2024年7月10日水曜日

「バス旅愛好者」

  同好の士とはいるもんだと思ったのは、西村健の〝都バス三部作〟を読んだ時でした。これは定年退職してからシルバーパスを使っての都バスの旅にハマった主人公(元警察官)が、出会う人と都バス愛好者の輪を広げつつ、持ち込まれる小さな謎解きをしていく話(もっとも謎を解くのはいつも家にいる安楽椅子探偵タイプの料理研究家の奥様という設定)です。列車と違い時刻表トリックのような精密な謎はありませんが、都バスの旅と事件の謎解きを両立させるあたり、さすがに推理作家です。事件や謎自体はほんわかした内容なので、本格推理に重きを置く向きには少し物足りないかも知れませんが、私は好きです。この作家は方々にある富士塚や暗渠、江戸時代からの歴史ある地域性などに関心がおありのようで、私の知らないことがいろいろ書かれている一方、 「あ~、この人もバス旅に取りつかれちゃったんだな」とか、「そうそう、あの路線は本当に興味深いよね」などと声に出しながら楽しく読めました。

 主人公が利用しているシルバーパスは都営地下鉄も乗れますが、やはり地上の車窓を見ながら行けるバスは格別のようで、少しだけ徒歩で歩けば別の路線に乗り継ぎできるルートを発見したり、同じ路線を辿らず一筆書きで戻ってくるルートを考える楽しさは、私もまったく同感でうれしくなります。初めて知って驚いたのは、シルバーパスは都内であれば民間のバスや公営のコミュニティ・バスも全て乗車できるということで、これは都バス一日乗車券や都営まるごと一日券にはないメリットなので、「ぜひ長生きして試してみなければ」という気持ちになりました。それにしても十年前に比べたら、廃止された路線、まだ残ってるけど風前の灯火の路線、どの路線でもやせ細っていく時刻表など、これから都バスはどうなっていくのか多少心配ではあります。

 列車であれ車であれ、あるいは船であれ飛行機であれ、人は常に乗り物に一方ならぬ情熱を寄せてきました。その時代の技術の粋を集めて、乗り物は発明され発展してきたことを考えると、ホモ・エレクトゥスhomo erectusと呼ばれた「直立する人」が次に大きな関心を抱いたのは、まさしく移動するための手段に違いなく、人類のその段階を「乗り物に乗る人」と呼んでよいのかもしれません。ラテン語でなんて言うんでしょ、homo equitantes vehiculo?