経済学は長らく自分とは対極にある関心領域だと思っていました。その理由は、第一に数学や統計学ができないと学説が理解困難であるため、第二に、同じ経済現象を見ながら学者によって捉え方も解釈もまちまちであることで何か胡散臭い気がしたためです。さらに現在、ここまで経済をめぐる世界の状況が行き詰まってしまうと、経済学の存在意義もかなりの程度毀損されていると感じていたのです。元より財テクや資産運用には関心がありません。
しかし、もともと経済学は人間の社会活動の振舞いを、或る一定の観点から眺めたことによって生まれた学問であり、その意味では気分によっても風土や慣習によっても違う「人間」そのものを相手にするものだったはずです。経済学の歴史には、道徳を経済活動の一要素として含んでいたアダム・スミス以来の多くの学者たちのそれぞれの願望の痕跡が認められますが、現在はもはや単なるマネーという物差ししか残っておらず、強欲な富者たちの支配する確固たる世界が創出されています。ひょっとすると今では経済学を学ぶ動機を持つ者は、金融工学がはびこるこの世界で少しでも個人資産を増やそうとあがいている人だけかも知れません。
ところが、経済学畑出身でない人の中には、社会現象としての経済の動きを実に面白い視点で分析している方がいるようです。おそらく、敗戦後にドルを主軸通貨として精緻に発展した近代経済学において、日本の学者の発想はドル経済圏を一歩も出たことがなかったばかりでなく、ドル以外の主軸通貨の可能性を一度も検討さえしたことがなかったようです。終始ドル経済圏を支え続けてきた日本は健気と言えば健気ですが、どれだけいいように使われてきたのかと思うと国民としてはちょっと悲しく情けない。今では米国との間の互いの経済の在り方は一蓮托生、無尽蔵とも言えるほど増大させ続けてきた実体のないマネーは間違いなくいつかクラッシュするので、これに伴うカオスに付き合わされると思うと気が重くなります。
9月22日の日銀会見で発表された金融政策決定会合の結果は誰もが予想していた通りで、全くの茶番でした。物価の上昇は誰の目にも明らかなのに、ずっと続いている大規模金融緩和を修正するには「目標の持続的安定な達成を見通せる状況には至っていない」のだそうです。それなら政府はなぜ物価高に対応する様々な経済政策を行うと言っているのでしょう。利上げはできないお約束なので、日銀はいつものお題目を唱えざるを得ないのでしょうが、どれだけ「粘り強く金融緩和を続ける」つもりなのでしょうか。バブル崩壊以降、特に21世紀の日本の金融政策はただただ国家財政を破綻させないことだけを眼目にしてきたため、ゼロ金利を押し付けられた国民は実質的な大増税を課され、貧困化したためにもはや大好きな貯金をする余裕もなくなったのです。せめて金利が2~3%あったならこれほど惨めな安い国にはなっていなかったでしょう。
日銀会見の2日前の9月20日に飛び込んできたニュースは、英国第二の都市バーミンガムの財政破綻です。なんでも十年前からの市職員の不平等賃金の未払いに関して、債務に見あう財源がないというのが直接の原因らしいのですが、この産業革命の中心都市にしてロンドンに次ぐ大都市の破綻の報に考えるところがありました。かつて世界の海の覇権をほしいままにし、文字通り海洋帝国だった英国は第二次大戦後大きく縮みましたが、あれほど大きかった国が縮小するにしては意外とうまくソフトランディングできたのかと思っていました。縮み方の手本として日本も学ぶところがあるのではと思ったのです。
そこに今回の大都市破綻のニュースです。昔盛んに言われた「英国病」とは結局、手厚い社会保障の負担とGDPの2倍以上の国債負担(この場合は戦費を含む)により、低成長とインフレが続いたことによります。書いているだけで「これは今の日本と同じ」と分かります。しかも日本の場合、国債の償還額がすでに膨大なばかりでなく今後も増え続けることが確実です。MMT(現代貨幣理論)の破綻を目にするのも間近なことでしょう。
戦後の英国も金利を上げずに低金利政策(金融抑圧)を続けた結果、低成長から抜け出せず大幅にポンドが下落しました。まだ固定相場制だった1960年代、ドルが360円だったのは良く知られていますが、ポンドの固定相場は1ポンド=1008円でした。旅行でポンド建てのトラベラーズチェックを持って渡英した1980年代後半には、すでにポンドは230円ほどだった記憶があり、2023年の今は185円前後ですから、五十数年でポンドは円に対しては五分の一以下になりました。
日本も低成長およびゼロ金利となって久しく、「失われた三十年」という言葉もあるくらいですから、今後円安が加速するのも確実でしょう。政府は株式市場への国民の参加を大々的に奨励し、個人所得を増大させようとしています。しかし、に2024年からの新しい少額投資非課税制度(NISA)に合わせ、ネット証券最大手のSBI証券と2位の楽天証券が9月以降、日本株の売買手数料を無料にするという話を聞くにつけ、そこまでして顧客として大衆を巻き込まないとならないほど追い詰められているのかと、かえって株式市場の危険感が増したと感じるのは私だけでしょうか。インボイス制度についても何やら個人事業主の捕捉に関する深い事情がありそうです。
たぶん金融市場の在り方は、意外とシンプルなのではないかと思います。誰かの得は誰かの損であり、誰かの資産は誰かの負債でしょう。銀行の預金は個人や企業の資産ですが、銀行にとっては負債に他なりません。銀行は預金者に借金する形でお金を回しているのです。負債の相手が変わっても、結局相手先が払いきれなくなった時に破綻するのだと考えればすっきりします。そしてその国の生み出すGDP増加額より多いマネー・サプライを発生させればいつか必ず破綻しますが、日本の場合これが途方もなく増大しているのですから、いつX-DAY(エックス・ディ)が来てもおかしくないなと天を仰いで嘆息するしかありません。もちろん他の諸国、米国、EU、中国などもそれぞれに大きな問題を抱えていますが、だからといって日本の絶望的状況は増幅こそすれ、薄まるわけではないのです。まだまだ知らないことばかりですが、わからないながらも取り組んでいると、「経済って仕組みが分かればすごく面白そう」ということだけは分かってきます。通貨、金利、通貨量、GDP、資産、負債・・・その他諸々について少しずつでも学んで、分かるようになりたい。ま、分かったからと言って何ができるわけでもないのですが。