噴水の造園作業中のようでした。歩いた原っぱはこの時期芝はベージュ色ですが、ふかふかで何と足に心地よいことか。木々たちも春の準備をしているに違いなく、一斉に緑が芽吹くことでしょう。木々の息吹を吸い込み、ほぐれた体で園内を歩いていると、多幸感に包まれてきます。私にこれ以上のものは必要ありません。この幸いを神様に感謝するばかりです。


2021年1月1日金曜日

「紅春 170」


 ふっとりくを見て、思わず「じさまになったな」としみじみ感じます。全身になんとも言えない「じさま感」が漂っているのです。俳優なら「いい味出してる」と言われそうな風情です。私の見るところ、じさまの特徴はいくつかあります。


1.じさまは姿勢がなんか変

 動きが緩慢なのは仕方ないのですが、以前はあまり見たことのない姿勢で長時間いることがあります。体はあっち、顔はこっちという、どう見ても楽ではない見返り美人みたいな姿勢で、じっとしたまま長いこと動かずにいたりします。大丈夫かな~と心配になるのですが、辛ければやめるはずなので、きっと大丈夫なのでしょう。

2.じさまはだいたい目をつぶっている

 そもそも一日の大部分を寝て過ごすのですが、起きている時も目をつぶっている、もしくは目に動きがありません。見えていないのだから当然かもしれません。何かの加減でスイッチが入って活発な動きを取り戻す時は、目にも生気が宿って全然違う顔つきになります。

3.じさまは決断できない

 りくは以前、その場でクルクル1~2回廻って座る場所を決めていましたが、今はクルクルの回数が増しています。「そのへんでいいよ」と、こちらはもどかしく見ているのですが、なかなか決まらず延々とクルクル廻っています。一度など台所で用事を済ませて5分後くらいに戻ったら、まだゆっくりとクルクルしていました。


 しかし、これはりくだけのことと笑っていられません。「りくの振り見て我が振り直せ」ってことだなあと思わされるものの、歳だから直らないと思うのです。しかたないよね~。りく、今年も爺さまと婆さまで仲良く暮らそうね。